第23話 『おべんきょう』ツアー -厨房で初クッキング編-

 


 ポーラに手伝ってもらいながら、セシリアは貰ったエプロンを早速装着してみた。


 ――うん、サイズはぴったりだ。

 おそらくポーラ辺りから予め、サイズについては聞いていたのだろう。


 そんな事を思いながらポーラを見上げれば、目が合ったポーラが「似合ってますよ」と笑顔で言った。

 その言葉に、気分が上がる。


「さぁセシリアお嬢様、それでは始めましょう」


 ダンがそう呼びかけて来る。


(よし)


 彼の言葉に、セシリアは両手を握って自分に喝を入れた。


 料理、スタートだ。


「まず最初に、手を洗いましょう。これはどんな料理を作るにしても必須な一番初めに行うべき作業です。肘まで丁寧に洗ってください」


「こうやって……」と実演して見せてくれるダン。

 真似をして、セシリアも肘までしっかりと洗う。


 そして「私、出来てる?」とダンを見遣れば、ダンはそんなセシリアにサムズアップで答えてくれた。



 手を洗い終わり作業台の前へと移動する。

 背が低く作業台に全く手が届かないセシリアの為に、今日はセシリアが乗る用の頑丈な木箱が置かれていた。


 強度については既にダン達厨房スタッフが確認済みとの事だが、厨房の脇にバラバラになったおそらく木箱だっただろう物の残骸が山の様になっているのが、ちょっと気になる。


「あれはセシリアお嬢様が危ない目に合わない様にと木箱の強度を計る時に、ダン料理長が踏み抜いた物です」


 不思議そうに眺めていると近くに居た他の人が笑いながら教えてくれた。

 どうやら彼は強度を確かめる為に自分が箱に乗ってみたらしい。


 大人の、しかも外見がムキムキマッチョな大男が乗った木箱は、悉くスクラップになっていった様である。

 そしてそんな厳しい審査を経て選ばれた一箱が、今正にセシリアが乗ったコレらしい。


 十分過ぎる強度な気がしなくもないが、まぁ不足するよりは余程マシだ。




 箱へと登ったセシリアの目の前には、もう既に材料が準備されていた。


 薄力粉、砂糖、牛乳、卵、バター。

 今回は初めてということもあり、全て既に計量済みである。

 それらをダンに言われた通り、順番に混ぜていく。



 スコーンの作り方は、比較的簡単だ。

 材料をサックリと混ぜて、生地に纏めて形を形成し、オーブンで焼く。

 たったそれだけ。


 しかも今回、オーブンを使うのは危ないのでダンにしてもらう予定である。

 その為セシリアがさせて貰えるのは、生地を作ることだけである。



 しかしそれでも、今まで全く料理をした事の無いセシリアには、新しい発見と疑問の連続だった。

 中でも「粉や液体だった個々の材料が、合わせる事で一つの『形』になっていく様」は

セシリアにとって、不思議の最たる物だ。



 所々で注意点などを聞きながら作業をし、遂にスコーンの生地をオーブンプレートに敷かれたクッキングシートの上に置いていく工程までやってくる。


 これが済めば、後はオーブンで焼くだけだ。

 火を入れたオーブンへと入っていく生地を見送り、セシリアはジッとその生地が焼き上がっていく工程をただただ見つめ続ける。



 待つこと、約15分。

 オーブンから出てきたソレは、セシリアにも馴染のあるスコーンの形と香りをしていた。




 完成したソレをじーっと眺めて、それから勢いよくダンを振り返った。

 その瞳は爛々と、喜色を纏って煌めいている。


 ダンは優しい瞳でそんなセシリアを見つめ返し、小さく一度頷いた。


「食べて良いですよ。熱いから気を付けてくださいね」


 彼の言葉に焼き上がったばかりのスコーンを一つ、手に取ろうとする。

 するとポーラが慌てて声を掛けた。


「ちょっと待ってください、セシリアお嬢様。そのままでは火傷してしまいます」


 彼女はそう言うと紙ナフキンを渡してくれた。


「これを何枚か重ねてスコーンを持って、割ってから食べてください」


 今までセシリアに出されるお菓子は既に冷めた状態の物ばかりだった。

 だからこそダンの言葉に「熱いとは言っても火傷する程ではないだろう」と高を括っていたのだ。


 そうか、出来立てのスコーンというのは素手で触れない位熱いのか。


 そんな事を思いながら、セシリアは差し出された紙ナフキンを受け取って今度こそスコーンに手を伸ばす。


 スコーンを一つ手に取り、ポーラの忠告通りに先に割る。



 紙ナフキン越しに伝わる温かさと共に、ふんわりと甘い香りが鼻を擽る。


 そんな初めての体験に心を躍らせながら、スコーンの欠片を口へと運んだ。


「……美味しい」


 口の中でほろほろと溶けるスコーンの仄かな甘さに口元も綻ばせて、セシリアは呟く様にそう言った。

 ダンを見上げ、喜々として声を上げる。


「美味しいっ!!」


 その声にダンは嬉しそうに、そしてどこか得意げにニッと笑みを返してくれる。


「良かったですね、セシリアお嬢様」

「うんっ!」


 ポーラの声に振り返って満面の笑みで返事をしてから、セシリアは手元のスコーンへとまた視線を向けた。




 つい数十分前までは、粉や液体だったもの。

 それが今、『美味しい物』になった。


 ティータイムに出てくるスコーンは、いつも美味しい。

 でも不思議な事に、今日のこのスコーンはいつもの数倍も美味しい様に感じられる。

 それはきっと「自分で頑張って作ったものだから」という精神的な底上げ効果と、「やはり出来立ては美味しい」という当然の原理の賜物なのだろう。




 口内に広がる『美味しさ』を楽しみながら、一方で冴えた頭で考える。



 何故、牛乳やバターを加えると小さな粉粒が一つの塊に纏まったのか。

 何故、生地に火を入れたら膨らんだのか。


 それは、知識欲と好奇心。

 それらが自分の中でむくむくと育っていくのを感じて、セシリアは「今後の楽しみが増えた」と言わんばかりに爛々と瞳を輝かせて笑う。



 こうしてセシリアはまた一つ、新たな経験と自身の中の探究心を自分の中で育てていくのだった。




 因みに初めての料理に大満足したセシリアはこの後出来たスコーンを自室へと持ち帰り、一つずつ小さな袋にラッピングしていった。

 そしてそれを執務に忙しい父や社交の為の手紙を執筆していた母、勉強を頑張る兄姉達に、いそいそとおすそ分けをしに行く。


 そんな『初めて』が詰まった贈り物を、彼らが喜ばない筈が無い。

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