第36話α 生死の境目で


 達海が目を向けた先には、時島 零が立っていた。

 その横に、蒼炎の残火が残っている湯瀬 獅童の姿も確認できる。


 白学時代の生徒会コンビが、そこにはいた。



「...やっぱり、とは思ってましたが、やっぱり能力者だったんですね」


「ええ、そうよ。それに、あなたにはさんざんヒントを与えたからね。私が能力者でも、別に驚かないとは思っていたわ」



 ちょうどテロが発生する数日前、達海は少々圧迫された面接を受けていた。その時に能力の話題を振られたことを、達海は鮮明に覚えている。



 しかし、相手がどこの組織に入っているかまでは、さすがに予想は出来てなかった。


 強いて言うとすれば、ソティラスで名前を聞かなかった以上、ガルディアに所属している可能性を考えてはいた。

 でも、それだけだった。




「獅童も能力者なんだな」


「...まあ、見ての通りだ。...ただな、藍瀬。俺は謝るつもりはないし、お前を認めるつもりはないぞ。敵に回った以上、本気で殺させてもらう」



 いつになく冷たい目をした獅童の言葉を受けた達海だったが、後ずさりはしなかった。ここで引くことがどれだけ醜いか、それを理解していたから。




「...先輩」



 知人との対面になったことをさすがに気にしたのか、桐が心配そうに声を掛けてくる。しかし達海は、桐の方を振り返って、軽くグッドサインを作って見せた。



 そうして、言葉を用いずとも大丈夫だということを伝える。



 初めから、覚悟は出来てる。





 零は、すぐに攻撃しようとするそぶりは見せず、達海に悠長に問いかけてきた。



「さて、戦いになるのはいいとして、先にお話ししましょうか」


「お話...?」


「ええ。といっても私は藍瀬くんにしか興味ないけど」



 不敵な笑みを浮かべる零が、達海は不気味に思えた。

 なぜ自分のことにこだわるか、ということももちろんだが、なにより、3対2という人数的不利な状況にも関わらず、奥底から余裕が感じれた。



 達海は、とりあえずどうしようもないことを理解し、素直に零の言葉に耳を傾けた。



「俺に何の用ですか」


「そうね。まず、なんでソティラスに入ったのか、というところかしら。私があの時声を掛けたときは、組織に入っていなかったことは知ってるわ。そこから、どう気変わりしたのかしら」



 この返答は悩んだ。

 入ったこと自体は、ほとんど不可抗力に過ぎない。

 しかし、入らない、という選択肢も用意されてはいた。


 結局のところ、自分の意志で入ったことに他ならない。


 その全ては、ほんのすこしばかり自分が抱いていた社会への不満と、桐を、舞を守りたいという心だけだ。



 それだけで、何が悪いだろうか。



「俺自身が社会に不満を抱いていた、と答えたらどうしますか?」


「構わないわ。ターゲットであることに変わりはない以上、あなたは殺すわ」


「わあ、それは結構なご提案で」



 相手の挑発に乗ることなく、達海は平然とおどけて見せた。こうしているあたり、本当に芯が強くなった気がする。



「...どう、社会に不満を抱いているのかしら?」


「人が、自分の罪も忘れて前進を続けていることです。犠牲になったものに、何の重みも感じない。それでいて発展に発展を重ねて、自分たちの住む星を食いつぶそうとしている。ちょっと、許せないんですよね」


「なるほどね...。けれど、あなたはそれでいいの? あなた自身がかなえたいと思っている願いは? 幸せは? そんなことで潰されていいのかしら?」


「...幸せになるのに、時間なんていりませんよ」




 零れるような達海の言葉に肩を揺らしたのは桐だった。

 零はあきらめたようにため息をついて、手を振った。



「はぁ...だめね。拘束してとらえれば洗脳して使えるくらいにやわな人間かと思っていたけど、どうやらそれも無理みたい。どうする? 獅童」



「...変わりない。もとから殺すつもりなんだろ?」


「そちらの方が簡単でいいじゃない」




 不穏な言葉が増えてくる。

 それに何かを感じた達海は、腰にかざしてある短剣に手を当てるようにそっと伸ばした。



 相手の殺気が次第に強くなってきている。

 見えていないだけで、確かに奥底にこもっている殺気。


 見逃せば、すぐにやられてしまう。



 空いているこぶしの方をぎゅっと握りしめる。

 そうして、もう一度さっきのように集中を深める。




(...ゾーンで、どうにかなる相手じゃないことは分かってるけど...!)



 せめて時間稼ぎくらいならできる、そう思って達海は再びゾーンに入る手立てを見せた。



 けれど、音が完全に消えようとするその直前、いやらしく零の言葉が達海の耳を打った。



「ああ、そう気構える必要がないわ。...なんせ」





 刹那、時が止まった。





「この空間において動けるのは私だけだもの。...って、聞こえてないかしら」








...




......




 達海は、一瞬何が起こったのか全く理解できてなかった。

 まるで、脳が止まっていた、そんな気がして仕方がない。



(...何か、されたか?)



 そう思って後ろを振り向く。

 




 しかし、その視界の先は地獄そのものだった。




「...え?」



 激しい鮮血を吹き出しているのは、桐の体。

 そのすぐ近くにいるのは、先ほどまで達海の目の前にいたはずの零だった。



 

 一気にゾーンのための集中力が切れ、達海は思わず声を上げる。




「桐!!!!」


「...う、そ...」


 自分が攻撃をくらわされたことに、桐は数秒経ってようやく気付いた。

 しかし、すぐにその体は倒れて動かなくなる。




(...死んだ...? 桐が...?)


(...いやだ、いやだいやだいやだ!!!)



 まるで幼児退行を繰り返すかの如く、心の底が悲鳴を上げる。

 それにつられて、達海の体は零に向かって走っていた。

 

 報復として、特大の一撃をお見舞いするために。





「うわああああ!!」


 大声で叫びながら、大地を蹴り飛ばす。

 冷静さなどそこにはなく、ただ心が感じていた憎しみのみが、達海を動かしていた。



「藍瀬さん! 下がって! 下がれ!!」



 舞が大声で諫めるが効果はなく、達海は短剣を構え、そこに重心を当て始めた。




(桐を...よくも!!)


 

 入る形は違えど、達海はいつの間にかゾーンに入っていた。

 目の前の敵を殺す。


 とてもシンプルで、分かりやすい思考だ。



(今は、目の前のこいつを!!)



 どこが弱点になりうるかしっかりと観察し、そこを目掛けて短剣を投げつける。




「っ!」


 思ったより短剣が早かったことに驚いたのか、零はほんの数秒、反応に遅れた。しかしそのロスは大きく、そのまま行けば命中は確実だった。




 しかし、その短剣はむなしく空へはじきあがる。



 達海が零の方へ眼を合わせると、そこには生身のまま短剣を上へ弾き飛ばした獅童が立ちふさがっていた。




「獅童っ...!!」


 達海はギリィと歯ぎしりをする。

 それほどまでに、今の一撃を外したのは大きかった。




「...うちも、そう簡単に大将をやられるわけにはいかなくてな、藍瀬。お前の相手は俺がしてやるよ」


 そう言ったかと思えば、獅童は体に蒼炎を纏いだした。そのまま全力ダッシュで達海との距離を詰める。



「...ちっ!」


 達海はその距離を詰まらせまいと、必死に距離を取る。




「先輩!」


「何とかして見せる! そうするしかないんだろ!!」


「違います!! とりあえず話を...!」


「よそ見してていいのかしら?」



 不敵に笑う零が舞にピストルを向ける。



「!!」


 悠長に話をする時間など、達海にも舞にもなかった。

 目の前の敵を抑えること、それすら至難の業となっていた。



「俺が相手だからって、温情なんかかけてくれるなよ、藍瀬」


「誰が...!」



 相手の挑発に乗らないように、自身の戦闘意欲を高める。

 殺すとまではいかなくても、ダウンさせるくらいしなければこの局面は完全に崩壊してしまう。



(...いけるか? もう一度)



 達海は、ゾーンに入ったり出たりを繰り返したことはなかった。だからこそ、目の前の現状に対してゾーンを使えるかどうか不安になる。



(...けど、やるしかないんだよな。...桐のために、舞のために...俺のために)



 自然と脳内が冷めていき、心が落ち着く。

 


(集中...目の前の敵を、五感全てで捉えるんだ)



 達海の耳が音を拾わなくなる。

 といっても、今回ばかりは違った。


 人の会話の声は入ってこない。しかし、風の音、炎が燃える音、命の鼓動の音は、確かに自分の耳で拾っていた。



(...五感。なら、聴覚ももちろんあるよな)


 そんなくだらないことを考えれるほどには、達海は落ち着いていた。



 であれば、目の前に放たれた攻撃を避けることも、造作にもないことだった。



「...ほう」


「...」




 恐ろしいほどに、静かだった。

 くっきりと視界は冴え、ただ黒い眼は相手の姿の身を捉えている。



 状態、能力、次の行動。

 それらを予測して、最善手を尽くす。


 達海の脳内は、それで支配されていた。




(...この蒼炎、おそらく本物の熱ではないな...。だとすれば、能力は何種...? 炎と

あるなら3種の予想はしてたんだが...)



 相手の攻撃をひらりひらりと躱す。

 躱すことだけで言えば、達海はひょっとすれば昔から得意だったのかもしれない。


 けれど、勝つためには、それだけでは足りない。




(...攻める気持ちを忘れるな...。しかし、慎重に、だ)



 通常戦闘で様子を見るために、達海は体重を30ほどまで減らしておいた。

 力こそ足りないものの、俊敏さならこれが一番ちょうどいいのだ。



(仕掛けるぞ...獅童!)


 達海は、獅童の攻撃をはらりと避けると、そのまま地面をけり上げ、獅童に飛び蹴りをかました。

 相手の攻撃が基本手刀と分かっている以上、攻撃をかわした後が絶好のチャンスなのだ。




「いい目をしてるな...。けど、甘い」


 達海の足は、そのまま獅童の体を貫いた。


 そう、貫いたのだ。



(な!? どういうことだ)


 見ると、獅童の体は炎で揺らめいていた。まるで、実体のないように。


 ...実際は、実体のないように、ではなく、本当に実体がなかったのだ。

 達海の攻撃は、煙の中央を正拳突きしたことと相違なかったのだ。




「くそっ...!」


 すぐさま振り向いて、獅童の次の攻撃へ備える。

 

 が、次に達海の耳に入ったのは、艶めいた零の声だった。



「...お遊びが過ぎるのではなくて? 獅童」



 たちまち、先ほどのような感覚に達海は見舞われる。

 しかし、先ほどよりゾーンの入り具合が深かったのか、達海の脳は動いたままだった。




(会長以外の動きが止まった...!? ...くっ、俺の体も動かないのかよ...! これは...一体何なんだよ?)



 コツコツと、零が自分の近くへと歩いてくる音を、達海は体をもって体感した。

 一歩、一歩近づいてくる。その手には、自分が先ほど投げた短剣をもって。



(...そうか、なるほど...! 会長の能力は...!!)





 時間停止。

 それこそが、時島 零に与えられた能力だった。



(くそっ! 動け! 動け!!)


 どうにもならない自分の体を無理やり動かそうと達海は体に力を入れてみる。



「...おかしいわね。どこか空気がおいしくない...。まあ、変わりはないわ。どうせ、私だけの空間。邪魔はさせないわ」



 零が時を止めて9秒。

 手に持っている短剣を達海に向けて振りかざそうとしたその瞬間、達海の右腕がピクリと動いた。



「動いた!? ...しまった!!」


 能力に集中していた零の集中が切れ、時間停止の空間が崩壊する。

 その猶予あって、達海は自分に振られた短剣での攻撃をすんでのところで躱した。



 が、さすがは熟練の能力者。

 すかさず、獅童が達海の背後を取ることに成功し、一撃を食らわせようと形を変化させた腕を振り下ろす。



 こればかりは達海もよけきることが出来ず、直接背中に切り傷を負った。




「あぐっ!」


「先輩!!」


「...っ!!」



 達海は痛みをこらえつつ、カバーに来た舞と合流することに成功し、そのラインを少し後退させた。足元には倒れたままの桐がいる。




 止まった瞬間、達海の背中には鋭い痛みが走る。

 声を上げないようにこらえることがやっとだった。


 おそらくそれは、達海が人生で受けた傷の中で一番大きな傷。


 しかしそれでも、弱音は吐かなかった。




「藍瀬さん、大丈夫ですか? その...出血量が」


「心配すんな。ただのかすり傷だ」




 自分の身を案じる舞に、達海は見え見えの虚勢を張った。

 そうまでしてでも、頼りあるところを見せたかった。


 桐が倒れて、舞が動揺していないはずがない。

 そんな舞に、追い打ちをかけることが、できなかったから。




 そんなことを思っていた達海だったが、舞は驚くほど冷たい目で、冷たい声音で、達海に声を掛けた。




「...先輩は、逃げてください」


「え?」


「桐ちゃんは、生きてます。...今なら、まだ間に合う」



「でも...そうしたらお前が」


「行ってください。...師匠の命令です」



 舞は、無理のある笑顔を達海に向けた。








「桐ちゃんを連れて...家まで逃げてください。ここは、私がどうにかします。だから...逃げてください」








===



〇ルート分岐



舞の問いかけに対して、以下の選択を設けます。



 「逃げろ」という舞の言葉に



・従う


・従わない




従うを選択した世界線が、桐ルート。

従わないを選択した世界線が、舞ルートとなります。








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