第1話『夢でも現実でも可愛い』

「ふああっ……」


 少しずつ目を開けると、薄暗い中で見慣れた天井が。

 今朝感じた寒気や妙な熱っぽさは感じない。呼吸がしやすくなり、体が楽になっている。処方された薬が効いたのだろうか。それとも、これは夢なのだろうか。


「あっ、起きたね」


 すぐ近くから、サクラの声が聞こえた。声がした方に顔を向けると――。


「おはよう、ダイちゃん。でも、時間的におはようは違うかな」

「……サ、サクラ?」


 ベッドのすぐ側には……何と、メイド服姿のサクラが立っていたのだ!

 黒を基調とした半袖のメイド服。スカートの丈は膝よりも少し上と短め。メイド服はもちろんのこと、頭に付けているフリル付きの白いカチューシャもよく似合っている。

 俺と目が合うと、サクラは優しく微笑みかけてくれる。

 きっと、俺の体調がいいのは夢の中にいるからなのだろう。だって、現実のサクラが家でメイド服を着るなんて考えられない。家にメイド服はないし。引っ越しの際にメイド服を持ってきたとか、どこかで買ってきたという話も聞いたことがない。

 それにしても、どうしてメイド服姿になっているサクラの夢を見るんだろう? 病院に行ったとき、看護師さんを見てナース服姿のサクラを見てみたいとは思ったけど。


「……なるほど」


 もし健康だったら、ナース服姿のサクラが夢に出てきたのだろう。だけど、今は体調を崩しているから、メイド服姿のサクラが夢に出てきたんだ。それに、今まで漫画やアニメでメイドキャラが出てきたとき、サクラがメイド服姿になったら可愛いだろうと思ったことが何度もあったし。


「ダイちゃんどうしたの? なるほどって言って」

「ううん、何でもない」


 ちょっと首を傾げる仕草も可愛らしい。


「ダイちゃん、体調はどう?」

「朝より良くなったよ」


 夢の世界でも、俺は体調を崩していたようだ。

 それにしても、メイド服姿のサクラを見られるとは。体調を崩すのも悪くないな。凄く可愛い。ソックスとスカートの間に露出している白い太ももにそそられる。

 これは夢だ。きっと、何をしても許されるだろう。

 ただ、夢だとしても欲に身を任せてはまずいと理性が働いて。でも、メイド服姿のサクラに触れてみたい……!


「サ、サクラ」

「なあに?」

「……抱きしめてもいいか? そのメイド服姿が似合っているし、凄く可愛いから抱きしめたくなって」


 俺がそんなお願いをすると、サクラは「ふふっ」と上品に笑う。


「可愛いって言ってくれて嬉しい。抱きしめていいよ。メイドさん風に言うなら……いいですよ、ご主人様」

「ありがとう、サクラ」


 ゆっくりと上体を起こしてみる。……夢だけあって、朝のようなだるさは全然ないぞ。

 ベッドの側で膝立ちになったサクラのことを抱きしめる。

 俺の夢凄いな。サクラの優しい温もりや柔らかさ、甘い匂いがちゃんと感じられる。まるで、現実で抱きしめているかのようだ。


「幸せだなぁ。メイド服姿のサクラを見られて、本当に抱きしめている感覚になれる夢を見られるなんて」

「もう、何言ってるの。これは夢じゃなくて現実だよ」

「……へっ?」


 夢だと信じ込んでいるので、今のサクラの言葉に対して間の抜けた声が出てしまった。それが面白かったのか、サクラはクスクス笑う。


「ほ、本当のことなのか?」

「そうだよ。メイド服姿を見せるのは初めてだから、夢だって思っちゃったんだろうね。じゃあ、こうすれば現実だって分かってくれるかな……?」


 甘い声でそう言うと、サクラは俺にキスしてきた。唇からは抱きしめたときとは違った温もりと独特の感触。あと、紅茶の香りがほんのり香ってきて。

 少しして、サクラの方から唇を離す。サクラは俺を見つめ、ニッコリと笑った。


「どうかな、ダイちゃん」

「……現実だって分かったよ」

「良かった。学校が終わって、青葉ちゃんと一紗ちゃんと一緒に帰ってきたの。ダイちゃんのお見舞いと試験勉強のために。杏奈ちゃんと羽柴君はバイトがあるから、終わってから来るって。6時過ぎくらいに」

「そうか」


 杏奈だけじゃなくて羽柴もバイトがあるのか。

 壁に掛かっている時計を見ると、今は……午後4時15分か。ということは6時間くらい眠ったことになるんだ。


「朝よりも体調が良くなって一安心だよ。じゃあ、私の部屋で勉強している青葉ちゃんと一紗ちゃんを呼んでくるね」

「ああ、分かった」


 サクラへの抱擁を解くと、サクラは俺の部屋を出て行った。

 夢だと思っていたけど、まさか現実だったとは。理性が働いて良かった。隣のサクラの部屋に一紗と小泉さんがいる中、サクラとあれやこれやせずに済んで。あと、体調がある程度良くなっているのが嬉しい。

 そういえば、サクラはどうしてメイド服を着ているのだろう? 俺の予想では、一緒に帰ってきた一紗か小泉さんが一枚噛んでいると考えているが。真実は如何に。


 ――コンコン。

「はーい」


 俺が返事すると、扉が開き、メイド服姿のサクラが部屋の電気を点ける。

 サクラが部屋に入ると、学校の制服姿の一紗と小泉さんが続く。一紗はカーディガン姿。小泉さんはベスト姿でワイシャツの袖を少し捲っていた。また、小泉さんは右手にスーパーのレジ袋を提げていた。


「ダイちゃん。2人を連れてきたよ」

「こんにちは、大輝君。朝よりも体調が良くなったそうね。安心したわ」

「お腹は悪くないみたいだから、お見舞いにスポーツドリンクと苺ゼリーとベビーカステラを買ってきたよ」

「2人ともありがとう」


 友達がお見舞いに来てくれるのは嬉しいな。

 体調が結構良くなった俺の姿を見てか、一紗も小泉さんも安心した様子。


「大輝君が学校をお休みするのが初めてだったから、今日はとても寂しかったわ」

「登校してきた文香が、速水君は風邪引いたから欠席するって言ったとき、一紗の顔が青白くなったもんね」

「あのときの一紗ちゃんの顔色は、今朝のダイちゃんよりも悪かったかも」

「そうだったんだ。心配かけさせてごめんね」

「気にしないで。人間なのだから、体調の悪い日だってあるわ。朝の段階で、放課後に大輝君のお見舞いに行こうと決めたの」

「ヘコんだと思ったら、一紗はすぐに『お見舞いに行きましょう!』って言ったよね」

「ええ。それを支えに今日の授業を受けたもの」


 立派な胸を張り、なぜかドヤ顔になる一紗。

 凄くヘコんで、すぐに復活する一紗の姿が容易に思い浮かべられる。気づけば、笑い声を漏らしていた。


「そうだったんだ。お見舞いに来てくれて嬉しいよ。ところで、どうしてサクラはメイド服を着ているの?」

「一紗ちゃんの提案なんだ。ナース服姿で看病すれば、ダイちゃんがより早く元気になるんじゃないかって」

「なるほど」


 きっと、早く元気になったと思う。


「演劇部の友達がいるから、そういった衣装を借りられるんじゃないかと思って。ただ、ナース服はなくて。ただ、メイド服はあったの。メイドさんは主の身の回りの世話するのが仕事。だから、メイド服もいいんじゃないかって文香さんに提案したの」

「ダイちゃんはメイドさんの出てくる漫画を読んだり、アニメを観たりしているよね。だから、私のメイド服姿も気に入ってくれるんじゃないかと思って。青葉ちゃんも賛成してくれたの」

「なるほどね」


 メイド服姿のキャラクターがメインの作品はいくつも触れている。その中にはサクラと一緒にアニメを観て楽しんだ作品もある。だから、自分がメイド服姿になったら喜んでくれるのではと考えたのだろう。


「まあ、ナースさんとかメイドさんにコスプレする文香さんを見たかった下心もあったのだけれどね」

「やっぱり。そんなことだろうと思った。メイド服に着たとき、一紗ちゃんは興奮してスマホで撮っていたもんね」

「『想像以上の可愛らしさだわ!』って興奮していたよね。あたしもメイド服姿の文香を見てちょっとドキドキした」


 その光景も容易に想像できるな。

 一紗がコスプレしたサクラを見たいと下心を抱く気持ちはよく分かる。だって、凄く可愛いんだもん。ナースさんはもちろんのこと、巫女さんとかゴスロリ姿も見てみたいな。


「まさか、サクラがメイド服を着るとは思わなかったから、最初は夢かと思ったほどだよ。とても可愛いし元気になった。サクラに提案してくれてありがとう、一紗」

「そう言ってもらえて何よりだわ、大輝君。文香さんも良かったわね」

「可愛いって言ってくれて良かったよ。ほっとした気持ちもある。ダイちゃんもスマホで撮る?」

「もちろん」


 それから、俺は自分のスマホでメイド服姿のサクラをたくさん撮った。俺とのツーショットの自撮り写真も。

 スマホのアルバムアプリを開くと、サクラのメイド服姿の写真がたくさん表示される。それを見て、風邪を引くのは悪いことばかりじゃないと思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る