第7話 ツアー後面談 -ゼルゼン編-
ツアー参加者の中で最後に呼ばれたのは、ゼルゼンだった。
彼は着席しながら、セシリアが話を切り出すより先に話しかけてくる。
「で、皆はどうだった?」
ツアー前日に「助けてやる」と言い、当日にも何かとフォローに回っていた彼だ。
今回のツアーについてはどうしても、参加者よりも主催者の視点で考えがちになる。
つまり、このツアーの成果を、結果を、ゼルゼンも気にしているのだ。
そんな彼を前にセシリアは、手元にあるメモ用紙を指でなぞりながら、少しの間逡巡した。
それには皆から話を聞いて書き留めた、皆の希望職がメモしてある。
(これをゼルゼンに見せた方が良いのかな……?)
それがセシリアの議題だ。
聞かれなかったからとはいえ、他の皆にはそれぞれの希望職をまだ内緒にしている。
それなのに同じツアー参加者であるゼルゼンにだけ、こちらの裁量で勝手に希望職を教えてしまっても良いのか。
(でもよく考えると、見習いとして仕事を始めれば言わなくても結局その人がどんな仕事を選んだのかは、嫌でもお互いに分かるんだよね)
つまりは明るみに出るのも時間の問題だ。
それならばその職に決めた理由やその時話した内容さえ伏せて職業だけ教える分には、特に大きな問題は無い様な気もしてくる。
でも。
(自分が言う前に他の人が知ってるっていうのも、嫌だなって思う人もきっと居るよね)
そんな風に考えて、セシリアは1つ、ゼルゼンに約束を持ちかける。
「ねぇ、ゼルゼン。相手がこの話に触れない限り、ゼルゼンの方から『お前○○になるんだって?』って聞かない。そう約束してくれる?」
その言葉でゼルゼンも、彼女が何を気にしているのかに気が付いた。
そして深く頷く。
「……そうだな。うん、約束する」
真面目な顔で頷いてくれたので、彼を信じてメモを渡した。
ゼルゼンはツアー参加者の希望職を一通り確認すると、少し驚いた様に口を開いた。
「女勢は大体予想してた通りだったけど、男勢の選択にはちょっとびっくりしたな。特にグリムなんて、あいつ草花に興味でもあったのか……?」
そんな話、一度も聞いたことないけど。
と、ゼルゼンはしきりに首を傾げる。
確かにもしもグリムが『庭師』の職務内容に興味があったなら、元々仲が良い事に加え、同じ職の父親を持つゼルゼンがその手の話を知っていても決しておかしくない話ではある。
「もしかして前から気になってたけど、俺に遠慮して聞けなかったとか……」
なんてちょっと考え込んでしまった彼に、グリムの心中をばらさない程度でフォローしておく。
「グリムは別に、特別草や花に興味があるって感じじゃなかったよ?」
「そっか、なら良かった」
セシリアの声に、ゼルゼンはちょっとホッとした様な声でそう言った。
でもすぐに、また頭を捻る。
「じゃぁ何で『庭師』なんて――」
「それは本人に聞いた方がいいと思う」
「……ま、そうだな。たまたま面談が最後だったからっていうだけでその辺の事情まで詳しく知るっていうのも、なんか不公平な気がするし」
そう言うと、納得の声で割と簡単に引き下がった。
しかし今度は少し難しい顔になって言葉を続ける。
「でも本当にこのメモ通りの仕事に就くなら、グリムやデント、ノルテノなんかは親への説得が必要かもしれねぇな」
「『説得』?」
「だってこの3人、両親と違う仕事だろ? 今まで特に『これに成りたい』って主張して来なかったんなら、きっと親達は『自分らのどちらかと同じ仕事に就く』って思ってるんじゃないのか?」
そんなゼルゼンの言に、セシリアは「今気付いた」と言わんばかりのハッとした表情を浮かべた。
セシリアはこのツアーを企画する時、事前に「両親と同じ仕事に就かない場合、親たちはどう思うだろうか』と、クレアリンゼに尋ねていた。
そして「親も理由もなく断固拒否はしないだろう」という答えを貰っていた。
それで親の気持ちに関しては「大丈夫だろう」と判断したのだが。
(でもそれは、何も『何の抵抗もなく子供の要望を親達が全面的に受け入れる事』と同義では無いんだ)
子供達は、きちんと本音で「自分で望んでその仕事に就くのだ」と、「こういう理由でその仕事がしたいのだ」と、伝える努力をしなければならない。
自分の意見を認めてもらう為の努力を。
しかしその意見はもしかしたら、誰かに否定されてしまうかもしれない。
そういう可能性がある場面でそれでも自分の意思をしっかり伝えられる子供は、一体この世界にどれだけ存在するのだろうか。
中には自信が持てなくて、断念してしまう子も居るだろう。
(でもそれは、とっても勿体無い事だよね)
だってその仕事を選んだ理由が何も無かった子なんて、1人も居なかったのだ。
なのに「きちんとそういう思いを上手く伝えられない」っていうだけで未来を諦めてしまうのは、とても悲しい事だと思う。
中には「親が何と言おうと自分の気持ちは変わらない」という者も居るだろう。
というか、言いそうな者が確実に1人は思い浮かぶ。
しかし必要以上に親子間の仲を悪くする必要は無い。
きちんと話し合って円満に解決出来るのなら、それに越したことは無い。
セシリアはそう思うし、その為ならば自分の手間を惜しむつもりも無い。
――話し合いの場を作る事。
それが、セシリアが次にすべき事だ。
親の説得に関して、セシリアが出来る手助けなんてたかが知れている。
でも。
(反対してくるかもしれない大人を相手にしなければならない子達。彼らに味方として寄り添う事くらいなら、わたしにも出来る)
「後日、親にこちらの意志を伝える場をわたしが設ける事にする。本人と本人の両親を呼んで4人で話をすれば、みんなも一人で話すよりちょっとは話しやすいだろうし」
「呼ぶのはさっき言った3人の親だけにするのか?」
「ううん、一応みんなの両親とそれぞれ話をする事にする。何か食い違いがあったりしたら嫌だし」
親と円満に話し合いが終わる事をきちんと見届けたい。
そう言えば、ゼルゼンが「そっか」と軽く応じた。
しかし此処でセシリアは1つ、思い出す。
「そういえば、ユンは大丈夫なの? ユンも親とお仕事違うよね?」
セシリアのそんな声に、ゼルゼンが「あぁ」と言って笑う。
「まぁそういう意味で言うとユンも親と違う仕事だけど、ユンは元々「外に出る」って言って親と頻繁に喧嘩してたからな。少なくとも『100%自分と同じ仕事に子供が就く』とは思ってねぇだろうから、ハードルは低いだろ」
確かにそんな事も、聞いた事がある気がする。
しかしそれなら確かに他の子達よりはハードルは低そうだ。
なんて考えていた所で、セシリアはふと『今最も大切な事を忘れていた自分』に気が付いた。
そして身を乗り出す様にして、こう尋ねる。
「それでゼルゼンは何の仕事に就くか、決まったの?」
このツアーは、ゼルゼンの一言から始まった。
彼は自分の選択の余地のない未来を嘆いて、諦める。
最初はそんな雰囲気だった。
それは嫌だと、思った。
何でそんな事を思ったのか。
言葉にするのは難しい。
でも『そんな人生、彼には似合わない』と思ったのだ。
「何に成りたいかどころか、どんな選択肢があるかさえ知らない」と言ったあの日の彼を、セシリアは知っている。
だからこそ彼が何かを選べたのか。
きちんと知りたいと思った。
セシリアの言葉に、ゼルゼンは一瞬キョトンとしてから、思い出したかのように「そっか、まだ言ってなかったっけ」と呟いた。
そしてドキドキしながら彼の言葉を待つセシリアを尻目に、サラッと結論を言う。
「俺、お前の『執事』になる事にしたから」
「わたしの、『執事』……?」
今日は驚く事が沢山あった。
でもきっと、今が一番驚いていると思う。
思わずオウム返ししたセシリアに、ゼルゼンは何故かため息を吐きながら「だって」と言う。
「お前って基本何するか分からないし、見てないとすぐにどっかで怪我してくるし。危なっかしいんだよ」
見ていられなくてついつい手を出してしまう。
今までもそう思うことはあったけど、セシリアに対しては一層その気が強い。
一分一秒でも目を離すと、何だかソワソワしてしまう。
もうこれは性分だ。
どうにもならない。
だから腹を括る事にした。
腹を括って、一緒に居る道を選ぶ事にした。
「『執事』っていうのはそういう奴の考えを先読みして上手い事助けてやる仕事なんだろ? どうせお前が何をするのか一々ハラハラするくらいなら仕事にした方が、あっちもこっちも気にせずに済むし」
彼は「もう決定だから」と、セシリアに有無を言わせない勢いだ。
セシリアにとって、ゼルゼンは『初めてのお友達』で、家族以外では一番良くセシリアの事を知ってくれている同年代の少年で、いつも何かと助けてくれる存在だ。
今回のツアーだって、前日に急に不安になったセシリアの心を支えたのは彼の存在だった。
一人じゃないから、ゼルゼンも居ると思えたから、初めての事でも頑張れた。
セシリアにとってゼルゼンは、『傍に居るだけで心強く思える』存在だ。
そんな彼が、自分の『執事』を目指してくれるという。
「拒否はさせない」と言わんばかりに『執事』に立候補してきたゼルゼンだが、元より彼をセシリアが拒否する筈は無い。
彼の選択がセシリアにとって、どれだけ嬉しい事か。
セシリアの今のボキャブラリーではとても言い表せそうにない。
しかし言葉に表す必要もないくらい、その瞳は雄弁だった。
ペリドットに煌めくその瞳は、喜色と安堵を孕んでゼルゼンへと真っすぐに微笑み掛ける。
そんな瞳を正面から受けてしまって、ゼルゼンは少し慌てた。
まさかそんなに多大な感情を向けられるなんて、夢にも思ってなかったのだ。
「ま、まぁすぐにはお前専属の執事にはなれないと思うけど、ずっと放っておくと何するか分からないからな。最短でお前の所まで行ってやる。だから、大人しく待ってろ!」
照れ隠しとしてゼルゼンがそう言い放った。
その声に、セシリアは喜色を一層深めて頷いたのだった。
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