第3話『苺ゼリー』

 サクラが寝汗を拭いてくれ、新しいインナーシャツに着替えたので結構スッキリした。

 寝間着の上着を着終わると急にもよおす。なので、俺は2階のお手洗いに。シャツとバスタオルを1階の洗濯カゴに入れるため、サクラも同じタイミングで部屋を出る。

 今朝はだるさがあって体も重く感じたけど、今は普通に歩ける。用を足しているときも、その場で立ち続けているのが辛くないし。まだ熱っぽさが少し残っているけど、それ以外の症状は治って良かった。

 気分のいい中で自分の部屋に戻ると、一紗が俺のベッドに寄り掛かっていた。そんな一紗の顔には恍惚とした表情が浮かんでいる。


「幸せそうだな、一紗」

「だって、大輝君の温もりと残り香を感じられるんだもの……」

「一紗らしいな。そういえば、スポーツドリンクを買ってきてくれたんだよな。それを飲もうかな。午前中に薬を飲んでから、ついさっきまでずっと寝ていたからさ。喉が渇いちゃって」

「そうだったんだ。今出すね、速水君」


 小泉さんはテーブルに置いてあるレジ袋からペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、俺に渡してくれる。

 俺は一紗の向かい側にあるクッションに座り、スポーツドリンクを一口飲む。


「冷たくて美味しい。数時間何も飲んでいなかったから、スポーツドリンクが全身に染み渡っていく感じがする」

「その感覚分かるかも。長い時間練習をした後に飲むと体が潤うっていうか。そういうときに飲むスポーツドリンクってとても美味しいんだ。夏の時期だとよりいっそう」

「そうなんだ。確かに、夏の体育の授業終わりに飲む水って美味しいもんな」

「それなら私にも分かるわ。これからは冷たいものがとても美味しくなるわよね」

「そうだな」


 俺は再びスポーツドリンクを飲む。今度はゴクゴクと。そのことで、体に帯びた熱が和らいできている気がする。スポーツドリンクって、こんなに美味しい飲み物だったんだ。


「ただいま。優子さんがこの姿の私の写真を撮りたいって言うから、リビングで撮影会してた。文化祭でメイド服を着た高校時代のお母さんを思い出したって興奮していたよ」

「そうだったのか」


 今までに何度か、桜井家のアルバムを見せてもらったことがある。そのアルバムには学生時代の美紀さんの写真も貼られていて。高校時代の美紀さんは今のサクラと見た目が似ているので、高校時代の文化祭を思い出したと母さんが言うのは分かる気がする。


「ダイちゃん、買ってきたスポーツドリンク飲んでくれているんだね」

「ああ。午前中から何も飲んでいなかったから凄く美味しいよ。スポーツドリンクを飲んだら、ちょっと食欲沸いてきた。苺ゼリーをいただこうかな」

「私が食べさせてあげるわ! 私も病人の大輝君に何かしたいの!」


 はいっ! と、一紗は右手をピンと挙げる。さっき、サクラが俺の寝汗を拭いたときは興奮して見ているだけだったからな。


「ゼリーを食べさせることならいいと思う。どうだろう、サクラ」


 俺がそう問いかけると、サクラは爽やかな笑みを浮かべながら頷く。


「いいよ。一紗ちゃんの言うように今のダイちゃんは病人だし。看病の一環としてなら」

「もちろん、看病の一環よ!」

「じゃあ、苺ゼリーは一紗に食べさせてもらうよ」

「了解したわ!」


 一紗、とても嬉しそうだな。ゼリーを食べさせてもらうだけだから、何か変なことが起きる可能性はないだろう。

 一紗は俺のすぐ近くまで移動。テーブルに置いてあるレジ袋から、苺ゼリーとプラスチックのスプーンを取り出す。その苺ゼリーは小さい頃から何度も食べたことのある大好きなゼリーだ。

 一紗はスプーンでいちごゼリーを一口分掬い、俺の口元まで持ってくる。


「大輝君、あ~ん」


 俺が病人だからか、一紗はとても優しげな笑みでそう言う。興奮し続けていたさっきの一紗とは別人のように思えて。そんなことを考えながら、一紗に苺ゼリーを食べさせてもらう。


「美味しい」


 甘いけど、ちょっと酸味もあって。昔と変わらない大好きなゼリーの味を楽しめることに、嬉しさと安心感を覚える。


「良かった。文香さんの言う通りね。この苺ゼリーなら大輝君は美味しく食べるって」

「でしょう? ここでも私の家でも、遊んだときにこの苺ゼリーを食べることがあったから。ダイちゃんはとても美味しそうに食べていたの」

「フルーツ系のゼリーは好きだけど、その中でも苺が一番好きだからな。覚えていてくれて嬉しいよ」

「えへへっ……」

「こういうことでも仲良しエピソードが出てくるとは。さすがは文香と速水君だね」

「そうね、青葉さん。は~い、大輝君。大好きな苺ゼリーを食べましょうね~。あ~ん」


 一紗は優しい声でそう言い、俺に再び苺ゼリーを食べさせる。何だか、病人というよりも子供扱いされている気が。まあ、苺ゼリーも美味しいし、食べさせてくれるのは嬉しいので何も言わないでおこう。一紗も幸せそうだし。

 その後も一紗に苺ゼリーを食べさせてもらう。一紗って人に食べさせるのが上手だなぁ。4つ下の妹さんがいるからなのかな。

 ただ、口に入れるとき、一紗はいちいち「あ~ん」と甘い声で言う。それに加えて、サクラと小泉さんにはじっと見られている。だから、段々と恥ずかしくなってきた。


「私が食べさせているからか、ゼリーをモグモグ食べる大輝君がとても可愛いわ。母性がくすぐられるわ」

「ふふっ。ダイちゃんにゼリーを食べさせているときの一紗ちゃんは、優しい大人の女性に見えるよ」

「あたしも同じこと思った。実際に中学生の妹さんがいるからかな?」

「あら、そう見える? 二乃が小さいときは、風邪を引いていないときでも、こうしてゼリーやお菓子を食べさせることが多かったから。その影響かもね」


 一紗の声や口調が優しくなったのは、小さい頃の妹さんに食べさせたときのことを思い出していたからなのかも。

 今の一紗の話を聞いて思い出した。俺とサクラが小さいとき、和奏姉さんがお菓子をよく食べさせてくれたっけ。そのときの姉さんはとても楽しそうだったな。


「どうしたの、大輝君。楽しそうな笑みを浮かべて」

「昔のことを思い出しただけだよ。残りのゼリーも食べさせてくれるかな。一紗姉さん」


 ふざけてそんな呼び方をしてみる。すると、呼ばれた一紗だけでなく、サクラや小泉さんも楽しそうに笑う。


「は~い。一紗お姉ちゃんが食べさせてあげますからね~。大輝く~ん、あ~ん」

「あーん」


 残りの苺ゼリーを一紗に食べさせてもらう。今までと比べて、かなり甘くなっている気がする。

 俺が姉さんと呼んだからか、一紗はとても楽しそうで。約束通り、彼女に苺ゼリー全てを食べさせてもらうのであった。

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