第11話 関わる全ての人の為に
観察して分かったのは、『両者の間には大きく分けて2つの違いがある』という事だった。
1つ目は、主人達が使用人達によく声を掛けている事である。
「今日の花瓶に飾ってあるお花はとても綺麗だ」
とか、
「いつも掃除が行き届いていて助かる」
とか、
「このお洋服はお気に入りで昔から着続けているけれど、未だに綺麗な状態で着ていられて嬉しい」
とか。
本来は気付かずに素通りしてしまう様な些細な裏方仕事にも、此処の主人達は目敏く気付き言葉を惜しまない。
頑張れば、認めて褒めてくれる。
頑張りを見ていてくれる。
それはとても嬉しくて、仕事のやりがいにも直結する。
皆の気持ちは日々の仕事の向上心へと向き、誰もが認めてもらえる可能性がある為仕事による差別に繋がらない。
2つ目に、当人がその場に居ない場合、主人からの言葉を聞いていた使用人達が当人に教えに来てくれるのだ。
例えば主人が廊下を通りかかった時に飾ってあった花を見て「綺麗な花が飾ってあるわね」と褒めたとして、その場に飾った本人が居る事は少ない。
その場合、折角褒めてくれても本人にその言葉が届かないという事がある。
そういう時に、近くでそれを聞いていたメイドや執事などが耳打ちして教えてくれるのだ、「貴方が飾っていた花、奥様が褒めていたわよ」と。
そういう小さな喜びを互いに共有する。
そんな空気がこの屋敷の中にはある。
普段から仕事の種類に関係なく色々な会話を互いにする事がこのやり取りの念頭にはあるが、それだって喜びを共有出来る関係性を築けているからこそだ。
それらは互いに相乗効果を以って好循環をし続けている様に、モリーには思えた。
たった2つだ。
主人は気付いた事に関して言葉を惜しまず、使用人達は世間話の延長に小さな喜びを共有する。
たったそれだけのお陰で、使用人達は精神的な平穏を得る事が出来ている。
「仕事がしんどいな」と思う日だって、ない訳では無い。
それでも頑張ろうと思えるのはこの場所の居心地が良いからだ。
居心地が良いから、他人に嫌がらせをする様な真似をするまでもなく充実した日々を過ごすことが出来る。
充実しているから、使用人同士の交流も自然と生まれる。
交流をする事で互いの仕事を知ることが出来、そのお陰で「この屋敷を保つ為に必要不可欠な仕事をしているのだ」という事実を互いに確認する事が出来る。
そうすれば、互いの仕事を尊重し合う事が出来る。
尊重し合う事が出来るから、「しんどいな」と思っている同僚を励まし、共に頑張る事が出来る。
それが、この居心地の良さの正体だろう。
しかしこの心地良さを持続させる為には、努力が必要になる。
居心地の良さの正体がこの小さな努力の上にある好循環だからこそ、この循環の歯車が1つでも欠けてしまえば上手く立ち行かなくなる。
歪な音を立てて崩壊していくのを、この場所が気に入っているからこそ見たくはない。
この循環のうち、一番変化の始点と成り易いのは、きっと『互いの仕事を尊重する意識』だろう。
他の所はもしも全員が出来ていなくても他でフォローが可能だが、意識は一人ひとりの持ち物であり、1人ひとりが確立していかなければならない事である。
個人の問題だからこそその維持は難しい様に、モリーには思える。
セシリアの言葉は、それを見抜いた上でその意識の土台を作るという色合いを持っていた。
未就業の、まだ真っ新な状態の子供達だ。
加えて多感な時期でもある。
そんな未来の使用人達が邸内の仕事に対して理解を得る事は、大なり小なり職場環境を維持する為に一役買うだろう。
モリーは、まじまじとセシリアを見つめた。
彼女がどこまで深く考えてこれをスローガンに挙げたのかは分からない。
しかし彼女の企画したツアーは使用人の子供達の将来を慮っているのと同時に、現在働いている使用人達全体の生活環境の維持にも関わるものだ。
普通、4歳の子供が企画出来る事ではない。
それは本来なら、大人でさえ実行することが難しい事の筈だった。
「……セシリアお嬢様は、何故このツアーをやりたいと思ったのですか?」
使用人達全体の職場環境の維持がこのツアーの発端ではない事は、先程彼女自身が「企画している途中でポーラにこの話を聞いた」という言葉からも分かる。
ならばこの件の発端は何だったのか。
そして何故発端とは違う事をスローガンに入れて、わざわざ自分から企画成功の難易度を上げる様な真似をするのか。
知りたくて問えば、セシリアは真剣な声でこう答えた。
「初めはお友達に、自分のしたい事を見つけてほしかったの。でもお母さまにツアーを提案する事で、周りの人達を巻き込む事の責任の重さを教えてもらって、思ったの。それだけを理由に皆を巻き込むのはダメなんじゃないかって」
ゼルゼンに、きちんと自分の意志で仕事を決めてほしいと思った。
ゼルゼンの他にも同じ様な子供達が居るのならやはり同じ様にどうにかしてあげたいとも思った。
(あくまでもそれは私自身の気持ちだ。巻き込む周りの人々は勿論、ゼルゼンだって別にそれを望んでいる訳では無い)
クレアリンゼは「自己満足になってはいけない」と教えてくれた。
でも動機自体がそもそも自己満足などでは無いと、果たして言いきれるだろうか。
そう考えた時に聞いたのがポーラの話だった。
「他のお家の使用人の事を聞いて、思ったの。どうせツアーをやるなら、関わった人みんなの為になる事をしたいって」
ペリドットの瞳が、モリーを真っすぐ見つめる。
曇りの無い、澄んだその色だ。
きちんと話を聞いてからツアーへの協力有無について考えてほしいと言われた時、モリーの心の中には「どの程度か試してやろう」という気持ちがあった。
彼女がどんな才覚を示してくれるのか、楽しみにしていたと言い代えても良いだろう。
彼女の兄や姉の昔を知っているからこそ、期待もしていた。
でも。
(これは、想像以上だ。合格点なんて、そんな生優しいものじゃぁない)
心の中でそんな事を思いながら思わず言葉を失っていたモリーに、不安げな瞳が向けられる。
賛同してくれるだろうか。
不安げに揺れ始めた瞳に「やはり彼女はまだ4歳なのだ」と思い出して、モリーは思わず顔を綻ばせた。
「その『おしごと』ツアー、私も微力ながら協力させてください」
彼女の口から紡ぎ出された言葉に、セシリアは顔に喜色を浮かべた。
そして「ありがとうっ!」とすぐにお礼を述べてくる。
(お礼を述べたいのは、寧ろこちらの方なんだけどね)
モリーは心中で困った様な笑みを浮かべながら、そんな彼女を優しく見つめたのだった。
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