第10話 商人・グランツの顛末 -説明という名の告げ口編-
3兄妹、初めての商談から数日後。
昼下がりのティータイムで、クレアリンゼが思い出した様に口を開いた。
「そう言えばこの前の『執務室改造計画』の商人の件、どうやら大変だった様ね」
マルクから報告は受けているわ。
そう続けられた言葉に、マリーシアが答えた。
「キリルお兄様もセシリーも私も、あの商人の事を割と容赦なくコテンパンにしたのですが、そういえばあの後向こうから何か反応はあったのですか?」
「ありましたよ。あの方、応接室を出た後すぐに『どうしても旦那様に会わせてほしい』って使用人に絡んでいたので、仕方が無く旦那様がお会いになったのよ」
クレアリンゼはそこまで言うと、本題に入る前に紅茶で喉を潤す。
それからゆっくりとした口調で、マルク伝手に聞いた話を語って聞かせたのだった。
***
オルトガン伯爵家の3兄妹にまんまとしてやられた商人・グランツは、心底腹が立っていた。
最初。
彼らが今回の商談相手だと聞いた時、グランツは「これはラッキーだ」と思った。
グランツが会頭を務めるガンダール商会は、幾つかの領地を跨いで商売をする中規模商会である。
顧客は平民の個人から主には子爵家までで、伯爵家が最高位。その伯爵家も取引があるのはオルトガン伯爵家だけである。
グランツは会頭という立場上、その中でも上客、即ち貴族の相手をする事が多い。
そして伯爵家の子供達との商談はこれが初めてだったが、他の貴族家とはもう既に子供相手の商売をした経験が何度もある。
子供の扱いはお手の物だ。
貴族の子供達は、どいつもこいつも我儘な奴らばかりである。
自分で金を稼ぐ事を知らない貴族の子供達は、なまじ金持ちの生活に慣れているせいで、親よりも一層、無駄な事に対して金に糸目を付けない傾向が強い。
自分の欲しいと思った物は、自分がそう思った時点で既に自分の物だと思っている節があって、その為に一体幾らの金が掛かっているのかなんて、彼らには全く興味がないのだ。
一般人としては、そんな貴族達の事を「どうなのか」と思う。
でも自分は商人だ。
商人にとって、金を落としてくれる人はどんな立場のどんな人間だって神様に等しい。
だから、接客の度に味わう身分違いの面倒さや、あまりにも違い過ぎる生活環境に対する不満には毎回目を瞑る。
どの領主の子でも、貴族の子供に変わりはない。
この領の子供達に会ったことは無いが、きっと今までと同じで甘やかされて育って来た、商人や平民の価値観とは別次元の所で生きている奴らなのだろう。
(それなら精々こちらは彼らが湯水の如く使う『お金』を、楽に、且つ出来るだけ多くふんだくってやるだけだ)
そう思って、心中でほくそ笑む。
此処に領主が来ないのも、おそらく商談などするまでもなく既にうちの商会に注文することを決めているからだ。
だからこそ、ただの『サイン要員』として子供達を此処に立ち合わせた。
そうとしか考えられない。
(ふふふ、今回の商談はもう決まったも同然だな)
これでまた稼げるぞ。
等と言う言葉で、この時グランツは思考を完結させたのだった。
しかし結果として、この商談は予想外の方向へと転がっていく。
計算間違いや折角巧妙に隠していた水増し請求等を余す所無く指摘され、契約条項の不備を指摘され、挙句の果てにはその心中まで看破された。
舐めてかかっていた子供達を相手に、である。
確かに指摘された事は全てその通りだったが……。
「だから仕方が無い」なんて、思える筈が無い。
大人を舐めとるのはそっちの方だ。
生意気にも大人の仕事に口出ししたり、ちょっとミスを指摘しただけで鬼の首を取ったかの様に騒いだりしおって。
私の事を馬鹿にして、只で済むと思うなよ。
彼らは貴族だ。
そんな相手には大凡言えない様な言葉遣いで、彼らの事を心中でのみ批判する。
結局の所、グランツは商人としてのプライドをも傷つけられたのだった。
(傷つけられたプライドは、親からの不信を以って返すとしよう)
そう考えたグランツは、当主との謁見に際して『自分側には非が無い事』と『子供達に対する不信を植え付ける事』に関して、特に注力した。
「今回は不幸な行き違いがあり、そのせいでお子様方をご不快にさせてしまった様です。まことに申し訳ありません。今回は、その状況のご説明と今後の提案に参りました」
彼はまず最初に、こう話を切り出した。
そして頭を下げて謝罪をすると、状況の説明と称した告げ口を長々とし始める。
曰く、
「お子様は商売の事をあまり良く知らない様で……リスクヘッジとそれに伴う費用について説明をして差し上げたのですが、どうも話が難しくて理解出来なかった様です。そして理解出来ないままその費用を『ただの無駄なお金だ』と仰られて――」
とか、
「貴族様の所に納品する品です。特に素材の指定が無かった為最高品質の物を御作りしようと思ったのですが、その事がどうやら御気に触られた様で――」
とか、
「私達の間には長年取引があり信頼もあります。著作権については長々と連ねた条項をお読みいただく事の負荷を考え、こちらとしましては『著作権は伯爵様に有る』と認識した上で、敢えて記載しなかったのですが――」
とか、
「お子様方の事を軽んじる等、滅相もありません。しかし何分商人の仕事柄染みついてしまった『表情を隠す』という癖が誤解を生んでしまった様で――」
とか。
そんな主旨の事をつらつらと話していった。
流石は商人だ、という所だろう。
グランツの言葉はそのどれもが、起こったことの概要のみを知っている場合、きちんとした言い分として受け入れられる、絶妙なラインを保ったものだった。
つまりは彼が最初に言った『不幸な行き違い』で済まされる程度の話に上手く纏められていたのだ。
それらの説明は、貴族相手の説明としては概ね問題なく『誤解』が解ける様な内容だっただろう。
もしも相手が『オルトガン伯爵家』の人間でなかったのなら、の話だが。
一通りの話が終わった後、グランツは内心で満足げな表情を浮かべていた。
説明は完璧だ。
どこにも穴は無い。
これで無用な『誤解』は解け、上手く商談を進めることが出来るだろう。
そんな風に思って、ほくそ笑んたのだ。
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