第42話 デート当日と気遣い
数日後の土曜日。
ついに
俺は今回のデートを成功させるべく、前世の自分の記憶をフル活用して対策を練った。
それも、ハーレムを築き上げたという男の知識を使って。
前世の文化・文明の差も考慮し、ネット検索も駆使してデートマナーを叩き込んだ。
何故、デート前からそんなに対策しているのかって?
──知れたこと。
デートは始まる前から、良し悪しが決まってしまうからだ。
俺はエドガーから学んだ。
デートを成功させるためには、相手を気遣う必要がある、と。
自分が楽しむことよりも、相手に楽しんでもらえること。
自分が喜べることよりも、相手に喜んでもらえること。
相手を思いやること──これが重要だったのだ。
言われてみれば簡単なことだが、俺はそんな簡単なことに今まで気づけていなかった。
そもそも俺は今まで英理香のことを友達扱いしてきたので、そんなことに気づく必要性すらなかったのだ。
俺は今まで、英理香に与えられてばかりだった。
気遣われてばかりだった。
だが今日は違う。
俺は今日のデートで英理香に与え、気遣うつもりだ。
決意とともに、俺は家を出た。
◇ ◇ ◇
時刻は9時。
俺はいつもの駅のプラットホームで、英理香の到着を待っている。
集合時刻は10時ジャスト、俺は1時間前にここに来ているということになる。
避けるべきことは約束を破ることと、相手を待たせること。
いくら時間通りに到着したとしても、相手よりも後に着いてしまった時点で敗北は避けられない。
その点では、今のところは失点を回避できている。
ちなみに俺は、待ち人を待つことは嫌いじゃないタイプだ。
ネットサーフィンをしながら待つこと数十分、待ち人・英理香は現れた。
「──
「いや、大丈夫。俺も今来たところだから。それにまだ30分前くらいだし」
慌てて駆け寄ってきた英理香に、俺は気遣いの一言をかける。
英理香は俺の言葉を聞き、胸を撫で下ろしている様子だ。
先週、
白無地のワンピースはとても清潔感があり、清楚な印象を受ける。
丈は膝の高さで、半袖ということもあり、6月末頃の暑い気候にはピッタリだと思う。
黒いミュールは白ワンピと対照的で、またヒール部分が高いため、元々高身長である英理香の脚がスラリとしているように見えた。
腕にはデニムジャケットをかけていたが、これは水族館がよく冷えるため、防寒対策として持ってきているのだろう。
どうして俺にレディース服の知識があるのか。
それはネットを駆使して勉強してきたからだ。
ファッションは多岐に渡るが、英理香の性格やお出かけ時の服装の傾向を頼りに、ジャンルを絞って調べ上げた。
先週のショッピングではファッションに興味がなかったため、英理香や真央の服装を褒める事ができなかった。
その点を反省している俺は、英理香に微笑みながら言う。
「英理香はいつも綺麗で可愛いな。でも今日はワンピースだからか、とても女の子らしくて俺は好きだ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、悩んで選んできた甲斐があるというものです──弓弦も、よく似合っています。カッコいいです」
「ありがとう」
英理香はとても嬉しそうにしていた。
実際、俺も彼女に服装を褒められて嬉しい気分になっている。
服装を褒めあっている間に、電車が到着した。
満員という程ではないが、座席はすべて埋まっている。
英理香・俺の順で乗車し、電車は動き出した。
◇ ◇ ◇
約1時間後、時刻は10時半頃。
俺たちはついに隣県を超え、水族館の最寄り駅に到着した。
周辺にはカップルが多数おり、水族館やその近くにある商業施設や美術館を目当てに訪れているのだろう。
改札を出て、目的地に向けて歩き出す。
当然、男である俺が車道側に立っている。
「そのミュール、可愛いな」
「ありがとうございます」
「もし歩き疲れたら、いつでも言って欲しい」
ミュールは長時間及び、長距離での歩行を想定していない履物だ。
事前に「履物 夏 レディース」で検索し、研究しておいた。
レディースの履物はファッション性を重視するあまり、靴擦れや外反母趾といった症状が起きやすい。
もしそれで痛みが出るようであれば、デートを本気で楽しむことはできない。
そこを考え、俺は英理香と歩調を合わせている。
「お気遣いありがとうございます……ふふ」
──うおおおおおおおおっ!
英理香は微笑みながら、俺の左腕に自身の腕を絡ませてきた。
二人とも半袖なので、英理香のすべすべな腕の感触が気持ちいい。
慎ましやかで可愛い胸を押し当てられ、距離が近くなり、エリカの花のようないい香りが感じられる。
英理香が俺自身ではなく、前世のエドガーを好いていることは知っている。
だがそれでも勘違いしそうになり、ドキドキ感が止まらない。
「私、あまり速く歩けませんので、絶対に置いていかないでくださいね?」
英理香は上目遣いで見つめながら、ウインクをした。
その表情がとても可愛く、もう勘違いでもいいと思ってしまった。
──その直後、突如として後ろから自転車のベルが聞こえてきた。
歩行者を優先しないなんて、マナーが悪いな。
弓騎士エドガーの戦闘経験を活かし、まずは背後を確認する。
背後から自転車が迫ってきているのを視認した俺は、英理香を守るように店の壁際まで避難した。
「──大丈夫か?」
「は、はい……私は大丈夫、です……」
って、これ壁ドンじゃねえかあああああああっ!
恥ずかしいいいいいいっ!
英理香は顔を真っ赤にして、目を潤ませながら俺を見つめている。
口をパクパクと開けており、普段の余裕のある表情とはギャップがあって可愛い。
英理香は突然の出来事で、動揺しているのだろう。
そういえば壁ドンって、暴行罪で訴えられる可能性があるんだよな。
昔ネットで仕入れた知識を思い出した俺は、慌てて英理香から離れる。
「ごめん! とっさに身体が動いて! その、後ろから自転車が来てたから!」
「あ……は、はい! 守ってくれたのですね、ありがとうございました!」
英理香から距離を取った俺を追うように、英理香は俺の左腕に腕を絡ませてきた。
「今度もまた、守ってくださいね……?」
「あ、ああ! 守る守る! 絶対守るから!」
俺は英理香にドキドキさせられながら、水族館へ向かった。
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