第32話 カバ

 あっちもこっちも分からないことだらけだ。特に皇女様。相変わらずあの人のことはなにも分かっていない。

 それでも僕は特に聞くでもなく調べるでもなく、なんとなくそのままにしてしまっている。床で寝るのにもすっかり慣れている今、皇女様が僕の部屋で備品ごっこをしていて困ることもないし。むしろ今さらいなくなられても変な感じだし、と言い訳して。どうせあの人にそんな大した事情なんてあるはずもない、と言いきかせて。

 だから僕は知らないうちに皇女様のいる生活に甘えていたんだろう。

 分からないと言えば、あの嫌なテストもよく分からない。後日あの技術上官はなにが気になってテストをしたのか、なぜ必要なのか、どう大事なのか懇切丁寧に説明してくれたけど、言うことが難しすぎてさっぱり理解できなかった。要は僕の身の安全のためだと言うが、あのテストのほうがよっぽど僕の体に危ないと思う。

 上官はあのテストを月一、だいたい休息日三回に一回やると言う。絶対に嫌だが拒否権がなくて憂鬱だ。

 まあでも、あのテストのおかげで分かったこともあった。チグリスのことだ。

 神経接続ってのは、僕の考えていることが指示としてチグリスへ伝わって操縦する、そういうもんだと思っていた。でも、あれはそんなもんじゃない。本来僕の思考と体が繋がっているはずのところを切って機体と繋げる。つまり僕の体と機体がそっくり入れ替わっている状態だ。チグリスに乗っているとき、僕の体はチグリスだ。

 どうりで模擬試合のとき僕は裸で突っ立ってるような感覚になったわけである。文字通りあの時僕は裸で突っ立っていたのだ。

 そう分かって動かすチグリスは、ほぼ違和感なく僕の体として動く。というか、むしろ実際の僕の体より強く早く軽く思い通りに動くようだ。なんせ疲れないし。損傷があっても、ただの数値で痛みもないし。

 あと問題は、あの入ってくる大量の情報だ。チグリスが集めてくる情報はあまりに多く、とても僕はその全てを認知できそうもない。つまり戦場で必要になる情報以外はばさばさ捨てるようにしなければならない。最近の僕の訓練は専らそれである。授業の部隊行動訓練で怒られない程度にのそのそ動きながら、なにをどのぐらい拾うかひたすら試している。

 それを聞いた技術上官は、チグリスには性能のいいコンピューターが積まれていると言った。つまり僕の脳みそが四個ぐらい増えているようなものだと。だから不急の情報は捨てずにそっちで処理させるようにすればいいらしいのだが、でも僕も脳みそが五個になったことなどない。簡単に使えと言われても難しい。

 それがうまくできれば、時々起きる頭痛も緩和されるだろうとのことなので、まぁ頑張るけども。


 もういっこ、よく分からないことがある。アルのことだ。

 アルの乗ることになったギアローダーはBhMThベヘモトという。いま目の前にある。なんというか、チグリスに比べて兵器らしい格好いい機体である。大きい重量級で耐久力は高いんだけれども、機敏性とのバランスが取れてて見た目はシュッとしている。代わりに他の重量級が装備しているような凶悪な武器はない。派手さに欠ける。

 僕が見ているのに気づいたアルが近づいてくる。ちょうどいいので疑問をぶつけてみることにしよう。

「なんでこれなんだろ?」

「は? なにが?」

 アルは笑顔のまま首を傾ける。

「アルのローダー。だって、80%のやつじゃないだろ」

 適性検査の結果をアルが見せてきたとき、一番適性率が高い機種はベヘモトじゃなかったと思う。

「ああ」

 アルの笑顔がちょっとだけ苦いものになった。

「まあそうなんだけど。適性よりも乗りたかったやつを選んだ」

 そういえば、あの時他に乗りたいと思っているやつがあるとも言っていたっけ。それがベヘモトだったのか。

「……希望で出したってこと?」

「あー。まぁ、そういうことだな」

 そしてその希望が通ったと。その話に違和感を覚える。だって、適性が80%もある有望機種があるのに、他の本人の希望が優先された? なかなか珍しい話だ。

 ちなみに僕が出した希望はガン無視された。適当に出したやつだからどうでもいいが。

「でも、なんでベヘモトなんだよ。悪いやつじゃないけど、もっと派手な人気なのもあるだろ?」

 人気があるのは凄い武器を積んだ派手なやつだ。ベヘモトは、良く言えばバランスが取れてる。悪く言えば中途半端。というイメージ。

「んー、いや。俺、ベヘモトも適性は悪くはないんだぜ」

 アルが僕の肩に腕を回してきた。耳に口を寄せてくる。

「アオイほどじゃないけどな」

 吹き込まれた言葉にびくりとさせられる。アルめ。やっぱりこいつ、僕の結果をちゃんと知ってるんじゃないか。

 すぐ横でアルが笑う気配がした。

「ごめんて。理由は、ベヘモトが親父も乗ってたやつだからだよ」

 僕はアルのことはなにも知らない。

「上官も親の古い知り合いが多いから。同情ひいて、無理矢理希望通しちゃった」

 声は笑っているけど、アルはどんな顔をしているのか見せてくれない。

「ああ、そうだ」

 腕を回したままアルが言う。

「俺、皇女殿下様のこと、思い出した」

「な、え?」

 驚いて耳をそばだてる僕をアルは急に突き放す。離れて見るアルの顔は、やっぱり笑っていた。

「思い出したら教えるって言ったけど、あれやっぱなし。ごめん」

「は?」

 休憩時間の終わりと集合の笛の音が響く。

「俺は教えないから。知りたきゃ自分でエマに聞けよ」

 それだけ言ってアルは僕に背を向けた。

 アルの言った“エマ”が皇女殿下の名前だと僕が気づいたのは、ずいぶん考えた後だ。


 そしてこの日、僕らの初任務が言い渡された。

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