前向きなヤンデレは好きですか?

夏雨 ネテミ

第1話 出会いの季節って言うけどそんなものは無い

これは放課後のことだった。


いつもなら、終業のチャイムと同時に教室を飛び出して、幼馴染や悪友と遊びに行く。




だけど、色んな偶然が重なり一人で帰ることになった。


その日は夕日が強くてとても眩しかったんだ。


それで仕方なく、日が入り込まない2番校舎から降りて下駄箱に向かうことにした。




そしたら、音楽室から聴いたことある音色が鳴っていたんだ。


吸い込まれるように扉を開けたら、ピアノと一人の女の子がいて、ずっと鍵盤を弾いていたんだ。




その子は俺が入ったのも気付かない様子だった。


やや切れ長の瞳が鍵盤を追うごとに細かく揺れ、漆黒の髪はよく手入れされていて、上品な艶を放ちながら、肩甲骨を優しく覆っている。普段であれば、もっとクールな印象を受けるだろう。しかし、ピアノを弾く彼女からはどこか献身的で一途な情熱を感じさせた。




ピアノの事はよく分からないけど、彼女がめちゃくちゃ上手いってのは分かった。それくらい、綺麗で自然に弾いていたんだ。




しばらく、聴き惚れていたら、音が止まって恥ずかしげに彼女がこっちを見てきた。


何か言わなくちゃって、無我夢中だった。




「わりい。勝手に聞いちまって。あのさ、めちゃくちゃ上手かったぞ!ピアノ!」


その子は、よく見ると一学年上だったんだよな。リボンの色で気づいたんだけど、そのときは夢中でそれどころじゃなかった。


「…あ、ありがとう」


…それっきり、何もいってくれなくてさ、俺の方から切り出したんだ。




「その曲さ、なんて名前なんだ?俺絶対どこかで聞いたことあるんだよな」


「あー、私も詳しくは知らないんだ。でも、ゲームの曲だよ」


「そうだ。確か何かのゲームで聴いたことある!なんだっけな?


でも、以外だなゲームやるのか?」


女の子は小さく、首を振った。


「私はやらない。やっているのを聴いて、覚えちゃったの」




可愛らしいベロを少し出して、いたずらっぽく微笑む姿に心臓の鼓動が早まるのを感じる。


「耳が良いんだな。…あのさ、いつもここで弾いてるのか?」


「そうね、放課後はだいたいここにいるわ」


良し!と、心の中でガッツポーズを決める。


「そしたらさ、また聴きに来てもいいかな?その曲思い出したいし、めっちゃ上手いしさ」


緊張の一瞬だった。キモいとか言われたらどうしよう……いけていけないわ…




「……イ・ヤ…ではないわ。勝手に来たら?」




顔面が天国と地獄を行き来しました。


心臓に悪いぞ!と、文句を云うとやっぱりあの可愛らしいベロが再登場して、いたずらっぽく微笑むのだった…




✱✱✱




「それはもう、天使のような人だった。出会っちまったんだよ、リアルエンジェルに」




翌日、石屋到いたるは幼馴染の花染灯あかりと、悪友の桂かなた、腐れ縁の裏道天道てんどうと弁当を一緒にしていた。


灯がクラス委員の仕事が無ければ、だいたいこのメンツで一緒に食べる。




その中で、不意にかなたが到に「あんたは一生童貞っぽいわよね笑」と、百年の恋も冷めるような、小憎たらしい顔で聞いてきたのが発端だ。




到は童貞はともかく、昨日素敵な出会いがあったことを、恍惚として語った。


到は他者の思いには、鈍感だが自分の気持ちには割と正直なのだ。


その気持ちはまさしく‥‥


「そう!これは、恋ってやつだな!それしかないぜ」




到の結論は、真っ当なもとではあった。一つだけ口を挟めるのならば




「で、肝心のその子の名前も聞いてないんだろ?ついでに、どのクラスかも分からないと」


「相手はあんたの名前も知らないしね」


「せめて、次に合う日は決めて置いたほうが良かったですね」


「うぐぅ!」




他三人の集中砲火に、昨日の俺のバカヤローと、内心で自分を責め立てる。


そうだ、お互いに音楽室に寄れる時もあれば寄れないときもきっとある。


念には念を入れて、毎日通おうものなら、お可愛い人認定されてしまう。




「そうならない為にも!なあ、さっき伝えた人物像に当てはまる心当たりはないのか?」




そう、何も好きな人自慢をしたくてわざわざみんなの前で語った訳でもない。


あの人のことを少しでも知るためにも話したのだ。




「そんなこと言っても、お前の話は誇張し過ぎなんだよ。白魚のような繊細な指て!お前白魚見たことあんのかよ?」


「そして、上品な漆黒な髪がまるで、翼のようだったんでしょ?良かったわね、落ちた羽拾っていけばそのうちその子に合えるわよ笑」


「皆さん、あまり到君をからかっては可愛そうですよ。‥でも、エンジェルスマイルはどうかと思いますよ、到君」




神も仏もいなかった。


無慈悲な言葉の波状攻撃に、話した事を全力で後悔していると、




「まあ、そんな人は鏡花先輩ぐらいしかいないわな」


「え?」


「俺はな、可愛い女子の情報にはちょっとした権威なんだぜ。校内はもちろん綺麗な母親の情報も最近アップデートしてだな」


「うわ!普通に引くわ‥」


「裏道君たら‥‥」




裏道は黙ってたらモテる奴の典型的なモデルだった。


事実こいつと二人で渋谷を遊んでいても、こいつ目当てで逆ナンされたこともあった。


その時は、連絡先だけ交換して別れた。


以外に思って聞いたことがある。




「お前なら、そのままあの子達と遊びに行くと思ったけど。どうしたんだ?タイプじゃなかったか?」


すると、あいつは




「いや。俺の目から見ても綺麗な子達だった。だけど、今はお前と遊びに来てるからな。俺は約束を破る事だけはしないんだよ」


と、言われたときこいつがモテる理由が顔だけじゃない事を知った。


そして




「後日、ゆっくりと彼女達と甘い時間を過ごしてくるさ。隣のクラスのユリちゃんとのデートも忘れないようにしなきゃね!ガハハハ!」




こいつが、付き合う女子が3日持たない理由もよーく分かった。


ちなみに、俺にも声をかけてくれる人はいた。


女性だった。


俺は、丁寧に道案内をしてあめ玉を貰った。優しいお婆ちゃんだった(泣)




〜回想終了〜




故に裏道の、こと女子の情報だけは信用できる。


詳しい話を、裏道から引き出した。




✱✱✱






彼女の名前は、山折鏡花きょうかここ滝城中学の三年生だ。


校内美女ランキングの上位に位置している。割と知られている美人だ。


このランキングの上位の娘に珍しいんだが、同性にも人気があるらしい。


それは、男っ気が無く競争相手にならないからという実利的な側面もあるが、それよりも性格面だった。


友達付き合いもよく、クラスの面倒ごとも後腐れなく仲裁出来る立ち位置で、みんなから頼られている。


鏡花さんにまかせておけば大丈夫みたいな、安心感があるらしい(クラス女子談)




体育と家庭科がどうしても苦手らしいが、そんなところも可愛いと評判だ。






誕生日は、9月15日、好きなものはクッキーとピアノ、右利きで、三人家族、ふった人数3人、スリーサイズは‥‥‥




謎のプロファイリングを得意げに披露していた天道だったが最後の言葉を言い切る前に俺含めた三人の拳で、その先を封じた。




「あー聞いてみたら、私も一度見たことあるわ。鏡花先輩のことだったのね?確か、新入生歓迎の時壇上で喋ってた人だ」


「有名な方みたいですね?その人で間違いなさそうですか到君?」


「ああ、あの人のイメージ通りだ。早速今日音楽室で確認してみる。来てなかったら、明日クラスに行ってみよう」


「なんだかストーカー臭いぞ、我が友よ」


「うぅ!大丈夫、迷惑はかけないから!」


「確かに、心配ね。頼むからいっときの感情に身を任せないでね?」


「そんなこと到君はしませんよね?


もし、そんなことになったらちゃんと証言してあげますから!そんな事する人には全然見えなかったって!」


「灯!それ逆に犯人っぽくなるやつだから!俺はそれでもやってないから!」




ひとしきり鏡花ネタで盛り上がって、昼休みも終わりに差し掛かった。


弁当を片してそれぞれ教室へ帰る支度をしていると、不意にかなたが話しかけてきた。




「到?」


「ん、どうした?」


数拍おいて、かなたが切り出した。




「鏡花先輩と付き合うの?」


さっきまでのふざけたトーンとは打って変わり、その声はどこまでも平坦なものだった。


あまりの変化に気圧されて、かなたの顔を覗き込む。


よく見ると、こいつの眼ってこんな綺麗だったんだな。吸い込まれそうな、まるで水色みたいだ‥




「水色」


「‥へ?‥‥え!!」


急に、かなたが悲鳴に近い声を上げた。


どうしたと、流石に二人も駆けつけ心配そうにかなたを見やる。


すると、か細い声でだがはっきりと言った。




「な、なんで‥私の‥下着の色知ってるのよぅ?」


「は?(困惑)」


「なんだって!(好奇心)」


「到君?(怒)」




意図せず、かなたの今日のローテーションを的中させてしまった。


このままでは、変態だ。何とか弁明しなくては!


「違う!今水色って言ったのは、そういう事じゃない!好きな色を口ずさんだだけだ!」


ぴゅー、ぴゅー。


ガタガタ。


チュンチュン。


あたりは一瞬無言に包まれた。自然界の音がBGMになって、いっそう心が冷え込んだ。




かなたは静かに震えて、顔を茹でダコのようにしてその目は薄く涙目になっていた。


何故だ!事態の沈静化を計ろうとしただけなのに、悪化してないか?




「到!ナイス!(歓喜)」


天道は喜ばし気に何やら、ノートに書き込みをしている。


灯りは無言で俺をじっと見ている。怖い。




しかし、次のかなたの言葉で全てを理解した。やっぱり俺デリカシーないわ‥‥




「な、なんでバラすのよぅ?もう、しんじらんない‥‥(泣)」


「ちが、違くないけどごめん、かなた!悪気はない本当だ!」


「かなたちゃん大丈夫ですよ。到君には、ちゃんと言い聞かしておきますからね。裏道君?」


「はい」


あの天道が畏まってる。それくらい今の灯は怖かった。


「今書いたノートは後で渡してね?それとも次は裏道君かな?」


天道の額から一筋、冷や汗が走った。


すぐさま。先程書き込んだと思しきページを破り灯に渡した。


え?俺こんな怖い人と幼馴染だったっけ?




そういえば、普段人間を駄目にするタイプの優しい幼馴染だけど怒ると死ぬほど怖かったんだよなあ。


あまりの恐怖に脳が明確な記憶を拒否してたようだ。


おかしいなあ、震えが止まらないぞ。




「到君?」


「は、はい」


「ちょっと」


「‥‥はい」




地獄の門をさえ悠然と潜ったダンテでさえ、かの扉には口を閉ざしたであろう。


そこは、冥府への片道切符だった。


灯と到は屋上からひっそりと消えていった。




「天道、到帰ってくるかな?」


「あいつのことは忘れろ、灯の本気の説教は人格を変えちまうからな。次にあいつに会うときは別人になってるかもしれない」


「何それ、怖!」




灯と到は、午後の授業を欠席した。




後日、到が変わり果てた姿(人格)でかなたの前に現れた。


まるで、執事のような真摯な物腰で誠意を持った謝罪と奉仕を受けた。


逆に怖かったので、皆で頑張って元の姿(人格)に戻した。




3日かかったが、何とか以前の到(ステータストラウマ持ち)?と再会してかなたはひとまずの安心を得た。




元の姿を取り戻した到は、大事なことを思い出した。


「鏡花先輩忘れてた!」


「あ」「あ」「あ」




到はまるで異世界から帰ってきた漂流者が如く、想い人の元へ向かうのだった。

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