第41話α(2) もう一度そこに立つために


「........ん」


 達海の目が開いたのは、それから二日後くらいの話で合った。

 当人は自分の体に痛みがないことを確認したうえで、外の状況を確認してみる。


 そこで初めて達海は、舞がいなくなって数日たったことに気がついた。

 全てが、鮮明によみがえる。


「...くそっ!!」


 悔しさをぶつけるために壁を全力で殴る。

 心の痛みが勝ったのか、拳に反動はなかった。



 そして、言葉にすればあふれるほど後悔が湧きでてきた。



(俺じゃだめなのか...? 俺がどこかで失敗したのか...? もっと...もっと早く気づいたら変わってたのか...?)



 「...うぅあああああああ!!!」


 そうしたもどかしさをどうにかしたかった達海は思い切り腹から叫んでみた。

 焼けそうなほどまでかすれたのどの痛みがほんの少し心地よく思える。


「...なぁ、舞。俺、お前がいなきゃダメなんだよ。...桐もそうだ。なんで、一人で行っちまうんだよ...なぁ!!」



 泣きそうな心を抑えて、改めて窓から外を確認してみた。

 そこで、達海はおかしなことに気づく。



 どこまでも黒い雲に覆われた空。

 街のあちこちで上がる煙。


 そして何より、人の生気がいつもより感じられない。



 明らかに、不自然なことだらけだった。



「...どうなってんだ?」


 目の前の光景に達海は一瞬目を丸くして、やがて平静を取り戻すなり、とある番号にコールを掛けた。



 その主はほどなくして出る。



『おい! お前! 今までなんで出なかったんだ!?』


 戌亥はコールを受けるなり全力で怒鳴った。


「すいません...。暴走した舞を止めることが出来ず...そのまま意識まで奪われて...」


『...舞が?』


 こればかりは戌亥も驚いたような声を上げた。



『...何があった?』


「数日前...桐が重傷を負ったあの戦いから、舞が少しずつおかしくなりだしてたんです。...それで、ほんの昨日おとといあたりから、腕に黒い斑点が増えだして...それも関係してるんじゃないかと」


『...黒斑病...か。なるほど...だからか』


「知ってるんですか!?」


 戌亥が知った風な口をしていたことに達海は迷わず食いついた。

 この際、知れる情報はなんでもいい、知っておきたかった。



『...知ってるが、それをのんびり説明できる状況じゃなさそうだ。...ちょっと待ってろ。もしそうなら被害報告があちこちで出ていてもおかしくない』


「えっ?」



 達海が問い返すが、戌亥は一分ほど無言のままだった。

 おそらく、向こうでいろいろしているのだろう。


 やがて戌亥が電話に戻った時には、先ほどまでの余裕は無くなっていた。



『...達海、舞がいなくなったの、いつだ?』


「二日前...くらいです」


『...とりあえず、舞はソティラスから除隊しておいた』


「え?」


『当然だ。黒斑病が進行した以上、組織の手には負えない。...それに、今日が大事な作戦なんだ。お前に出てもらおうと何度もコールをかけてみたが、この状況なら確かに無理だろう』


「待ってください! ...その、黒斑病が進行したら、どうなるんですか?」


『お前は見たかもしれないが、あれが発症すると次第に理性を失い、ただの怪物となる。見境なく人を殺すようになるな。自分の本能のままに』


「それは...」


 この時達海はようやく別れ間際の舞の言葉を理解した。

 

『...ひどいもんだ。市街地の方ではもう被害報告が多発している。一般市民はパニックだ。...最悪、お前の親しかった人間も巻き込まれているかもな』


「っ!!」



 達海は、声にならない声で叫んだ。

 今、自分にできることは。


 それが分からなくて、もどかしくて叫ぶ。

 けれど、叫んだところで現実は変わらないままだった。



「...俺は、どうすれば...」


『知るか。自分で考えろ』


 弱気に呟く達海に対しての戌亥の言葉はいつもと変わらなかった。

 けれど、達海はその一言が意外にも落ち着いた。


 自分で考えて、この状況を生んだ。

 けれど、戌亥のこの言葉には別の意味があると、達海は解釈したのだ。


『最期まで自分で責任を取れ』と。


 

 ここからは、ソティラスもガルティアも関係ない。

 達海と舞の問題だった。


 変に関与されない、そのお墨付きをありがたく受け取りながら、達海は一度冷静になって、落ち着いた声音で戌亥に現状確認を行った。



「...戌亥さん。その他、黒斑病について知ってる情報、教えてくれませんか?」


『...やっと落ち着いたか』


 声音が落ち着いたことに戌亥はふっと一息ついて、淡々と説明を始めた。



『あれは遺伝系統による問題で発生する生まれつきの病気だ。ただ、あの病気はトリガーがあってだな...それに該当しない限りは発症しないんだ』


「トリガー...ですか?」


『ああ...。例えば幼少期。こういう状態だと、自己の精神が不安定な時に突発して進むことがあるな。ただ、体力が無尽蔵になるわけじゃない。まあ、幼少期で覚醒しても、すぐに体力切れで気を失って、そのまま元の状態に戻るな』


「もとに戻るんですか?」


 もし戻るのであれば、まだ希望はある。

 達海は少し前向きな声を上げた。



 しかし、現実は厳しいものだった。



『...大きくなった状態では、正直よくわからないな。大概、大人になって発症して覚醒なんかしたら、政府の駆除斑に殺されるのがオチだ。自分で戻ったって前例は、ああまりみないな』


「そう...ですか」


『とはいえ、今回はイレギュラーな話だ。これまでの黒斑病の覚醒者は、全部非能力者だった。...が、舞は違う』


「そういえば...」


『それが慰めになるかどうかは知らんが、とりあえずそこから先は自分で考えろ。俺はあくまで黒斑病について教えるだけだ』


「情報感謝します。...それに、やることは見えてきたので」



 舞が好きかってやっているのなら。

 同じように、自分も好き勝手して。

 

 そうして、意地でも舞を...



『そうか。...けど、せかすようで悪いな。ちょっと今日のことを説明させてくれ』


「はい、なんでしょう?」


『...今日の作戦で、成功すれば人間は消滅する。失敗すればソティラスは壊滅し、俺たちは一級物の犯罪者となる』


「え? ...それってつまり...」


『ああ、今日が天王山だ』



 つまり、今日が自分の、舞の最後の生きる日になるかもしれないということだ。

 ますます、達海はこのまま何もできないことが嫌になった。


『...が、さっき話を聞いて考えが変わった。...達海、お前も今をもってソティラスを除隊する』


「え?」


『その意味位、自分で考えろ』



 戌亥は少しきつい言葉を飛ばした。

 そして、達海はそれが何を意味するのかを数秒の後理解した。



 舞は、ソティラスを除隊され。

 そして今、自分もソティラスを除隊された。


 つまり、ここから先の、達海と舞の話は、組織とは全く無縁のものだということ。

 痴話げんかの一つや二つ、自分で解決しろとのこと。



 もう、二人ともただの一般人というわけだ。

 



 自分の運命で、怪物になってしまった少女と。

 未熟なまま戦い続けた、一人の少年の。



 その話の終焉を、自分で描けということだ。



「...藍瀬 達海。任務了解しました」


『ああ。というわけだ。今日をもって俺は、お前の上官という任務を終わる』


「...お世話になりました」


『...気にするな。俺もそんな情に浸るほど暇じゃねえんだ。...ああそうだ。あともう一つ言わなきゃいけないことがあったな』


「桐の事、ですか?」


『ああ』



 達海は、舞のことを一心に思っていたものの、桐の存在を忘れてなどいなかった。

 曲りなりに、自分が好意を寄せていた相手だ。

 それに、今でも一緒にいたいと思っているのだ。

 

 桐と、舞と、三人で。



『桐の調子自体は昨日ほどから回復している。傷の再生もほとんど済んでいるからな。今日の作戦にも参戦してもらう』


「桐には俺と舞の事、なんて言ってるんですか?」


『...一応、行方不明になったとは言ってるが、あいつの目は信じないぞって目だった。多分、あいつはお前たちのこと、今でも求めてるぞ』


「...ありがたい話ですね」


『だから...なんだ。桐に顔向けれる状況、自分で作って見せろ』


「はい!」




 達海は、過去一番元気のよい返事を、戌亥に返した。

 それによって戌亥も満足したのか、ほんの少しだけ小さな笑い声のようなものが電話越しに聞こえた。



『...そういうわけだ。俺は出るぞ』


「はい。...お元気で」


『お前に言われなくても分かってる。...じゃあな』



 たちまち、電話はそこで途切れた。



 達海は、軽く一度水を飲んで、ぱちんと自分の両頬を叩いた。

 そして、覚悟のある瞳を窓に向ける。



「...俺は、お前をこっち側に連れ戻すからな。...覚悟してろよ、舞」



 もう、舞の気持ちなど、達海はどうでもよかった。

 好きの気持ちに、妥協などいらない。

 好きなものには、好きと伝える。ただその行為にやりすぎなどない。


(知るもんか。俺はお前が好きなんだよ。それに...まだお前に感謝の言葉、伝えてないぞ)


 そして、きっと今日がその時。



「絶対に...連れ帰ってやる。俺と桐が待つ場所には、お前が必要だからな」



 達海はおもむろに立ち上がり、腰に自分の短剣を挿した。

 軽く体を動かして、窓の外の景色をもう一度見る。



 先ほどよりも、煙は多く上がっていた。

 組織間戦争の弊害だろうか。それとも...



(いや、そういうのはやめだ)


 今、動くのは自分の意志。

 二人だけの世界だ。


 誰の関与も、言葉もいらない。



「...行くか」



 達海は、二日ほどたって、ようやく舞と同じドアを開けた。

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