第25話 ご天覧
僕がチグリスを睨み上げているところへアルがやって来る。やつもチグリスを見上げ、そして無言になった。アルでさえコメントに困る機体、それがチグリスだ。
アルはなにも言わずに帰っていった。いや、なんか言えよ。せめて一言、なにか言ってくれよ。
「言うほど悪い機体でもないですがねぇ」
そう言ってくれるのは工廠付きの上官で、この人は軍人と言うよりは技術者らしく気軽に言葉をくれる。
「君にはうってつけだとも思いますし」
「……よろしければ、その理由を」
「チグリスは恐らく後期に作られていた機種で、性能はもとより燃費がいいんですよ。エネルギーポットの交換回数が少なくて済みますから」
ギアローダーの全電源はエネルギーポットと呼ばれるでっかいバッテリー的なやつに依っている。普段はともかく戦場では技術者に頼らず搭乗者本人が交換をしなければならないことも多い。なかなかの重労働だ。
その回数が少なくて済むから良かったねって、それは僕がチビだからチビの機体で良かったねってことか、おい。
「今日の訓練は予定を変更し、模擬試合を行う」
半日訓練の日、教官が僕らを並べて言い放ったその言葉に僕はぎょっとした。
ちょっと待ってほしい。試合? 皆はともかく、いろいろ出遅れた僕はようやくチグリスの基本的な動かし方を覚えたところで、まだまともに訓練も出来ていない。
「なお、ご天覧試合である。恥ずかしい動きはするな」
続く教官の言葉には、僕だけでなく並ぶ全員が「は?」となった。教官は微かに顎を振り、横をちらりと示す。僕ら全員が馬鹿正直にそちらを見た。
訓練場横の観覧席の
なにやってんじゃあああ!
「新人をお気遣いになられる皇女殿下たってのご希望である。……無様な動きをした者は、死ぬと思え」
なぁにしてくれてんじゃああああ!
それにしても、遥か高みにおわす皇女殿下のお姿は、僕のベッドでゆるゆるポテチを貪る皇女様ととうてい同一人物とは思えない。どうもおかしな感じだ。
「各自準備の上、指示に従い試合に臨むこと。一時解散」
あー。恥ずかしくない動き以前にまず動けるかどうか、なんだけど。死んだ。
唯一、僕がチグリスで良かったと思うところがある。なんというか、
普通のギアローダーなら搭乗者の安全が最低限確保されていれば後はどうでもいい、と言わんばかりの造りである。ところがチグリスときたら、なんの素材でできてるんだか知らないが、しっかり優しく全身を支えてくれる低反発シートで、すっぽり収まった僕はやたら居心地が良い。やっぱりコレ兵器じゃないだろ。チグリスは操縦桿などが一切ない、完全神経接続型のギアローダーである。つまり搭乗、操縦中の僕の身体はほぼ寝てるみたいなものなので、この居住性はなんのご褒美ですかと聞きたい。いっそ夜は寝袋じゃなくてチグリスで寝たい。と言うわけで、僕の機体名はシュラフ/チグリスで登録されちゃってある。
手順に従い装置を付けてチグリスへ接続。この辺りはしっかり練習させられたので問題ない。教官の指示を聞くため、音声回線へつなぐ。とりあえず僕の出番はまだ先のようなので、現時点でなにが出来るかを考えておくことにする。
試合、といってもそう大層なものではなかった。僕ほどではないせよ、クラスメートもローダーを動かしはじめたばかりの初心者である。大したことはできない。だからルールは簡単に言ってしまえばお
先に結果だけ言おう。無様な棒立ちで吹っ飛ばされた僕は、死ぬほど恥ずかしい動き(動けてないけど!)だったとの評価を受けて死ぬ目に遭わされたクソ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます