第6話 KAIJU忍者

 開け放しの窓からカナブンが迷い飛んできた。

 青緑の背を光らせて壁に止まる、そこから樹液は出ないぜと声をかけたが返事はなし。

 また、夏が巡ってきた。


 ウラノスの仕事を始めて、一年が過ぎようとしている。

 金まわりはよくなったけど、意外と生活は変わってない。

 収入はあっても信用がないから引っ越しできず。

 ジムでシャワーを浴びる日々は続き、オンラインゲームも同じタイトルをプレイ中。

 今日も日課の散歩をてくてく。

 真夏日だからね、気温四十度オーバーの小部屋に引きこもっちゃいられない。

 性根が腐ってるから、気温が高いと腐臭が漂っちまう。

 世の皆様がスーツで汗だくになってる時間帯こそ、児童公園をうろついて自由業の喜びを噛みしめねば。

 クヌギから蝉しぐれが降り注ぐ。

 見上げると俺の背よりちょっと高い辺りに蝉の抜け殻を発見。

 つまみ取って、まじまじと見る。

 薄い琥珀色の殻に謎の白糸、今頃こいつはこの公園のどこかで鳴いているのか。

 地中で何年も過ごす蝉、暗い場所で力をつけて陽の当たる場所へ出て、鳴いてセックスして死ぬ。

 おお、共感。

 俺も長年の違法なくせに稼ぎの低いビジネスにピリオドを入力、今の仕事にありついた。

 なお、鳴かないし、セックスはまだだけど。

 しかし、うさんくさいスピリチュアルセミナーの客寄せサイト作りなんざ、世間に胸を張れる商売とも言い切れないか。

 地の底でキノコを生やして冬虫夏草と化した方が世のためだったかも知れんね。


 ルキとの仲は良好だけど、あくまでビジネスのお付き合いだ。

 会うのは週一で、場所は色気なしの会議室、ごくごくたまに会議後のランチをご一緒。

 でも、ネット越しなら三日に一度は会っている。

 好きな女性がいて、ビジネスとはいえ、ちょくちょく顔を見られるなら我が人生としては大進歩。

 何を隠そう、俺は志が低いのだ。

 そうそう、ガキの頃、彼女は転勤がちな親とあちこちに行ってたらしい。

 ほんの少しの時間だけ二人の人生が重なったわけ。

 遠い昔の偶然に感謝以外なし。


 野良猫のごとき縄張り確認を終えて家に帰還。

 ビデオチャットでミーティングだ。

 ルキ様の笑顔を頂く。

 俺の方はカメラが壊れたと言い張り続けて音声のみ。

 腕の悪いパティシエが積み上げたミルフィーユのごとき部屋は見せられないもの。

 俺たいてい半裸だし。

 そして、夢心地なチャットが終了。

 打ち合わせ通りに企画書の元ネタをネット中からかき集め、その合間にニュースサイトとSNSを回って、くだらない動画を眺めていたら、もはや夜。

 そんな毎日を今日も送った。

 薄っぺらな充実感と共に陽が暮れていく。


 深夜になれば『KAIJU忍者』にログイン……するやいなや、ピンクアフロの黒人美少女が声をかけてきた。

「稼いでるか? 売れっ子さん」

 リュウ、頼むからお尻を突き出したセクシーモーションをするな。

 会うたびに違うアバター、それも極上の美少女ばかり。

 金に飽かせてガチャを引きまくりか。

 それに、お前みたいなホテルのスイート暮らししてる奴の言う「稼いでる」っていくらだよ。

 へたすりゃ時給が俺の月収を越えてるだろ。

「噂の新ダンジョンに行こうぜ。道々、話したいこともあるからよ」

 鈴のようなキュートボイスと男口調、ギャップ萌え的にはありだろうが、中の人を知る身にはきつい。

 こんな時はプラス思考。真実はともかく、深夜にソウルフルな女子と異世界デート。

 リアルでもヴァーチャルでも美女に会えてラッキーと思う、思い込む、プラシーボで自分を幸せにする。


 お目当てのダンジョンは沼地だった。

 跳びかかる巨大ヒル、頭突きをしてくる二足歩行ウニ、正気の沙汰と思えない魔物のオンパレードだ。

 リュウは踊るようにリズミカルな剣さばきでザクザクと敵を葬る。

 鮮やかなスキルも、切れ味鋭い武器も、ガチャ売りの超レア品。

 財力無双なり。

 周囲の魔物を一掃すると美少女ダンサーはトンボを切ってポーズを決めた。

「ウラノスは新規事業が好調だな」

 ぽってりセクシーな唇がぼそっと色気ゼロのビジネスレポートを吐き出す。

「一年前のエンタメ進出が正解だったな。国内市場じゃさえないアイドルとプロレスをアジア圏でネット配信。稼いだ金で現地の芸能事務所やメディアを買収。さらに儲けて、さらに買収。海外の未上場企業が相手だからニュースにも載らないがね。メイジ、いい時につながったな。仕事、順調だろ?」

「芸能が好調かは知らねえよ。回ってくる仕事の内容は相変わらず。スピリチュアルっつーか、オカルトっつーか」

 芸能仕事は来ないし、やりたいかどうかも微妙、めんどくさそう。

「そういや、国内じゃ占いとか預言とか、アッチ逝っちゃった系の会社や組織への投資が増えてるな。でも、あれもエンタメの一種だし」

 しゃべりながら、近づく魔物に手裏剣を投げつける。

 チョコレート色の肌が美しい、CGとは思えない艶やかな肢体。

 しかして実態はスキンヘッド兄貴。おまえこそエンタメの一種だ。

「メイジさ。その手の広告サイトを作る時、『あそこへ行けば何かが変わりそう』って思わせるだろ。金を貢ぐ価値がありそうって。それはエンタメ勧誘の手法。IT企業がコンテンツビジネスとしてオカルトになびくのは珍しくない。なぜか、デジタルを扱う企業は天運が好きなんだよ」

 神も仏も守護霊も信じてないが、この一年で、自己啓発、スピリチュアルには詳しくなった。

 どこもかしこもネットを使った金儲けに血道をあげてる。

 それをうまくパクって、俺も小金儲けにいそしんでるわけだ。

「心を動かせば金になる。エンタメは全部そう。ハリウッドなんざ、金儲けのためなら不朽の感動作も、人生を変える芸術作も作るだろ」

 ゲームもそうだ。この『KAIJU忍者』も悪趣味ジャパネスクが世界のオタク達のハートをキャッチしてるわけだもんな。

「そのうち、アイドルがらみの仕事が回ってくるかもな」

 アイドル、興味ねえなあ。

 三次元はルキだけいれば十分だ。


 だべりながらのゆるい冒険は続く。

 リュウの近況報告を聞きながら、ダンジョンの奥へとやる気ない足どりで進む。

「狙ってた巨大M&Aが成立したんだ」

 ああ、そうですか。その儲けでアバターどころかゲーム会社ごと買っちまえよ。

 俺の脳は億ドルという単位を認識できないから生返事オンリー。


 ゲームの中では湿地帯を歩いているが、リアルな俺は喉がかわいた。

 狭い部屋のメリットは座ったままなんでもできること。

 体をグーンと伸ばして小型冷蔵庫を開ける。

 冷え切った缶を取り、姿勢を戻したらモニターの向こうに巨大ガエルがいた。

 おや? 視界がぐるんと回る。

 放り上げられた?

 高い高~いとゆっくり上昇、風景が遠くまで見える。

 一瞬止まって~……一気に落下!

 カエル様のでっかい口でキャッチされた?

 ライフゲージがみるみる減少。

 下半身をくわえられ、ぶるんぶるんと振り回される。

 三半規管が揺れる。

 まだビールのプルトップ開ける前なのに酔っちまうじゃねえか。

 俺の戦闘不能直前で、リュウが必殺技連撃。

 サクッと助け出してくれた。

「こいつは新規実装のガマグチってKAIJUだ。攻撃されて浮かされたら絶叫マシンなみの光景が見えるらしい。どうだった?」

「知るか。絶叫マシン乗ったことねえよ」

「なるほど、デート経験皆無だもんな」

 そうね、俺も彼女を作ってリアルに目が回る体験をしたいっす。

 ルキとそうなれる気がしねえっす。

「ミーがデートしたげようか?」

 アフロ美少女がウインク。

 そういうギャグはやめろ。つっこんでやらない。

 だが、すぐにリュウと疑似デートをする羽目に。

 ボスKAIJUは超巨大ガマグチだったので、二人でポンポン放り投げられて、絶叫マシン体験。

 キャーキャーわめいて、なんとか倒して、3D酔い気味にダンジョンクリア。


「おつかれ。んじゃ、落ちるわ。ウラノス絶好調だからよ、きっとメイジにもでかい仕事が入ってくるぜ。喰いものにされるなよ」

 アフロ美少女がなんかドヤ顔。

「それ、うまいこと言ったつもりか?」

「人生そのものを丸呑みされることもあるぞ」

「だから、それうまいこと言ってるつもりか?」

「ダメか?」

「もっと努力しましょう 三点。おやすみ」

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