第21話『連休の始まり』

 5月2日、土曜日。

 今日から5連休がスタート。いよいよゴールデンウィーク本番だ。

 四鷹市は5日間ずっと晴れる予報で、天気が大きく崩れることはないという。連休中に和奏姉さん達が家に泊まりに来る予定なので良かった。

 5連休初日。俺は――。


「ありがとうございました。ごゆっくり」


「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」


 お昼から、杏奈と一緒にマスバーガーでバイトしている。ちなみに、シフトは午後5時までだ。

 今まで通り、杏奈を指導しているけど、杏奈はバイトを始めてから日が経ち、接客業務も慣れてきた。なので、萩原店長の提案で、今週に入ってから杏奈が一人で接客業務をする時間を作ることにしたのだ。そのときは、俺か百花さんが隣のカウンターで業務し、杏奈に何かあったときはすぐに対応できるようにしている。

 最初こそ、杏奈は俺が後ろにいないことに不安がり、緊張する様子もあったけど、一人で業務することにも段々慣れてきたようだ。友達相手のときは特に楽しそうに接客できているし。


「大輝君。杏奈君。お客様の数も落ち着いてきたし、午後からのシフトの子も来たから休憩に入って」

「分かりました!」

「分かりました。じゃあ、スタッフルームに戻ろうか、杏奈」

「はいっ!」


 俺は杏奈と一緒にカウンターを離れ、スタッフルームへ向かう。その際、今の時間からシフトに入ったと思われる先輩店員に挨拶した。

 スタッフルームに戻り、俺は杏奈と萩原店長、自分の分のホットコーヒーを淹れた。


「店長、杏奈、コーヒーをどうぞ」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、大輝君。……杏奈君。一人でのカウンター業務はどうかな? たまに私が見ていた限りでは、よくできていたように思えるけど」

「ありがとうございます。ただ、今日も最初の方は結構緊張しちゃいました」


 苦笑いしながらそう言うと、杏奈はホットコーヒーを一口飲んだ。


「最初はそんなもんだよ。俺も一人で接客業務を始めたときは緊張していたし。それに、店長の言う通りよくできるようになってきたと思う。あとは経験を積んで、慣れていくのが大切じゃないかな」

「大輝君の言う通りだね。ただ、杏奈君はまだバイトを始めてから1ヶ月も経っていない。これからも、しばらくの間は杏奈君の横でサポートして、指導もしていってほしい」

「分かりました」

「今後もよろしくお願いします、大輝先輩」

「ああ、よろしく」


 杏奈は明るく元気で、仕事にも自分なりに一生懸命に取り組んでいる。指導係として初めて関わったのが杏奈で良かった。そう思いながら飲むホットコーヒーは、いつもよりも味わい深い。


「話は変わるけど、今日から和奏君が帰省するんだよね」

「そうです。夕方に帰ってきて、5日の夕方までこっちにいるみたいです。連休ですから今日は小泉さん、明日は杏奈と一紗も家に泊まることになってます。杏奈と一紗とは、ビデオ通話で話しただけで会ったことがありませんからね」

「ほぉ、そうなのか。その2日間は特に賑やかになりそうだ。きっと、和奏君にとって楽しい帰省になりそうだね」


 いいねぇ……と呟き、萩原店長は俺の淹れたコーヒーを飲む。


「あたしもお泊まりを楽しみにしていますよ! あと、今日も和奏さんはお店の方に来てくれるんですよね!」

「ああ。四鷹に到着したら、ここに寄ってくれることになってる」

「そうですかっ」


 杏奈、とてもワクワクした様子になっているな。それほど、和奏姉さんに会うのを楽しみにしているのか。

 和奏姉さんは夕方頃に来るから、春休みに帰省したときのように、コーヒーでも買って、俺達のバイトが終わるまで待ってくれるのだろう。あと、小泉さんも途中でお店に来てくれると言っていたな。

 15分ほど休憩をして、俺と杏奈は接客業務を再開する。

 休憩前と同じように杏奈は1人でカウンターに立つ。ホットコーヒーを飲みながら休憩したのが良かったのか、杏奈は落ち着いて接客できている。

 休憩が開けてから30分ほど経ったとき、シフトに入った百花さんがカウンターに登場。百花さんは空いている杏奈の隣のもう一つのカウンターで接客を始める。そのことに杏奈は安心しているように思えた。親しいバイトの先輩に挟まれると安心するよな……と思っておく。

 お客様が多く来店する時間帯もあるけど、杏奈は問題なくこなしていく。そして、


「お疲れ様、速水君、杏奈ちゃん。百花さんもお疲れ様です」


 午後4時を過ぎ、お客さんの数が落ち着き始めた頃、パンツルックの小泉さんがお店に来てくれた。彼女らしい爽やかな笑みを見せ。俺達に手を振ってくれる。そういえば、今までサクラや女子テニス部の友人と一緒に来たことはあったけど、1人でここに来るのは初めてかもしれない。

 あと、今日は家でお泊まりして、明日から3泊4日の女子テニス部の合宿の荷物もあるからか、小泉さんは青い大きなボストンバッグと、水色のラケットケースを持っている。


「ありがとう、小泉さん」

「ありがとうございます! 青葉先輩!」

「ありがとう、青葉ちゃん。凄い荷物だけど……あっ、大輝君と文香ちゃんの家にお泊まりするんだっけ」

「はい。あとは明日からテニス部の合宿があるので、その荷物もあって」

「なるほどね。合宿頑張ってね」

「ありがとうございます。……あれ、前に聞いた文香の話では、杏奈ちゃんの後ろに速水君が立っていたよね」

「バイトを始めてから日も経ってきたので、1人で接客業務をするようになったんです。しばらくは大輝先輩や百花先輩が横のカウンターにいてくれますけど」

「なるほど。慣れる期間に入ったのかな。……じゃあ、杏奈ちゃんに接客してもらおうかな」


 依然として爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、小泉さんは杏奈の目の前に立った。


「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」

「いいえ、持ち帰りで」

「お持ち帰りですね。ご注文をお伺いします」

「アイスレモンティーのSサイズを2つ」


 2つってことは、サクラの分も買っていってあげるのかな。

 ちなみに、サクラは家で夕食のハヤシライスを作っている。和奏姉さんと小泉さんが好きなのはもちろんのこと、一度にたくさん作りやすく、小泉さんの合宿中の食事にも出なさそうだからなのが理由らしい。


「アイスレモンティーのSサイズをお2つですね。ガムシロップとミルクはお付けしますか?」

「う~ん……ガムシロップ2つください。ミルクはいらないです」

「ガムシロップを2つですね」

「はい。……以上で」

「合計で460円になります」

「……じゃあ、500円で」

「500円をお預かりしましたので、40円のおつりになります。少々お待ちください」


 杏奈はしっかりと接客して、小泉さんの注文したアイスレモンティーを2つ用意していく。


「……しっかりと教育できているみたいだね」

「ありがとう。ただ、今みたいに接客できたのは、杏奈の頑張りがあってこそだと思っているよ」

「そっか。いい先輩だ、速水君は」

「先輩の風格が出たよね、大輝君」

「……そうですか」


 クラスメイトの小泉さんだけでなく、バイトの先輩の百花さんからそう言われると嬉しくなる。今まで部活にも入ったことがなく、先輩として深く関わるのは杏奈が初めてだし。気づけば、頬が緩んでいた。


「お待たせしました。アイスレモンティーSサイズ2つと、シロップ2つですね」

「うん。ありがとう」


 杏奈は注文を受けたドリンクが入っている紙袋を小泉さんに渡す。


「じゃあ、あたしは速水君と文香の家に行っているね。3人とも、バイトを頑張ってください」

「ありがとう、小泉さん」

「またね、青葉ちゃん」

「ありがとうございます、青葉先輩。またのご利用をお待ちしています」

「うんっ!」


 小泉さんは俺達に小さく手を振ると、ボストンバッグを持ってお店を後にした。きっと、家に着いたら、サクラとアイスレモンティーを楽しむのだろう。


「大輝先輩はとてもいい先輩ですよっ」


 杏奈はニヤニヤしながら俺にそう言ってくる。おそらく、レモンティーを用意しながら、さっきの俺達の会話を聞いていたのだろう。今の言葉に嘘はないんだろうけど、表情からしてバカにされたり、からかわれたりしていると思うのは邪推だろうか。


「どうもありがとう。杏奈もいい後輩だな。その調子で業務を頑張ってくれたまえ」

「……青葉先輩や百花先輩に褒められたから、調子に乗っているように思えます」

「褒められたのは嬉しいけど、決して調子には乗っていないさ……たぶん。一人でカウンターに立つことに慣れてきたようだけど、ミスをしないように気をつけていこうな」

「はいっ!」


 とってもいい笑顔で返事をする杏奈。何だか逆に不安になるけど、隣から俺がサポートしていくことにしよう。

 ただ、俺の心配は杞憂だった。杏奈はたまに俺や百花さんにヘルプを求めることはあったけど、盛大にやらかしてしまうことはなかった。

 そして、俺と杏奈のバイトが残り15分ほどになったとき、


「今日もバイト頑張ってるね、大輝」


 およそ1ヶ月ぶりに、和奏姉さんと再会するのであった。

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