後編

 とても気に入ったのか、俺が酒入りチョコを1粒食べている間に、サクラは3粒食べていた。チョコに入っているお酒の影響か、サクラは恍惚とした表情となり、体を左右に揺らしている。


「サクラ。気分は大丈夫か? 顔も赤くなっているし、体も揺らしているから」

「う~ん? 美味しいチョコレートを食べられたから、あたしの気分はと~ってもいいんですよぉ。お酒が入っているからか、体はちょっと熱いけどねぇ」

「それなら良かった」


 いつもと比べて、サクラの声色が甘い。あと、いつもと違って、小さい頃のように自分のことを「あたし」って言っているし。アルコールが入ると、サクラはこういう感じになるのか。凄く可愛いな。


「サクラ。今の姿が可愛いから写真撮っていい?」

「いくらでも撮っちゃってくださ~い」

「ありがとう」


 テーブルに置いてある自分のスマホを手に取り、レンズをサクラに向ける。サクラは体を揺らすのを止め、こちらに向かってピースサインをしてくれる。まったく、俺の恋人は最高だぜ。そんな可愛い恋人をスマホで何枚も撮影した。


「いい写真が撮れた。ありがとう」

「いえいえ~。そういえば、ダイちゃんはお体の調子はどうですかぁ?」

「喉元がちょっと熱いだけで、普段と変わりないよ。食べたのが1粒だからかもしれないけど」

「そうなんだぁ。ダイちゃんは大人だねぇ」

「そうか?」

「そうだよっ! ダイちゃんはあたしに比べたら十分に立派な大人だよっ! あたしに勉強を教えてくれることもあるし。あたしと違って、放課後や休日にはバイトを頑張っているし。杏奈ちゃんにはお仕事教えているし。だから、ダイちゃんは偉いんだよぉ」


 柔らかな笑みを浮かべながらサクラはそう言うと、俺に近づいてきて頭を優しく撫でてくれる。若干のアルコール臭さもあるけど、サクラの吐息からはチョコレートの甘い匂いが感じられて。

 サクラから勉強やバイトのことを褒めてもらえるのはとても嬉しい。酔っ払っているけど、サクラの笑顔を見る限り、今の言葉は本音だと思う。


「ありがとう、サクラ」

「ふふっ。そんな大人のダイちゃんに抱きしめてほしいなぁ。ぎゅ~って」

「いいよ。おいで」

「わぁい! ありがとう!」


 それまであぐらをかいていた脚を広げ、両手も広げる。

 すると、サクラはすぐに俺の脚の間に入ってきて、俺を抱きしめてきた。約束通り、俺はそんなサクラのことをぎゅっと抱きしめる。


「ダイちゃんあったか~い! いい匂いする~!」


 えへへっ、と笑いながらサクラは俺の胸に顔をスリスリさせる。酔っ払っているからか、たまに「にゃ~ん」と言って。入浴してからそこまで時間が経っていないからか、サクラの体も温かくていい匂いがしてくる。酒入りチョコの影響もありそうだ。

 サクラの頭を優しく撫でると、サクラは俺の胸から顔を離して、ゆっくりと見上げてくる。俺と目が合うとニッコリと笑って。俺の恋人可愛すぎるだろ。


「ダイちゃんの温もりに包まれてあたしは幸せだよ~」

「俺も幸せだよ、サクラ」

「……嬉しい。大好き」


 そう呟くと、サクラは俺にキスをしてきた。サクラの唇はとても温かくて柔らかい。酒入りチョコの匂いがほんのりと香ってきて。

 少しして、サクラの方からゆっくりと唇を離した。さっき以上に彼女は恍惚とした表情になっている。


「キスしてもっと幸せになりました」

「俺もだよ。数え切れないほどにしているけど、サクラとキスするのっていいな」

「ふふっ、あたしも。……そうだ!」


 何か思いついたのだろうか。それまでサクラの顔に浮かんでいた柔らかな笑みが、明るい笑みへと変わる。


「ダイちゃん、一旦、抱きしめるのを止めてくれるかなぁ」

「うん」


 サクラの言う通り、彼女への抱擁を解く。

 サクラも抱擁を解く。右手をテーブルに伸ばし、箱から酒入りチョコを一粒取り出した。銀紙を開けると、サクラは酒入りチョコを口の中に入れる。


「サクラ、本当にそのチョコを気に入ったんだな。これで4粒目か。二日酔いになって、明日の学校に影響が出なければいいけど」

「ん~」


 チョコを噛みながら、サクラはそんな声を上げる。それがとても可愛いと思っていると、サクラは俺を再び抱きしめ、俺にキスをしてきた。

 予想外のことが起こったので、唇が触れた瞬間に体がビクつく。いったい、サクラは何をしようとしているんだ?


「んっ……」


 甘い声を漏らすと、サクラはゆっくりと舌を俺の口の中に入れてきた。そのことで、砕かれた酒入りチョコが俺の口に流れ込んできて。チョコの中には大きい欠片も残っている。

 サクラは舌を絡ませてくる。そのことで舌にはチョコの甘味とお酒の苦味が広がっていく。なるほど、サクラはキスする形で、俺に酒入りチョコを口移しし、一緒に溶かそうと考えたのか。

 サクラの温もりもあってか、さっき食べたときよりも甘味と苦味が濃厚に感じられる。普段、酒入りチョコを食べても酔わないけど、こういう形で口にすると酔ってしまいそう。さっき食べたときよりも、溶けたチョコが喉を通った後に体が熱くなっているし。

 それから程なくして、口の中からチョコはなくなった。それでも、少しの間サクラとキスし続けた。

 唇を離すと、サクラは俺の目を見て「ふふっ」と可愛らしく笑う。そんな彼女の唇は濡れ、溶けたチョコがちょっと付いている。サクラはそのチョコを舌で舐め取る。それが何とも艶やかで。


「あたしからチョコを食べさせてもらうの……どうだった?」

「とても美味しかったよ。普通に食べるよりも甘かった。サクラはどうだったかな?」

「予想通り、普通に食べるよりもチョコが味わい深かったよぉ。美味しかったぁ。これからダイちゃんとキスしながらこのチョコを食べようかな」

「ははっ、よほど気に入ったんだね」


 さすがに残り全部のチョコをキスしながら食べることはないだろう。でも、酒入りなので、このチョコを食べたときには酔っ払ってキスしてくるんだろうな。

 ふああっ……とサクラは可愛らしいあくびをする。


「お酒のせいなのかなぁ。ちょっと眠くなってきた」

「アルコールが入ると眠くなる人っているよな。和奏姉さんも、酒入りチョコを食べると眠くなってた。今日のサクラみたいに何度も食べたときは、俺の部屋のベッドでぐっすり寝てたっけ」


 ひどいときは、俺をベッドに引きずり込んでいたな。あのブラコン姉さん。

 あははっ、とサクラは楽しげに笑う。


「和奏ちゃんらしいね。今の話を聞いたら、ダイちゃんのベッドで寝たくなってきちゃった。でも、ここはあたしの部屋だしね……。……そうだ! ダイちゃんに膝枕してもらおうかなぁ。してほしいなぁ」


 甘い声でそう言うと、サクラは上目遣いで俺のことを見つめる。そんな姿にキュンとくる。


「もちろんさ」

「やったぁ!」

「じゃあ、ベッドで膝枕するか。そっちの方が横になって気持ちいいと思うし」

「うん!」


 俺はサクラのベッドの端に腰を下ろす。

 サクラはゆっくりとベッドの上で仰向けの状態になり、俺の膝の上に頭を置いた。彼女の頭の重みが心地よく思える。


「どうだ? サクラ」

「とっても気持ちいいよぉ。ダイちゃんの膝枕ってこんなにも気持ちいいんだねぇ」


 そう言うと、サクラは俺を見上げながら柔らかな笑みを見せてくれる。俺が右手で頭を撫でると、サクラの笑みは嬉しそうなものへと変わっていく。


「気に入ってもらえて良かった。そういえば、サクラに膝枕をしてあげたのってこれが初めてかもしれない」

「そうかもねぇ。記憶にないし。和奏ちゃんにはしてもらったことあるけど。これからは定期的に膝枕してもらおうかな」

「いつでも言ってくれ」

「ありがとう。もちろん、あたしもダイちゃんを膝枕してあげるからね!」

「ありがとう」


 そういえば、俺もサクラに膝枕をしてもらった記憶がないな。近いうちにサクラのご厚意に甘えるとするか。


「ごろんごろ~ん」


 と呟きながら、サクラは体を左右に姿勢を変えている。たまに、


「にゃんにゃ~ん」


 と言うときもあって。どうやら、サクラはアルコールが入ると、精神的にちょっと猫化するのかもしれない。サクラは猫が大好きだからな。


「すぅ……」


 俺の膝枕が気持ちいいからか、サクラは眠り始めた。さっき、眠たいとあくびをしていたほどだし、結構長く寝る可能性もありそうだ。気持ち良さそうに寝息を立てているし。明日の授業で提出する課題は既に終わっているから、しばらくの間はこのままでいるか。

 サクラが酔っ払うとどうなるか気になっていたけど、普段以上に柔らかい笑顔を見せて、甘えん坊になって、ちょっと猫になって。とても可愛らしくなるのだと分かった。眠たくもなるから、酒入りチョコは夜に食べるのが良さそうだ。

 必死に手を伸ばして、テーブルに置かれている自分のスマホを手に取る。自分の膝枕で寝ているサクラの寝顔を撮った。


「とてもいい写真が撮れたな」


 可愛く撮れたので、近いうちにプリントアウトしてアルバムに貼っておこう。

 サクラが起きてしまわないように気をつけながら、サクラの額にキスする。その瞬間にサクラが「ふふっ」と小さく笑い声を漏らしたけど、起きることはなかった。

 それからは、スマホのリズムゲームやパズルゲームをして過ごす。酒入りチョコを食べたけど、普段と変わらないスコアを出せているな。


「うんっ……」


 眠り始めてから小一時間ほど経ち、サクラはゆっくりと目を覚ました。


「ダイちゃん……」

「おはよう、サクラ。小一時間くらい寝ていたよ」

「そうだったんだ。酒入りチョコのおかげだね。ぐっすり眠れたよ。スッキリしてる」


 スッキリしているということは、眠ったことでお酒の酔いが醒めたのだろう。


「そうか。サクラの寝顔、可愛かったよ」


 俺がそう言うと、サクラは頬をほんのりと赤くしてはにかむ。


「寝顔の感想を言われるとちょっと恥ずかしいな。あと、酔っ払っている間はダイちゃんに結構甘えちゃったし。たまに……にゃんにゃんって言ったし。ううっ、ますます恥ずかしくなってきた……」

「酔っ払っているサクラも可愛かったよ」

「……それなら良かった」


 酔っ払っているときよりもサクラの顔が赤くなっている。サクラは酔っているときの記憶が残るタイプのようだ。恥ずかしそうにしているサクラの頭を撫でる。そうすると、サクラの顔には微笑みが。


「もうちょっとこのままの体勢でいい?」

「もちろん」

「ありがとう」


 サクラはゆっくりと起き上がり、俺にキスしてくる。嬉しそうに笑いながら、再び俺の膝に頭を乗せる。

 父さんのもらってきた酒入りチョコのおかげで、普段とは違う夜の時間を過ごせた。ただ、大人になって、お酒を呑めるタイプになったら、酔っ払ったサクラと夜を過ごすのが習慣になるのかもしれない。それもいいなと思いながら、再びサクラの頭を撫でるのであった。




特別編-恍惚チョコレート編- おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る