第31話 ニビル来襲
大画面テレビには、ディーバ・リサの笑顔がドアップになっている。
全米ツアー初日、ニューヨーク、マジソンスクエアガーデンからの生中継だ。
ルキと付き合い始めて、三カ月。
ジュディのラボに一緒に出勤し、打合せも書類作りもここでこなしている。
この部屋、ジュディの許しを得ない者は立ち入り禁止。
ルキと俺以外は、週に一回清掃スタッフが来るのみだ。
作業部屋になる個室もあるし、ドリンク飲み放題だし、テレビもネットもやり放題だし。
居心地は大変によろしい。
今日も勤務時間中ながら三人で、歌姫リサのスピリチュアル・マスターことバロック鹿原の全米デビューを拝んでいる。
すでにショーは一時間を過ぎ、おそらく真ん中あたりといったとこだろう。
ここまでは日本で俺が企画した構成をなぞっている。
会場にちなんだ出し物でオープニング、歌でつないでバラエティショー。
もっとも、ダンサーのクオリティと人数は数倍だし、効果音はビッグバンドが即興で付けているし、演出も音も段違い。
おふざけコーナーも「箱の中身はなんじゃろな」をまんまやっているが、箱の中身が有名ハリウッド映画の小道具だったり、三ツ星レストランのローストダックだったり、テーブルの下から首を出したジャック・ジョンソンだったり、バラエティ参加ゲストは映画スターだったりと極端にグレードアップ。
ルキによると『笑って、聴かせて、最後はスピリチュアルで感動させる』俺の演出は、トータルパッケージなショーとして米国側プロデューサーの心に深く刺さったらしい。
ショービジネスの革命とまでおほめ頂いたとか。
日本の古典的バラエティ番組構成がウケるとは、アメリカ人もなかなかに下世話なこって。
たまに客席が映ると、どの観客も手首にバンドを巻いているのがわかる。
「海外で初のサイオ・ギャザリングね。極秘で大きめの話が進んでるのよ」
ジュディは嬉しそうに教えてくれる。
あんな目立つ色合いのものを着けて極秘もないもんだ。
バラエティコーナーが終わり、リサは後半の歌パートに突入。
ポップとバラードを数曲続けて、観客のリサへのニーズを満たしたら霊視ショーへ。
日本と同様、抽せん箱がステージに登場。
リサは座席番号の書かれた紙入りだと客に説明し、手を突っ込む。
一枚を抜き出して番号を読み上げると、幸運な若い女性が歓声と共に立ち上がった。
係員は彼女に立ち寄り、ステージまで案内する。
日本よりもスムーズ。
流れるような手際にエンターティメント組織としての実力を感じる。
リサがステージ奥手に声をかけると紫色のスモークが湧く中、霊能インチキデブがせり上がってきた。
そこから先はいつものパターン。
霊視者と観客代表はソファに向かい合って座り、話を始める。
鹿原のセリフはラフな衣装のアジア系通訳によってリアルタイムに会場へ伝えられる。
二十分程の質疑応答が終わった頃には、リサは泣き顔、会場中からもすすり泣く声が響いてくる。
全米が泣いたってやつだ。
鹿原は挨拶のため、マイクを持って立ち上がり一礼。
すると、スタンディングオベーションが起こった。
満員の観客は拍手と共に立ち上がり、熱烈な支持を表した。
つまり、数万人を手のひらに乗せたわけで、日本代表霊能デブの大勝利だ。
おっさんはニンマリと微笑みながら客席を見回し、ゆっくりと語り始める。
「今日はありがとうございます。私は幼い頃からアメリカが好きです。映画、音楽、ミュージカル、この国に憧れて青春時代を過ごしました」
いつものごとく、見る者の心を掴む話術。
悪く言えば詐欺師的。良く言えば……うーん、良くは言ってやらない。
続いて【声】のこと、霊視のこと、そして、二ビルのことを語る。
「さて、もう時間がありません。最後にどうしてもお伝えしたいことがあります。数分後、中国に二ビルが降り注ぎます。悪魔の星の攻撃です。皆さん、帰る頃にはネットやテレビにニュースが出ていることでしょう。ですが、怖れないでください。今日この場にいるあなたは選ばれた人です。【声】の導きが皆様の人生を照らし出しますように」
鹿原が一礼すると同時に、俺の隣でジュディが大声を上げる。
「えーっ! 今から?」
驚き焦りながら、手元のタブレットに触れてブラウザを立ち上げる。
ルキもスマホを次々にタップ&フリック。
二人とも異常なまでの集中力で端末を操作。
俺、口を開けっ放し。
「メイジ。テレビ見てっ、タブレットから飛ばすねっ」
大画面にブラウザが映し出される。
英国最大の放送局BBCが提供するニュースサイトだ。
見出しに大きくCHINAの文字、中国からのライブ配信映像だ。
市街の大通りに大勢の人が倒れている。
「二ビルねっ」
どのニュースサイトも似たり寄ったり、混乱が伝わってくるのみ。
SNSの投稿を拾う方がまだ状況をつかめる。
被災から半時間程度のリサーチで判明したことは二つ。
隕石雨が中国の広い範囲に襲来。
隕石のサイズはミリ以下から十センチ程度で数千万人が被災したということ。
「【声】もろくな情報は持ってないわっ」
ジュディは溜息をつく。
「ルキルキ。あなたは何か聞いてる?」
「これは大きな転換の始まりだって」
「使えないねえ、クソボイス。そんな御託が聞きたいわけじゃないのよっ」
その御託を神の言葉と崇めてる人も多いけどな。
聞こえる人間でここまでディスるのも珍しい。
「ジュディさん。【声】は、もっと早めに予知ができないの?」
「ニビルに関しちゃ頼りにならないのよっ。秋田の時も落ちる寸前まで何も言わなかったわっ。十年後に大きな二ビルが来るというけど場所すらわからないもの」
大きなニビルって、この中国以上だろうか。
「次は東京に落ちる可能性も?」
俺の問いに、天才は皮肉っぽく笑う。
「もちろん、どこに落ちてもおかしくないわっ。北京と同じことが東京で起きたって不思議じゃない。十年後のはそんな可愛い規模じゃなさそうだけど」
世界は二ビルに怯えながら過ごすことが決定?
「メイジ、そんなに落ち込みなさんな。たとえ【声】が無力だとしても、人類には切り札があるからさっ」
何だろう。スーパーヒーローとか?
「科学よっ!」
サムズアップ。
鋭い眼差しで白い歯キラリ。
ジュディさん、カッコいいけど不安は和らがないっす。
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