第39話 プリントシール機とイタズラ

 俺たちはプリントシール機コーナーに到着した。

 周辺には女性ティーンエイジャーがいっぱいだが、女を連れて悠然と歩く男──つまり剛の者も少しばかり見受けられた。


 うーん、俺は恥ずかしさが先行してしまってるから、剛の者とは少し違うよな……

 でも、がんばらないと!


 俺たちはついに暖簾のれんをくぐり、プリントシール機と相対する。

 コインを入れて設定を入力し、撮影モードとなった。


 俺は勝手がわからないので、直立してアルカイックスマイルをしておく。

 その数秒後、フラッシュが焚かれた。

 表示された撮影結果を見て、真央まお英理香えりかが吹き出した。


「プッ……あはは! お兄ちゃん、これじゃあ証明写真だよっ! 履歴書でも書くのっ!? ははは!」

弓弦ゆづるは硬いですねえ……バイトの面接とかでもガチガチになってそう……ふふっ……」

「じゃあどうすればいいだよ」


 俺が問いかけると、真央と英理香は互いに見つめ合う。

 そして何かを示し合わせたかのように、急に笑顔になった。


 なにか企んでいるのだろうか。

 そんなことを思っている隙に、真央たちは「えいっ」と言って俺の腕に抱きついてきた。

 二人のお胸はそれほど大きくないが、しかしそれだけ柔らかい身体が密着してしまい、心拍数がどんどん上がっていく。


「き、ききき君たち! 一体どうしたんだ!?」

「これでお兄ちゃんの写真写りもよくなるね……えへへ」

「私たちに抱きつかれて嬉しいでしょう? さっきの不自然な笑みではなく、いい笑顔ができるはずです」

「緊張して逆効果だよ!」


 嬉しいけど……嬉しいけどおおおおっ!

 そんなことを言えるはずもなく、俺は虚勢を張る。


 言い争っている間に、フラッシュが焚かれた。


 ──確かに、いい笑顔にはなっている。

 さっきの「証明写真」よりはよっぽどマシで、コミカルだ。


 でも……でもおおおおおおおっ!

 恥ずかしいいいいいいいいいっ!


 次の撮影はどうしようか……

 考え込んでいる間に、俺の頬に温かく柔らかいものが当たった。

 英理香から右頬にキスされてしまったのだ。


 その瞬間を捉えるかのように、プリントシール機がシャッターを切った。

 俺の間抜け面と、幸せそうな英理香の横顔、そしてビックリした表情の真央が写っていた。


 英理香の温かく湿った唇の感触は柔らかく、わずかに漏れる息が少しこそばゆい。

 俺はドキドキしすぎて、頭が真っ白になった。


「ちょっと、英理香ちゃん! 今のはどういうことかな!?」

「口と口ならともかく、頬へのキスは友達同士でも問題ないのではないでしょうか」

「大アリだよ!」


 真央が指をさして糾弾するが、英理香はどこ吹く風である。


「英理香ちゃんズルいよ! 英理香ちゃんは背が高いからキスできたけど私、ちっちゃいから……ううっ……」

「では弓弦、少し屈んであげたらどうですか?」

「なんでそんなことをする必要が!?」


 英理香の突然の申し出に、俺は驚愕せざるを得ない。

 考え込む俺に、英理香がこっそりと耳打ちする。


「──もしここで真央の心象を害してしまうと、辺り一帯が火の海になるかもしれませんよ?」

「怖いこと言うなよ……」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、なんでもないぞ! あはは!」


 「じゃあ屈んで!」と、真央は可愛らしくおねだりしてきた。

 俺は彼女の意向に応えるべく、中腰になる。


「じゃあ、行くね……」


 真央の唇が、俺の頬に当たる。

 とても柔らかく、薔薇のような甘い香りが感じられた。


 プリ機のシャッター音が鳴り響く。

 画面を確認してみると、そこには締まりのない表情をしているロリコンがいた。


「これでお兄ちゃんも、私のものだね……えへへ」

「何を言っているのですか? 弓弦は私の恋人です!」

「それって前世での話だよね!?」

「火の海になるって話はどこに言ったんだ! 心証思っきり害してるぞ!」


 真央と英理香が、俺を巡って言い争いになっている。

 先刻英理香が言っていたような惨状を食い止めるべく、俺は慌てて仲裁に入った。



◇ ◇ ◇



 夕方頃……

 遊びに満足した俺たちは、ショッピングモールを出てバスに乗る。

 モールの最寄り駅に到着して電車に乗り、乗り換えの関係で英理香との別れの時が来た。


「英理香ちゃん、今日は誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「ふふ……私も、真央と一緒に遊べて楽しかったです。これからも仲良くしましょうね」

「うん……えへへ」


 前世では勇者だった英理香と、魔王だった真央。

 彼女たちは今日一日目一杯遊び、お互いが無害だということを悟ったのだ。


 俺は、それがとても嬉しかった。

 クラスメイトと妹が相争うなど、俺は嫌だったからだ。


「俺からも礼を言うよ、英理香。ありがとう、真央に優しくしてくれて」

「いえ、真央は弓弦の妹ですから。それに、前世とは違って優しい子ですし──それでは、また学校で」

「ああ、またな」

「バイバイ!」


 英理香が笑顔で別れを告げる。

 俺は軽く手を上げ、真央は大きく手を振って英理香を見送った。



◇ ◇ ◇



 その後、俺と真央は電車を乗り換え、自宅の最寄駅に到着する。

 帰宅後、夕食を取ったり入浴したりして夜の支度をすべて終えた俺は、布団に入った。


 もうそろそろ入眠しそうになった頃合い、突如としてドアをノックされた。

 俺は眠い目をこすり扉を開けると、そこにはやや緊張した面持ちの真央がいた。


「お兄ちゃん、もしかして寝てた……? 起こしちゃったのなら、ごめんね?」

「いや、いいんだ。それよりどうしたんだ? 真央」

「──今日は一緒に寝たいな……って思って」


 今日の真央は、少し違った。

 俺と一緒に寝ようとする時、いつもなら妙な色香を漂わせ、俺を誘うようにねだってくるところだ。


 だが今日だけは、真央は思い悩んでいるような表情をしていた。

 話を聞いてあげるのも、兄の務めだ。


 妹とはいえ年頃の女の子だし、添い寝するのは恥ずかしい。

 だが俺は勇気を振り絞る。


「分かった。一緒に寝よう」

「うん、ありがとう……」


 俺の部屋に入った真央は、俺とともに一つの布団に入る。


 腕を動かせば触れ合うくらいの距離。

 風呂上がりの彼女からは、薔薇のような甘い香りが強く漂っていた。


「それで、なにか悩みごとがあるのか?」


 俺は天井のシミを数えながら、真央に問うた。

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