第6話 夕食で提案してみた -提案者としての責任編-

 


 最後に、熟考していたクレアリンゼがやっと口を開く。


「セシリア、貴方はそろそろ自分の言葉に影響力があるという事を知らなければならないわ」


 クレアリンゼはそう言うと持っていたフォークを置いて、セシリアに体ごと向き直った。

 彼女と正面から向き合って、言い聞かせる様に言葉を続ける。


「貴方は貴族よ。貴族の言葉は例えそれがただの思い付きだったとしても、周りにとっては命令に近い言葉として受け取られてしまう事がある。だから『何かをしたい』と思った時、貴方はまずそれが周りに及ぼす影響をしっかりと考えないといけないわ」


 そこまで言うと、クレアリンゼは小さな両手を包み込む様にして握った。

 ほんのりと、温かな感触がセシリアに伝わる。


「貴方は今回、使用人の子供達に職業選択を自由に行う機会を与えようとしているわ。それは使用人やその子供達に良くも悪くも影響を与える事になる。その責任を、貴方は取れる?」

「……責任って?」


 セシリアは、すぐに「取れる」と即答はしなかった。

 取るべき責任、それが一体何なのか分からなかったからである。


 例えば責任の取り方として賠償金が必要な場合、貯金の無いセシリアには不可能だ。

 家族や使用人の命に関わる責任の取り方も、セシリアには無理だ。


 取れるかどうかわからない責任を、口だけで「取れる」という事は簡単だけど、ソレは誠実さに欠ける。


 責任を取る気持ちはあるが、それが自分だけで取れる責任なのか。

 彼女の中ではそれが問題だった。



 真剣な眼差しを向けてきた娘に、クレアリンゼも頷く。


(貴方がそういう気持ちなのであれば、私もきちんと答えないとね)


 娘の表情から彼女の心中を察して、クレアリンゼは今回における具体的な責任の取り方を提示した。


「まず、『おしごと』ツアーをする為には邸内での子供達の案内役が必要よ。貴方がツアーをやりたいと言うのなら、その案内役は貴方がすべき。出来るかしら?」

「出来る!」


 その為には邸内の地図の把握をしなければならない。

 でもそれなら今から覚えれば、出来る。


 セシリアは大きく頷いた。



「おそらくツアーに参加する人達は貴方よりも年上ばかりよ。年上の子達でもきちんと注意したり、変な所に行かない様にしっかりと先導したりしなければならないわ。出来る?」

「頑張る!」


 これは経験が無いだけに、少し難しそうである。

 でもきちんと心掛けて行動すれば、出来ないことも無いだろう。

 勿論できなかった場合の責任は取らなければならないが、それさえ覚悟していれば、やってみる価値はある。


 セシリアはまた、頷いた。



「ツアーを開催するには、まず使用人達の了解が必要よ。使用人達の仕事中にお邪魔するのだから、彼らの都合に合わせて貴方達が動く必要があるわ」


 ツアーに協力をする事は本来の使用人達の仕事ではないのだから、彼らに迷惑を掛けてはいけない。

 クレアリンゼがそう、念を押してくる。


 彼らの都合に合わせるというのは、セシリアにとっては初めての体験だ。

 今までは周りがこちらに合わせてくれていた。

 皆が自分にしてくれたように、なるべく彼らに寄り添って行動する。

 その方法を、今後考えてく事は出来るだろう。


 セシリアは、頷いた。



「そして仕事を体験させてほしいなら、それも前もって使用人達に伝えておく必要があるわ。使用人達にはその準備の為の時間をきちんと与える事」


 これは彼らに都合を合わせる事の一環として確かに必要な処置だろう。

 彼らにだって仕事があるのだから、こちらの都合で本来の仕事外の事で急かすのはいけない。


 これについては早めに話を通しておけばいい。

 自分にも出来る。


 セシリアは納得して、頷いた。



「いつ、どこを回るのか。手際良くツアー出来る様に、貴方が予定も組む事。予定時間に遅れてしまったらそれだけ使用人達の本来の仕事にも影響が出てしまう可能性がある。そんな事が無い様にしなければならないわ」


 彼らの事を考えれば、確かに時間厳守は大切だ。

 予定を組む為には色々と考える事が多そうではあるが、出来ない事は無いだろう。


 クレアリンゼの声に、また一つ、頷く。



「そして最後に、これが一番大切な事よ。このツアーは決して貴方の自己満足になってはいけない」

「自己満足?」


 どういう意味か分からなくて、オウム返しに尋ねた。

 するとクレアリンゼがいつもの様に説明してくれる。


「貴方が当日楽しければ、貴方がやりたかった事が出来ればただそれだけで良いというわけでは無いわ。貴方は計画を進める時、常に『目的を達成する事』を第一に考えて行動しなければならない」


 言葉の真意が分からず、セシリアは思わず首を傾げた。


「貴方がこのツアーをしたいのは、どの仕事をしたいのか分からないという子に『こんな仕事があるのよ』って教えてあげる事で、少しでも自分で自分の将来の仕事を決めるための手助けをしてあげたい、という事でしょう?」


 その問いに、「その通りだ」と頷く。

 セシリアは未来を自分で決められないと、決めようがないと諦めた顔をした彼を、どうにかしてあげたい。

 他にも同じ様な子が居るなら、その子達もその状況から掬い上げてあげたい。


「それなら貴方の目指すものは、ツアー当日ではなくツアーが終わった後にあるのよ」


 クレアリンゼはそう言うと、今まで浮かべていた微笑を引き締めた。

 表情の変化に、セシリアも『彼女がこれから話す事は大切な事なのだ』と感じ取る。


「貴方のこの構想の成功はツアーの後、子供達がきちんと自分の意志で仕事を選ぶ事が出来たかどうかによって決まる。だから貴方は仕事体験の時には仕事の楽しい所だけではなく大変な所も伝わる様にしなければならない」


 何に関しても大抵は、メリットがあればデメリットもある。

 それは仕事だって、同じだ。


「全てを知った上での決定でないと、実際仕事をし始めた時に『こんな筈じゃなかった』とその仕事を選んだ事を後悔するかもしれない。それでは貴方の目標は本当に達成されたとは言えないでしょう?」


 此処まで聞いて、セシリアはやっと彼女の言いたい事を理解した。


 デメリットを許容してでもメリットを取る。

 そういう選択をさせてあげられないのであれば、それはただの自己満足でしかない。


(その仕事の面白さ、楽しさをと伝えたいと思っていたけど、それだけじゃダメなのね)


 そう思う一方で、今その事を教えてくれて良かったと思う。

 この考えは常に念頭に置いて行動すべき事だ。


 指針にしようと心に決めて、セシリアは頷いた。



 そんな彼女を見て、クレアリンゼは一瞬考える。


 今回の提案は、使用人の子供達の事を考えればとても良い提案だと思う。

 しかし同時に影響範囲は自分に留まらない。


 誰かの未来に影響を与えるかもしれないのだから、責任は取らないといけない。

 最初はその責任を、しっかり監督する事で自分が取ろうかとも思ったのだが、辞めた。



 セシリアは伯爵令嬢である。

 自分の言葉が周りにどういう影響を与え、その言動が一体どういう責任を問われるのか。

 そろそろ知っても良い頃なのかもしれない。


 そう思ったから、今に至るまでクレアリンゼの中にはたった二つの選択肢しか存在しない。

 発案者の責任をセシリアが背負うか。

 ツアーを許可しないか。


「貴方はしっかりと事前準備をし、行動しなければならない。それが、貴方が巻き込む人達への責任の取り方よ」


 強い言葉でそう言うと、次の瞬間、クレアリンゼはふと柔らかな微笑みを向けた。

 両手の中に小さな温もりに少しだけ力を込める。


「きっとまだ4歳の貴方にはまだ難しい課題が、このツアーを成功させるまでには沢山あるわ。それでも今、やる?」


 今でなくても来年、再来年とまた機会はある。

 それでも、今やるの?


 そんな気持ちを込めて尋ねれば、セシリアは視線を落として考える素振りを見せた。

 しかし少しの考えた後、「それでも」と言うように、顔を上げて大きく頷く。



 向けられた目は、真剣そのものだ。

 その様子に、クレアリンゼも決心がついた。


(本人のやる気がある以上、やらせてみましょうか)


 幸いこの件は、どんなに大きな間違いをしたとしてもこの伯爵家以外に飛び火することは無い。

 リスクヘッジは比較的容易い。




 彼女の覚悟を受け取ったクレアリンゼは「それなら頑張りなさい」と頭を撫でた。

 そして最後にこう伝える。


「ではポーラと相談して、手伝ってもらいながらやってみなさい。分からない事や困った事があったら、私に相談してくれれば一緒に考えるくらいの事は手伝えるわ」

「はい! わたし、頑張る!!」


 やる気に満ち満ちた声で頷けば、一部始終を聞いていたキリルやマリーシアも、口々に応援してくれる。



 こうして、セシリアの発案で『おしごと』ツアーの開催が此処で決まったのだった。

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