第11話 告白

 訓練服のポケットにチョコレートが入っている。なんて、教官にバレたらなかなか手酷い目に遭うのではなかろうか。

 朝のこと、食事を終えて部屋へ戻った僕を皇女様が寝起きの目で睨みながら言った。

「見てるからな」

 まだちょっと眠そうな皇女様は可愛らしいのだが、なかなか恐い物言いだった。教室や訓練場をどこから見ているのやらさっぱり分からないけれど。もしチョコレートを渡さず戻ろうものならおむずかりになるだろう。本当、ここはロクなことがない。

 不本意ではあるが、さっさと渡す方が身のためだ。僕は業間やつに近づいた。

 あいつは数人の同期と談笑している。朝見たときとは一緒にいるやつが違うから、皇女様が言った通りこいつはもう相当交友関係を広げているのだろう。だからなんでそんなことを殿下は知っているんだか。

 唐突に近づいてきた僕を彼らは当然怪訝な目で見る。それらからできるだけ顔を逸らしながら、僕はあいつことアル・ミヤモリに言った。

「ちょっと話があるんだけど」

 アルは目をしばたく。

「うん、なに?」

「いや、ここでは、ちょっと」

 他に人のいる前でまさかやるわけにはいかない。僕は訝しがるアルを物陰へ引っ張っていった。

「で、なに?」

 当然のようにアルの方が背が高いので、面と向かうと僕はずいぶん見下ろされる。

「なんていうか」

 まずはこれが決して自発的な行動ではなく、不本意の極みであることを間違いなく伝えなければならない。

「だから、罰ゲームみたいなもんだから、だから違うからな」

 アルは落ちつかな気に辺りを見回し、ふうんと頼りない返事を寄越す。そういう聞いてるのか聞いてないのか分からない感じは困る。

「おい、分かった?!」

「ああ、うん、分かった。つまり、今から俺はお前に告白される感じ?」

「違う。なんでそうなる」

「罰ゲームだって言うから。負けた子が好きでもない男子に告白へいかされるやつかなって」

 なんだその罰ゲーム。てか、それは告白された側がいい迷惑では。

「ともかく違う。だけど、たぶん今日うまくクリアしないと、次はそれかもしれない」

 皇女様のことだ、次は「直接『お友だちになってください』と言ってこい」とか言い出しかねない。

 僕は事を済ませるべく、ポケットからチョコレートを取り出しそれを半分に……いや、四分の一ぐらいを折りとってやつに渡した。

「……これが、罰ゲームの内容?」

「うん。そう」

「で、これは……なに?」

 アルもチョコレートを知らないようだ。危険物だと疑うようにそっと掲げ見る。

「チョコレート。甘い。食べられる」

「……これが?」

 しばし僕とチョコレートとを見比べてから、躊躇いつつそっと囓った。

「……あま……うま!」

 驚いている。そうだろう。僕も昨日の夜チョコレートの甘美な味にとても驚いた。

 僕は残り四分の三を丁寧に包んでポケットへしまった。よし、残りは全部僕のものだ。

 用も済んでさっさと帰ろうとする僕をなぜかアルが引き留める。が、脅されたってチョコレートは渡さないぞ。

「なあ、アオイ。お前、なにか困ってる?」

「へ?」

「よく分からんけど、誰かに変な罰ゲーム……罰ゲーム? ……罰ゲームっぽいことやらされてるみたいだし」

 それは、困っている。だが、「いやあ、寮の部屋に変な美少女の皇女様が備品でついてて、ベッドどころか部屋占領されて好き勝手されるがままになってます」とは言えない。

 黙りこくる僕になにを察したのか、アルは言った。

「まあ、困ったことがあったら聞いてやるから、いつでも来いよ」

 あるいはこいつなら、顔も広くていろいろ知っているし、皇女様のこともなにか分かるかもしれない。僕はアルの言葉に小さく頷いた。

「よし。あ、そうだ、お前知ってる? とうとう来週からギアローダーの訓練らしい。ひたすら走らされるのも終わりだな」

 それは朗報だ。確かにアル・ミヤモリは友達にするのはともかく、知り合いになって悪くない相手かもしれない。


 と思ったけど。次の朝から顔を合わせるたびに「今日は罰ゲームは?」と聞いてくるようになったから、ただのチョコレート狙いだ、こいつ。

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