第16話『ランドランチ』

「気持ち悪くはならなかったけど、かなりフラフラするな……」

「そうだね、ダイちゃん。少しの間、ここで休もうよ」

「……そうしよう」


 ハンドルをたくさん回しすぎたせいで、コーヒーカップが終了すると、サクラも俺もフラフラしてしまう。

 ただ、俺達のような来園者が結構いるのか、コーヒーカップの出口にはベンチがいくつも置かれていた。俺達は何とかベンチまで辿り着き、今は身を寄せ合いながらベンチに座って休んでいる。


「何事もほどほどがいいんだな……」

「そうだね。高2になって一つ学んだよ」

「そうだなぁ。ただ、あんなに回しても気持ち悪くなっていないのは、お昼ご飯をまだ食べていないからなんだろうな」

「きっとそうだろうね。私も昼食後だったら気分が悪くなっていたかも。小さい頃に比べて、かなり早く回った気がするから」

「俺も早く感じた」


 以前より体力があるし、ハンドルをたくさん回したのが大きかったのだろう。

 あと、昼食を食べた後は絶叫系のアトラクションは避けた方がいいな。リバース事案が発生する危険がある。

 リバースといえば……あっ、今も出口近くにゴミ箱が設置されている。今日も、あのゴミ箱にお世話になった人はいるのだろうか。とりあえず、ゴミ箱から変な臭いはしていないけど。


「気分が落ち着いてきたよ。ダイちゃんはどう?」

「俺もさっきよりマシになってきた」

「そっか。もう少しこのまま休もうか。……もう正午過ぎなんだね」

「そんな時間か」


 ジェットコースター、お化け屋敷、コーヒーカップと3つ廻ればそのくらいの時間にもなるか。最初の2つはアトラクションに入るまでそれなりに並んだし。


「お昼時だな。パークランドって、いくつも食事するところがあるよな。公式ページを見たら、色々なジャンルのお店があった」

「そうだね。ダイちゃんはどこか行きたいお店はある?」

「ここに来るのは4年ぶりだからなぁ。ただ、Nicedayっていうレストランが、幅広くメニューがあって良さそうだと思ったよ。どこかオススメのお店ってある?」

「Nicedayをオススメしようって思っていたの。何度か友達と行ったことがあって。メニューも豊富だし、美味しいよ。あと、パークランドの中では席が一番多いレストランなの」

「祝日のお昼時だから、席の多さは重要だな。じゃあ、今回はNicedayでお昼を食べようか」

「うんっ!」


 どこで食べるか話していたら、お腹が空いてきた。

 俺の気分も落ち着いてきたので、俺達はNicedayというレストランに向かって歩き始める。そのレストランに行くのは初めてなので、お店の雰囲気や料理がどんな感じなのか楽しみだ。


「今までレストランで食べることもあったけど、小さい頃に家族ぐるみで来たときには、お母さんと優子さんが作ったお弁当を食べたよね」

「食べたなぁ。好きなおかずばかりで嬉しかった。あと、母さんも美紀みきさんも張り切ってたくさん作ったから、父さんと哲也てつやおじさんが協力して食べていた記憶がある」

「食べてた食べてた。それで、お腹いっぱいで動けないからって、しばらくの間、お父さんと徹さんとは別行動を取ったよね」

「そうだったな」


 母さんと美紀さんが「無理して全部食べなくてもいいんだよ」と言いながらも、嬉しそうな笑顔を見せていたことを覚えている。

 来園したときにもらったパンフレットや案内板。サクラの記憶を頼りに、レストランNicedayへ無事に到着できた。テラス席もあるレストランなんだな。柔らかい風に乗って、カレーのいい匂いが香ってきた。

 中に入ると、既に多くのお客さんが食事を楽しんでいる。

 サクラ曰く、このレストランではまずカウンターで料理を受け取り、それから自分の好きな席に行って食事をする形式とのこと。

 俺達はカウンターに向かう列の最後尾に並ぶ。

 落ち着いた雰囲気の内装や、テーブルと椅子のデザインが、和奏姉さんが通う大学や百花さんが通う大学の食堂に似ている。そのことをサクラに話すと、


「何だか大学生になった気分だね。今は私服を着ているし」


 と楽しげに言ってくれた。もし、同じ大学に合格したら、私服姿のサクラと毎日キャンパスライフを送ることができるのか。もし、サクラと同じ志望大学だったら、必ず受験を乗り越えられそうな気がする。

 15分ほどしてカウンターに到着。俺はカツカレー、サクラはオムライスを注文し代金を支払う。

 俺達はすぐに注文した料理は受け取り、2人分の席が空いていないかどうか探す。


「……2人用のテーブル席は埋まってるな」

「そうだね。じゃあ、テラス席の方に行く? お店に入るときは座っている人はそんなにいなかったから」

「そうなのか。じゃあ、そっちで食べよう。屋外の席で食べることって全然ないし」

「うん! テラス席へ行こう!」


 サクラについていく形で、俺はレストランの外に出てテラス席へと向かう。

 すると、サクラの記憶通り、空いているテーブルがいくつもあった。俺達は通路側にある2人用のテーブルに座る。

 サクラが自分の注文したオムライスの写真をスマホで撮ったので、俺もカツカレーをスマホで撮影する。結構美味しそうなカレーだ。


「こっちに席が空いていて良かったね」

「ああ。今日はいい天気だし、むしろテラス席で良かったかもしれないな」

「私もそう思った! じゃあ、食べよっか」

「そうだな。いただきます」

「いただきます!」


 とんかつ一切れをカレールーの中に入れる。そのとんかつをスプーンで一口サイズに切り分け、ご飯と一緒に口の中に入れた。


「……美味い」


 カレーはスパイスが利いていてほどよく辛いし、カツも柔らかくて美味しい。甘口しか食べられない人じゃなければ、美味しいと思えるカツカレーだと思う。


「オムライスも美味しいよ」

「おぉ、良かったな」

「……後で一口交換しない?」

「サクラなら言うと思った。分かったよ」

「ありがとう。……あっ! あそこに杏奈ちゃんがいるよ!」

「えっ?」


 サクラが俺の背後の方を指さすので、そちらの方を向くと……本当に杏奈の姿が。ジーンズ姿にブラウスとラフな服装だ。杏奈は女の子達と楽しそうに話しながら歩いている。その子達は、彼女のクラスメイトの友達かな。彼女達の中には、入学直後に杏奈と一緒にマスバーガーに来ていた子もいるし。


「杏奈だな。友達と遊びに来たんだろうね」

「そうだね。おーい、杏奈ちゃーん」


 大きめの声で杏奈を呼び、杏奈の方に手を振るサクラ。

 すると、杏奈は驚いた様子でこちらを見る。ただ、すぐに笑顔になり、手を振ってこちらにやってくる。


「先輩方、こんにちは!」

「こんにちは、杏奈」

「杏奈ちゃん、こんにちは。杏奈ちゃんもここに来ていたんだね!」

「ええ! あちらにいるクラスメイトの友達と、親睦を深めるために。うちの教室でお昼ご飯を食べる子達です」


 そう言って、杏奈は友人達のいる方へと手で指す。俺達がそちらに顔を向けると、4人の女の子達が『こんにちはー』と挨拶をして、軽く頭を下げた。


「昨日のお昼休みにどこへ遊びに行くか話し合って、ここに決まったんです」

「そうだったんだね!」

「先輩方はデートですし、あたしも同じ日に行くと事前に話す必要もないかなって。ランド内で会ったら挨拶しようとは思ってました」

「なるほどね。杏奈ちゃんと会えて嬉しいよ! 驚いちゃった!」

「俺もだよ」

「そうでしたか。先輩方と会うのかな……と思っていましたけど、実際に会えると嬉しいですね!」


 そう言うと、杏奈はいつもの明るく可愛らしい笑みを見せてくれる。


「先輩方はお食事中なんですね」

「そうだよ。杏奈はお昼ご飯は食べたのか?」

「ええ。ついさっき、パスタ専門に扱うレストランで、ボロネーゼを食べてきました」

「あのお店のパスタも美味しいよね!」

「ええ! とても美味しかったです! みんなで一口交換し合ったりしました」


 どうやら、杏奈は友達と昼食を楽しんだみたいだ。

 あと、何度も来ているだけあって、サクラはそのパスタ専門のレストランに行ったことがあるのか。俺は一度も行ったことがないので、次にパークランドに来たときはそのレストランでご飯を食べたいな。


「これからまたアトラクションに行くんですけど、先輩方はどこのアトラクションに行きましたか? オススメがあったら教えてくれますか?」

「オススメか……」


 今までの杏奈の言葉からして、あそこにはまだ行っていないだろう。

 サクラと目を合わせると、サクラは一度ゆっくりと頷く。どうやら、俺と同じことを考えているようだ。俺が小声で「せーの」と言うと、


『お化け屋敷』


 見事にサクラと声とアトラクションが重なった。やっぱり、お化け屋敷だよな。あそこには一紗が扮した幽霊もいるし。

 お化け屋敷が好きなのだろうか。杏奈はぱあっ、と明るい笑みを浮かべる。


「お化け屋敷ですか! 今の2人のやり取りと、声が重なったのがちょっと気になりますが。お昼ご飯を食べているとき、お化け屋敷も行こうって話していたんですよ。じゃあ、ますはお化け屋敷に行ってみますね!」

「それがいい。きっと忘れられない時間になると思うよ」

「ダイちゃんの言う通りだね」


 一紗と出会えるだろうから。

 おそらく、杏奈は友達と一緒に入るだろうし、お化け屋敷の中は監視カメラもあるので、一紗が杏奈を襲う心配はないだろう。


「そんなに良かったんですね。じゃあ、友達もいますので、あたしはこれで失礼します。デートを楽しんでくださいね!」

「ありがとう。杏奈も友達と楽しんでね」

「楽しんでね! またね、杏奈ちゃん!」

「はいっ!」


 ペコリと頭を下げると、杏奈は友達のところへと戻っていった。友達と一緒に再び頭を下げると、杏奈はお化け屋敷のある方に向かって歩いていった。


「まさか、杏奈とも会えるとはな」

「バイトしてる一紗ちゃんと会ったから、もしかしたら杏奈ちゃんとも……って私は思っていたけどね。ただ、実際に会うと驚いちゃうね。お化け屋敷で杏奈ちゃんと会ったら、一紗ちゃんは喜ぶだろうね」

「そうだろうな。一紗が変なことをしなければ……杏奈もお化け屋敷をより楽しめるんじゃないかと思う」

「きっと、私のときみたいに抱きしめるくらいじゃないかな」

「そうだといいな。……さあ、冷めないうちに食べよう」

「そうだねっ! いただきます!」

「いただきます」


 それから、俺達は今まで行ったアトラクションの感想や、これからどのアトラクションに行くかなどを話しながらお昼ご飯を楽しむ。もちろん、途中で一口交換をして。

 俺の注文したカツカレーはもちろんのこと、サクラから一口もらったオムライスもとても美味しかった。ごちそうさまでした。

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