変異体ハンターの女性はベジタリアンである。
オロボ46
懐かしさはいい。その時が当たり前だったころの良さを知ることができる。
電気自動車の電池残量を示すメーターが、全体の3割を切った。
「先輩、そろそろ充電した方がいいんじゃないですか?」
助手席に座っていた俺は、ハンドルを握っている先輩に知らせる。
「わかってるよう。この辺りにガソリンスタンドに向かっているところだからあ」
ロングヘアーに薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズの
電気自動車は、一直線の道路の上を走っている。
道路の脇の地面には赤茶色の大地が、空には青空が広がっている。ネットによると、この景色は“地球”のアメリカという地域に似ているらしい。
「あれ、ない……」
「すみませえん、
「わかってますよ。ちょっと待ってください……」
俺は手元のリュックサックから袋を取り出す。
袋についていたファスナーを外し、中身の
「どうもお」
晴海先輩は紙コップをカップホルダーにセットすると、スティックニンジンをつまみ口に運ぶ。
「それにしても、先輩って変わってますよね」
「それは承知の事実じゃないのお?」
「そうじゃなくて、ニンジンの食べ方ですよ。普通、マヨネーズかドレッシングをかけて食べません?」
「料理の時はドレッシングをかけるよお。でも野菜単体はかけないで味わう方がおいしいって、勝手に決めつけているだけえ」
「そうなんですか。それにしても、もうすぐお昼ですよ? 昼飯が食べられなくなりません?」
「ニンジンは別腹だよう」
「先輩は相変わらずベジタリアンっすね……」
気にせずニンジンに手を伸ばしていく晴海先輩を横目でみながら、俺は例の資料を取り出す。
1枚目は、とある事件の新聞記事だった。ここ最近、20代の若者が男女関係なく失踪するという事件だ。
そしてもう1枚は……今回の仕事の依頼書だ。
俺たちが向かっている町は、失踪事件が起きている現場だ。そこで怪しい人影が現れているというウワサが広がっている。目撃証言の中には、変異体を見かけたというものまである。
そこで、現地の町の警察から直々に、俺たち変異体処理のスペシャリスト……“変異体ハンター”が呼ばれたというわけだ。
車は、近場のガソリンスタンドに入っていく。
「なんだか古くさいですね。特にそこの給油機」
俺の個人的な第1印象を口に出す。
この世界ではガソリンスタンドとは言っているが、ほとんどは電気自動車専用だ。世界中の自動車の90%が電気自動車となっているこのご時世に、ガソリン車用の給油機があるとは驚きが隠せないぜ。
「古くさいのは給油機じゃないみたいだねえ」
晴海先輩が指さした方向を見てみると、張り紙のようなものが貼ってある。
“本店はフルサービス方式です。給油を求める方は店員をお呼びください”
「フルサービス方式? どういうことだ……?」
「お客が自分で給油する方式がセルフサービス、店員が給油してくれる方式はフルサービスって言うんだよう。給油している間は、窓ふきなんかも一緒にしてくれるんだってえ」
「ふうん……でもなんでわざわざ店員が給油する必要があるんですかね? 人件費とかかかるのに」
「これはいわゆるシャレってやつだねえ。昔を懐かしませる、いわゆる自己満足でやっている店なんだよお」
車は、充電スタンドの横で停車した。
“本店はフルサービス方式です。充電を求める方は店員をお呼びください”
「充電スタンドもかーい!」
「……面白いですかあ?」
「……」
電気スタンドに貼っていた張り紙にツッコミを入れた後には、晴海先輩からの冷ややかな視線が帰ってきた。
「それにしても、人ひとりも見えないですよ?」
「シャレでやっている店だし、中でのんびりしているんだろうねえ」
そう言いながら、晴海先輩はシートベルトを外し、車から降りる。
俺も降りようとすると、店内から誰かが出てきた。
「おお、久しぶりのお客さんですな」
この男、話し方とは不釣り合いなほど、肌が若い。これまた古そうなジャケットを着込み、右腕には包帯を巻き、目は黒サングラスでおしゃれしている。
「店員さんですかあ?」
晴海先輩の受け答えに、男は白い歯を見せて笑う。
「いえ、あたしは店長なんですよ。もっとも、従業員はあたしひとりなんですけどね」
「それでしたらあ、充電お願いしますねえ。これ、電気自動車ですからあ」
「そうですか……そういえば、もうすぐお昼ですなあ」
店長と思われる男が腕時計を確認し始めたので、俺も腕時計で確認してみる。
グヴウウウウウウウゥゥゥゥゥ
……時計を見るまでもなかった。
ガソリンスタンドの店内は、飲食スペースになっている。
テーブルとイス4つというシンプルな席が複数並んでガラス窓付近に設置されている。壁際にはパンやラーメンといった、食品を売っている自動販売機が、これまた古くさいデザインで並んでいる。
「あれ、先輩は何も食べないんですか?」
晴海先輩は席についてスマホをつついていた。俺はプラスチック容器に入ったラーメンをこぼさないようにテーブルを置きながら尋ねてみる。
「野菜がないと食欲が落ちるんだよう」
「……確かに、自販機には野菜関係のものがなかったですからね」
俺は自販機をちらりと見ると、ラーメンの麺を口に運んだ。
カップ麺とは食感が違っており、特にしょうゆスープに浸したベーコンがうまい。若干ふにゃふにゃしているのがスープを含んでいる証だ。
「スティックニンジン、持ってきたほうがよかったですか?」
ガラス窓には、充電している車の窓掃除をする店主が見える。
「別にいいよお、あれは運転するときに食べるものだからあ……んっ!!?」
ガタンッ
と……突然、晴海先輩が座っていたイスを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「……どうしたんっすか?」
「ちょっと町に行ってくるよう!!」
スマホを持ったまま晴海先輩は出口の扉まで走って行く。
「町って……ここから15分も掛かりますけど!?」
「往復30分で諦めるわけがないよう!! 野菜の詰め放題、売り切れる前に買いにいかないとお!!」
出口の扉を乱暴に開け、晴海先輩は走り去って……いった……
まあ、引き留めなくて……いいかな……
なんだか……眠たくなってきた……
昨日はちゃんと……安眠できたのにな……
もしかして……これ……すい……みん……やく……だったり……し……て……
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