第18話『観覧車』
お昼ご飯を食べてからだいぶ時間が経ったので、ゴーカートを乗り終えた後はサクラの大好きな絶叫系アトラクションを中心に回る。
フリーフォールや空中ブランコなど本日初のアトラクションはもちろんのこと、2度目のジェットコースターにも挑戦。サクラはとても楽しそうに叫びまくっていた。そんなサクラがとても可愛くて。
絶叫系は人気が高く、どのアトラクションも20分から30分ほど並んだ。それが休憩時間になって、連続で絶叫マシンに乗っても気分が悪くなってしまうことはなかった。
絶叫系アトラクションを網羅したときには午後5時半近くになっており、陽も傾き始めていた。
「あぁ、絶叫しまくったぁ! 楽しかったぁ!」
「俺もたくさん叫んだよ。今日が今年一番叫んだ日になりそうだ」
「叫びまくってたよね。本当に今年一番になるかもしれないね。……もう夕方だし、最後に……あそこへ行こうか」
サクラの指さす先にあったのは……観覧車。東京パークランドで一番と言っていいほどの存在感を放つ大きな観覧車だ。
昔から、東京パークランドに来ると観覧車には必ず乗っている。
「観覧車か。ラストに相応しくていいな。空や日差しも少しずつ赤く変わってきて、いい景色が見られそうだ」
「期待できるよね! さっそく行こう!」
サクラに手を引かれる形で、俺達は観覧車に向かって歩き始める。
絶叫系のアトラクションに乗りまくったからか、サクラは今でも凄く元気だな。正直、俺は絶叫マシン連発でちょっと疲れてきているので、サクラの元気さと積極さに有り難みを感じた。
観覧車乗り場の前に到着し、列の最後尾に並ぶ。近くにいるスタッフの女性によると、10分ほどで観覧車に乗れるという。
「今でも、間近で見ると凄く大きな観覧車に見えるなぁ」
「本当に大きいよね。前にネットで調べたら、この観覧車は全長110mあるんだって」
「110mか! それを聞いたら、ますます大きく見えてきたぞ」
「大きいよねぇ」
よく、こんなに大きなものを作れたなぁ。高層の建築物を造った人達は本当に凄いし尊敬する。高いところは苦手じゃないけど、作業なんて俺にはできないと思う。
「そういえば、今までダイちゃんと2人きりで観覧車に乗ったことは全然ないよね」
「ほとんどないよな。確か、ゴンドラは4人乗りだから、家族ぐるみで行ったときは家ごとか、大人と子供で分かれて乗ることが多かったし。……ただ、一度か二度、和奏姉さんが2人きりにしてくれたことはあったか」
「そうだったね」
今思えば、それは俺とサクラが、お互いのことを好きだと知っていたから気を遣ってくれたのだろう。
「友達と一緒に行ったときも、男女で分かれたり、一緒に乗ったときがあっても他の子がいたりしたから、2人きりは一度もなかったかな」
「なかったと思う。……ひさしぶりにサクラと2人きりで乗るの、楽しみだな」
「私も」
少しの間でも2人きりの空間で過ごせると思うと、ドキドキしてくるな。
それから程なくして、俺達の乗る順番がやってきた。
男性のスタッフさんに案内されて、サクラ、俺の順番でゴンドラの中に入る。速度はゆっくりだけど、小さい頃はこの動くゴンドラに乗り降りするのが苦手だったな。
ゴンドラの中に入ると、俺達は向かい合うようにしてシートに座った。
スタッフさんが扉を閉めたことで、サクラとの2人きりの空間が完成する。
「サクラ。この観覧車って1周何分くらいだったっけ?」
「15分くらいだね」
「15分か」
ゴンドラはゆっ……くりと上昇しているし、100m以上の高さがあるなら、1周するのにもそのくらいの時間がかかるか。
今はまだパークランド内の様子くらいしか見ることができない。ただ、頂上付近に達すると、都心方面の高層ビルや富士山まで見られる。サクラが好きだと自覚してからは、景色よりも、景色を楽しむサクラのことを見ることの方が多かったけど。
「ダイちゃん」
「うん?」
「何の気もなしに、ダイちゃんの正面に座ったけど、隣に座った方が良かった? この観覧車のシート、並んで座っても大丈夫なくらいに長いし」
「隣同士に座るのも好きだけど、今みたいに向かい合って座るのも俺は好きだな。パッと全身が見られるし。それに、今は……夕陽が当たって特に綺麗だからさ」
「……う、嬉しいお言葉ですこと」
変な口調で話すと、夕陽に照らされていても分かるくらいにサクラの顔は真っ赤に。そんなサクラはニヤニヤとしている。
「サクラはどっちの方が好きなんだ?」
「わ、私もどっちも好きだよ。目の前にダイちゃんがいるのもいいなって思うし、隣にダイちゃんがいるのもいいって思えるから。ゴーカートで助手席に乗ったとき、ダイちゃんの横顔を見て凄く幸せだったからね」
「そっか。じゃあ、頂上付近になったら隣同士に座るか」
「それいいね!」
サクラはニッコリとした笑顔を見せてくれる。今日はこの笑顔をサクラはたくさん見せてくれたな。それだけ、今日の遊園地デートが楽しかったのだろう。
サクラと話していたから、ゴンドラはだいぶ高いところまで上がってきた。園内はもちろんのこと、周辺の街並みがよく見える。
「結構広い景色になってきたね。オレンジ色に照らされて綺麗だね」
「ああ。この時間帯に乗って良かったな」
「うんっ! 写真撮ろっと」
サクラはスカートのポケットからスマホを取り出して、観覧車から見える景色を撮影し始める。楽しそうに、カシャカシャとたくさん撮っているな。そんなサクラを俺はスマホで撮影した。
「……いいのが撮れた」
「えっ? どんな写真が撮れたの?」
「スマホで写真を撮るサクラ。いい笑顔だよ」
「まったく、勝手に撮って。……大切に保存しておいてね」
「もちろんだよ」
写真に写るサクラの笑顔はとても可愛いからな。パソコンにも保存したいし、プリントアウトしてアルバムにも貼っておきたいくらいだ。
「そろそろ頂上に近づいてきたね。そっちに行っていい?」
「ああ、どうぞ」
サクラが座れるように、俺はシートの左側へ移動する。
サクラは俺にくっつく形で隣に座る。なので、彼女から温もりはもちろんのこと、甘い匂いも感じられて。ドキドキしてきた。さっきはどっちの座り方も好きだって言ったけど、隣り合って座る方が好きになりそうだ。
「……やっぱり隣同士っていいね。ダイちゃんの温もりを感じるし。少し顔を向ければ、ダイちゃんのことは見えるし。隣同士に座れるスペースがあるなら、こうして座る方が好きだな。くっつけるのは大きいよ」
「……俺もサクラが隣に座ったとき、隣同士で座る方が好きになりそうだなって思った」
「そうなんだ。ダイちゃんと同じ気持ちで嬉しいな」
「……俺もだよ」
サクラの方に顔を向けると、すぐ目の前に俺を見つめるサクラの顔があって。目が合うと、サクラの顔に優しい笑みが広がって。
「ダイちゃん。キスしたい。観覧車の中でキスしたいって思っていたの」
サクラのその言葉に俺はしっかりと首肯する。
ダイちゃんから、とサクラはゆっくりと目を瞑った。そんな姿も可愛らしくて愛おしい。
サクラの言う通りに、俺からキスをする。色々な場所からサクラの温もりが感じられるけど、唇から伝わる温もりが一番優しく感じられた。
唇をゆっくり離すと、そこには幸せそうに俺を見つめるサクラがいた。
「ありがとう」
一言お礼を言うと、サクラは俺の右肩にそっと頭を乗せてきた。
今日は朝からサクラと一緒に遊園地でのデートを楽しみ、最後にキスできて。今、物凄く幸せな気持ちに浸っている。
だからこそ、もうすぐ帰路に就くことが寂しく思えて。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまう。それでも、観覧車は終わりに向かってゆっくりと動いている。
どうしたって時間は止められない。でも、こういうときもあったのだと、形に残して振り返ることはできる。
「サクラ。この体勢で自撮り写真を撮ってもいいか?」
「もちろん! 撮ったらLIME送って?」
「分かった」
俺はジャケットのポケットからスマホを取り出し、寄り添ってくれているサクラとの自撮り写真を撮影した。その写真に写るサクラはもちろんのこと、俺も……いい笑顔をしていると素直に思えた。
約束通り、LIMEでサクラに今撮った自撮り写真を送る。サクラは自分のスマホを確認すると嬉しそうに笑った。
「いい写真だね。大切にするね。ありがとう、ダイちゃん」
「どういたしまして。こちらこそありがとう」
「どういたしまして」
それから、ゴンドラから下りる直前まで、俺達はずっと寄り添い続けた。
ゴンドラから見える景色は夕陽に染まっていてとても美しい。きっと、この景色を忘れないだろう。そして、これからしばらくの間、夕焼けに染まる景色を見たら今日のことを思い出すのだろう。
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