第四二段 愛野・唐比(からこ)
多比良から長崎へと向かう場合、時間距離にして最短となるのは広域能動である雲仙グリーンロードを利用した場合である。
農道、といえばのどかな細い道を想像する人もいるかもしれないが、広域農道はしっかりと道が整備され自動車専用道もかくやというほどの快適ぶりである。
長崎である以上は急勾配を避けることはできないが、それも運転が好きな人からすれば楽しいものとなる。
特に、マニュアル車でクラッチを切って進む下りの快適さはジェットコースターでさえ尻込みするほどの愉しさである。
その両脇は緑に支えられていて目に優しいのであるが、ここを全力で味わうのであれば夜の方が良い。
野生の獣となって狩りに出かける気分で、何が出るか分からぬ夜道を疾走するのは走り屋でなくとも自然と心が沸き立ってくる。
この急勾配の山林を越えると、その先には愛野の畑が広がる。
長崎が九州随一のじゃが芋生産量を誇るのは我らがおかげといわんばかりに堂々としている。
北海道に次いで第二位のじゃが芋穀倉地帯はその葉が茂る頃よりも赤土がその一面を占領している時期が見ものである。
冬の厳しさと闘う北海道に敬意を表しながら、時に大災害を齎す雲仙普賢岳を控えるこの地でかように肥沃な大地が広げる農家の皆様には頭が下がるばかりである。
そして、そのまま長崎市街に向かおうとすれば、いよいよ有喜や唐比の地で橘湾を眼下に収めることができる。
この絶景を収めるのに最も適した場は道路沿いの駐車場と男女の逢瀬の舞台たるホテルというのが悲しいところであるが、悔しいことにその景色が驚くほどに良い。
睡眠不足で一人休憩するという珍事の際に味わったのであるが、男女の営みで逃すにはあまりにも美しく、それこそ天に昇るかのような景色であった。
橘の 香を残しては 白波の 先に漂う 長崎の鼻
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