エピローグ『思い出は増え続けるもの』

「タルトごちそうさまでした」


 甘味が優しく、とても美味しかったから、かぼちゃのタルトを難なく完食できた。ただ、ゆっくりと食べていたから俺が最後だった。

 タルトで糖分を補充できたし、これで試験勉強をまた頑張れそうだ。ただ、再び体調を崩してしまわないように気をつけないと。


「みんな完食してくれて嬉しいわ。……そうだ。みんなさえよければアルバムを見てみる? ゴールデンウィークのお泊まり会では、お姉様が持ってきたアルバムを見せてもらったから、みんなが家に来たときはアルバムを見せようと思っていたの」

「いいね! あたし、一紗と二乃ちゃんの小さいときの姿を見てみたい!」

「私も見てみたいな!」

「小さい頃の先輩と二乃ちゃんがどんな雰囲気なのか興味ありますっ!」


 小泉さん、サクラ、杏奈はとても見たいご様子。


「俺も小さい頃の一紗と二乃ちゃんの写真を見てみたいかな」

「ゴールデンウィークに、和奏さんが持ってきたアルバムとホームビデオで速水と桜井の小さい姿を見たからな。麻生姉妹の姿も見ておきたい」

「分かったわ。ちょっと待ってて」


 一紗はクッションから立ち上がって、本棚の方へ。

 俺以外はみんな、俺が寝た直後の数分程度しか休憩を取っていない。タルトを食べ、アルバムを見て長めに休憩するのはいいことだと思う。

 二乃ちゃんは小さい頃から今のように可愛い感じな気がする。ただ、一紗の小さい頃はどんな感じだろう。今と変わらずクールで綺麗な雰囲気なのか。それとも、二乃ちゃんのような可愛らしさがあるのか。とても楽しみだ。

 一紗は本棚から青いアルバムを取り出し、自分の座るクッションに戻る。俺とサクラはアルバムが見やすいように、一紗や二乃ちゃんの後ろに回る。羽柴は杏奈の横、小泉さんは一紗の横に動く。


「このアルバムには私の写真が多く貼られているわ。もちろん、二乃が写っている写真も」

「そうなんだ。あたしの写真を見られるのはちょっと恥ずかしいな。あたしは後ろから見るので、ここに誰か座っていいですよ」

「じゃあ、私が座るよ」


 と、サクラが名乗り出た。

 二乃ちゃんがクッションから立ち上がると、サクラは入れ替わるようにしてクッションに座る。

 そして、二乃ちゃんは俺の隣に立つ。俺と目が合うと二乃ちゃんはニコッと笑い、


「もし、とても恥ずかしい写真があったら、すぐにベッドに潜れます」


 俺にそう囁いてきた。確かに俺達の後ろにはベッドがある。ここにいれば、恥ずかしいときにはすぐにベッドに潜れるか。ベッドに潜ると気持ちが落ち着いた経験は俺もあるので、二乃ちゃんの言葉に共感できる。


「じゃあ、アルバム鑑賞会スタートよ。私が生まれてから時系列で貼られているわ」


 そう言うと、一紗はアルバムの表紙を開いた。


『かわいいー!』


 サクラ、杏奈、小泉さんがそんな黄色い声を上げる。

 最初のページは一紗が赤ちゃんの頃かな。若かりし大介さんと純子さんに抱かれている写真や、ベビーベッドに寝ている写真。両家の祖父母と思われる2組の夫婦も一緒に写っている写真も貼られている。


「赤ん坊の頃の麻生は可愛いな」

「そうだな、羽柴。可愛いよな」

「ふふっ、赤ちゃんの頃の姿でも、大輝君達に可愛いって言われると嬉しいわ」

「あと、母親の純子さんを見ていると、将来の一紗や二乃ちゃんの姿って感じがするよ」

「あたしも入れてくれるんですね、大輝さん。ただ、あたしはお姉ちゃんの姿って感じがしますね。写真に写っているお母さんの髪型が、今のお姉ちゃんと同じロングヘアだからでしょうか。今も綺麗ですけど、この頃のお母さんは超絶綺麗……」


 二乃ちゃんはうっとりした様子に。実の娘でさえこの反応か。サクラ達も「そうだねぇ」と同意の相槌を打つ。

 大介さんと付き合うまで、純子さんはたくさん告白されたんじゃないだろうか。そう思わせるほどの美貌だ。一紗に「文学姫」の異名があるように、純子さんも何か異名がありそう。

 それからも一紗がページをめくり、アルバムを見ていく。ページをめくる度にサクラ達が「可愛い!」と声を上げている。幼少期の一紗はクールや美人というよりも、可愛らしい印象が強い。

 一紗が少し大きくなった頃、赤ちゃんの二乃ちゃんが登場。


「二乃ちゃんも可愛いね!」

「一紗先輩以上に可愛いと思います」

「姉の私から見てもそう思うわ! マジ天使だわ!」

「ううっ、照れますね……」


 サクラと杏奈、一紗から赤ちゃんの頃の自分を可愛いと言われたから、二乃ちゃんは頬をほんのりと赤くしている。

 二乃ちゃんも赤ちゃんの頃からとっても可愛いな。一紗の言う通りマジ天使。

 あと、お姉さんらしく、一紗が二乃ちゃんを抱いている写真もある。写真に写る一紗は二乃ちゃんにデレデレしていて。一紗の妹好きは二乃ちゃんが生まれた頃から始まっているのか。

 引き続き、一紗がアルバムのページをめくっていく。二乃ちゃんが生まれてからは、ほとんどの写真が二乃ちゃんと一緒に写っている写真だ。本当に二乃ちゃんのことが好きなんだなぁ。このアルバム、一紗だけじゃなくて、二乃ちゃんのアルバムでもあるな。

 やがて、小学校の入学式の写真が貼られたページに。ここからはいよいよ小学生の頃の写真か。


「あれ? このページの写真……みんな一紗ちゃん? 色々な髪型があるけど」


 小学生の写真になって少しページをめくったとき、サクラがそんな疑問をぶつけた。

 今、開いているページに貼られている写真の一紗の髪型は多種多様。今と同じロングヘアもあれば、ショートカット、ツインデール、ポニーテール、ワンサイドアップもある。


「小学校の低学年の頃は、漫画やアニメのキャラクターに影響を受けやすい時期で。好きなキャラの髪型を真似ていたの。ショートカットはスポーツアニメのヒロイン、ツインテールはラブコメ漫画のツンデレヒロイン、ポニーテールは魔法少女アニメの主人公、ワンサイドアップはファンタジーアニメのクラス委員長だったわ」

「口調を真似しているときもありましたよ、お姉ちゃんは」

「へえ。色々なキャラの影響を受けていたんだね、一紗ちゃん」

「意外です。普段の一紗先輩からして、好きなキャラの髪型や口調を真似るようなイメージはなかったので」

「ブレないもんね、一紗は。あたしも意外だな」


 杏奈と小泉さんの言葉に頷く。一紗は基本的にクールで落ち着いているからかな。俺絡みのことで興奮することが多いけど。髪型もロングヘアしか見たことがないし。一紗と出会ってからそれが一貫しているので、小学生の頃の話でも意外に思えるのかも。

 あと、スポーツにラブコメ、魔法少女にファンタジーと一紗は小さい頃から色々なジャンルの作品に触れていたんだな。


「意外だとは思うけど、麻生の気持ちは分かるぜ。俺も小さい頃は好きなキャラみたいに、ビームを出したり、瞬間移動できたりできるって信じていた時期があったぜ」

「俺も技の構えの真似をしたことがあったな」

「してたねぇ、ダイちゃん」


 俺の方に振り返り、ニヤニヤしながらそう言うサクラ。小さい頃はサクラと和奏姉さんと一緒に、漫画やアニメの真似をして遊んでいた。そのときのことを覚えていたのか。


「サクラも、小さい頃は魔法少女の変身ポーズの真似とかをしていたよな。可愛かったな」

「ダイちゃんこそ、ビームとかは出なかったけど、構えはかっこよかったよ」

「……喧嘩に発展するかと思ったら褒め合いか。本当に文香と速水君はラブラブだね」

「ですねぇ、青葉先輩」

「微笑ましいですね」

「喧嘩にならなくて何よりだ」

「本当に文香さんが羨ましいわ」


 みんなからそんなコメントを言われたので、何だか恥ずかしい気分に。サクラも同じなのだろうか。彼女の頬が赤くなっている。まさか、一紗と二乃ちゃんのアルバムを見て、自分が恥ずかしい思いをするとは思わなかった。


「さ、さあ。ページをめくってよ、一紗ちゃん。大きくなった一紗ちゃんが見たい」

「そ、そうだな。サクラ」

「ふふっ、分かったわ」


 一紗は優しい声色でそう言い、次のページをめくった。

 キャラクターの影響を受けたのは小学校低学年の頃と言っていたので、次のページに貼られている写真に写っている一紗はストレートのロングヘアに戻っていた。個人的には一紗はこの髪型が一番似合う。

 ページをめくる度に一紗と二乃ちゃんは成長していき、やがて一紗は中学生になる。この時期になると、一紗の雰囲気は今と変わらない感じだ。


「一紗先輩も中学生の頃から大人っぽいですね……」

「二乃ちゃん以上かもしれないね、杏奈ちゃん」

「さすがは姉妹だよね」

「大人っぽいですよね、お姉ちゃん。あたしも別の小学校出身の人から大人っぽいと言われますが、お姉ちゃんに比べたらまだまだです」


 二乃ちゃんはそう言っているけど、君も中学1年生にしてはなかなかの大人らしい雰囲気を持っていると思うよ。小泉さんの言う通り、さすがは麻生姉妹だと思う。

 それからもページをめくり、いよいよラスト。写真が貼られている最後のページにはゴールデンウィークのお泊まり会で撮影した写真が貼られていた。


「これで最後ね。ゴールデンウィークのお泊まり会で撮影した写真を貼ったわ」

「そうなんだね、一紗ちゃん。お泊まり会、楽しかったなぁ」

「楽しかったですよね」

「楽しそうだね。合宿さえなければ、あたしも同じ日に泊まりたかったよ」


 小泉さんもゴールデンウィークで家に泊まったけど、合宿があったので、一紗と杏奈とは別の日になったのだ。それでも、夜には合宿先からメッセージとかを送っていたな。


「週末とか夏休みとか、予定が合ったら一緒にお泊まり会しましょう、青葉さん」

「うん! 夏休みまでに一度はしたいな」

「そうね。もし、お泊まり会がまた実現したら、そのときに撮った写真がこのアルバムに貼られるのでしょうね。もちろん、それ以外のことでも。思い出は増え続けるものだと思っているわ」


 思い出は増え続けるもの……か。いい言葉だなぁ。時が経つにつれて、なかなか思い出せなかったり、忘れてしまったりすることもあるけど。それは、失ってしまうことは違うんじゃないかと俺は思っている。

 きっと、このアルバムのように、俺が持っているアルバムも、思い出を切り取った写真がたくさん貼られていくのだろう。


「そうだ。今日、みんなが初めて家に来てくれた記念に写真を撮りましょう。その写真をこのアルバムに貼りたいわ。スマホで撮るから、大輝君達にもLIMEで送るわ」


 一紗のアイデアにみんなはもちろん賛同。一紗のスマホを使って、7人での写真を撮ることにした。一紗による自撮りではなく、三脚にスマホをセットし、セルフタイマーを使って集合写真を撮る。

 杏奈、二乃ちゃん、一紗が座って、彼女達の後ろに羽柴、俺、サクラ、小泉さんの並びで立つ形に。

 一紗は三脚にセットした自分のスマホを操作する。


「はい! 10秒後に撮影するわよ!」


 そう言って、一紗は急いで二乃ちゃんの隣に座る。そんな一紗はいつも以上に楽しそうで。

 ――カシャ。

 10秒後、一紗のスマホからシャッター音が聞こえた。

 一紗はさっそく自分のスマホを確認する。すると、一紗は笑顔でピースサイン。


「バッチリ。みんなにLIMEで送るわ」


 そう言った直後、テーブルに置いてあるスマホがほぼ同時に鳴り出す。おそらくLIMEのグループトークで写真を送ってくれたのだろう。

 俺はさっそく自分のスマホで、一紗が送ってきてくれた写真を見てみる。その際、サクラが俺のスマホを覗き込む。


「素敵な集合写真だね。みんな笑顔で写ってる」

「そうだな、サクラ」


 サクラの言う通り、写真に写っている7人全員が笑顔だ。いい写真だ。思い出が一つ増えた。これからも、一紗の家に来ることは何度もあると思うけど、この写真のおかげで今日のことは何年経っても思い出すことだろう。

 こうして楽しい休憩時間を過ごした後、俺達は試験対策の勉強を再開するのであった。




特別編3-文学姫の自宅編- おわり

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