第9話『洗髪の思い出-後編-』
サクラが体を洗い終えたので、サクラと入れ替わる形で俺はバスチェアに座る。サクラが体を洗っていたからか、ボディーソープの甘い残り香が濃く感じられて。うちのボディーソープって、こんなにいい匂いがしたっけ?
「さあ、ダイちゃんの番だよ」
鏡に映るサクラを見ると、サクラはとても楽しそうに俺を見ている。俺の髪を洗うのがそんなに楽しみだったのかな。さっき、サクラの髪を洗ったときに、昔の思い出話をしたのもありそうだ。
「お願いします。俺が使っているシャンプーはその水色のボトルだ」
「はーい」
サクラはシャワーで俺の髪を濡らし、俺が教えた水色のボトルに入っているシャンプーを使って洗い始める。
サクラの手つき……優しくて気持ちいいな。ひさしぶりだから懐かしさもあって。こうして、サクラに髪を洗ってもらえる日がまた来るとはなぁ。嬉しすぎて涙が出ちゃいそうだ。今なら顔も濡れているし、泣いてもサクラにはバレないかな。
「ダイちゃん、どうかな?」
「とても気持ちいいよ」
「良かった。じゃあ、この調子で洗っていくね」
「ああ。あと……高校生になったから大丈夫だと思うけど、髪を洗っている間にいたずらとかしないでくれよ」
「大丈夫だよ。和奏ちゃんがいないからね」
サクラはニッコリと笑いながらそう言ってくれる。
あと、今の言い方だと、和奏姉さんがいたら今でもしていたように聞こえるぞ。姉さんが帰省したとき、3人で一緒に入るのが早くも不安になってきた。
「懐かしいな。ダイちゃんの髪を洗うの。こうする日がまた来るなんて。まあ、ダイちゃんのことがずっと好きだったし、恋人になれば今みたいに一緒にお風呂に入るだろうとは思っていたけどね!」
照れくさいのか、サクラ頬を赤くしながら笑う。
「そうか。俺も髪を洗ってもらって懐かしい気持ちになってる。もちろん、嬉しい気持ちが一番強いよ」
「そう言ってくれて嬉しい。……そうだ。昔みたいに筆を作ってもいい?」
「ああ、いいよ。さっき、昔話をしてサクラの髪で筆作りにトライしたし、俺の髪で作りたいって絶対に言われると思ってた」
「さすがはダイちゃん。私も昔の話をしたときに、ダイちゃんの髪で作ってみたいなぁって思っていたの。頑張って作るね!」
そう言って、鏡越しに向けてくれる無邪気な笑顔も懐かしい。
サクラは鼻歌を歌いながらシャンプーの付いた俺の髪を纏めていき、筆の形を作っていく。そのときのサクラはとても楽しそうで。童心に返っているのだろうか。
「はい、できたよ!」
「おおっ……」
鏡には、俺の髪が筆の形に美しく作られている。ひさしぶりに見たので、ちょっと感動してしまう。
「綺麗にできたなぁ」
「ありがとう。ひさしぶりに作ったけど、我ながらよくできた気がする!」
うんっ! とサクラはとても満足そうなご様子。昔は和奏姉さんと一緒に自画自賛していたなぁ。
「これからシャワーをかけて、形を崩すのがもったいないなぁ」
「気持ちは分かるけど、いつまでもこのままじゃいられないからね。それに、これからはやろうと思えばいつでもできるだろう?」
昔とは違って、今は一緒に住んでいるんだから。しかも、今は恋人同士だし。こういうことを言えるのも何だか嬉しかった。
「……そうだね」
えへへっ、とサクラは幸せそうに笑った。
その後、サクラにシャワーのお湯でシャンプーの泡を洗い流し、俺のタオルで髪を拭いてもらった。ここまでしてもらうと、自分が幼い子どもになった気分になる。
「はい、これで髪は終わりだね」
「ありがとう。体は……自分で洗うよ」
「分かった。じゃあ、私はお先に湯船に入らせてもらおうかな」
「それがいいよ。今日はいつもと違って濁り湯なんだし」
「それもそうだね」
良かった、入る気になってくれて。サクラはお風呂好きだし、今日みたいな普段と違うお湯のときは特に楽しんでほしい。
サクラからボディータオルを受け取り、体を洗い始めたようとしたとき、背後から「あぁ……」というサクラの可愛らしい声が聞こえてくる。
「温かくて気持ちいい。檜の香りもいい感じだよぉ」
「おぉ、そうか」
早く体を洗い終えて、俺も湯船に入ろう。そう考えながら俺は体を洗い始める。
檜の香りがする中で体を洗うと、まるで旅先のホテルの大浴場にいるようだ。でも、今はサクラと一緒にいるから、客室に付いている温泉か貸切温泉の方が正しいだろうか。
小さい頃から、ホテルの大浴場では普段よりも早めに体を洗って、湯船や温泉にゆっくり浸かるのが癖だ。檜の香りの影響か、その癖は今日も出た。
「よし、体を洗い終わったぞ」
「何だか早いように見えるけど」
「いつもと違うお湯に入るときは自然と早くなる」
「……それ分かるかも。早く入りたくなるよね。……今日のお湯は濁っているから、向かい合う形で入ってきて。体育座りのような感じで座れば入れるんじゃないかって思ってる。私も今はそんな風にしてる」
「了解」
「じゃあ、目を瞑るね」
そう言うのでゆっくり振り返ると、サクラはちゃんと目を瞑っている。濁り湯のおかげで、今はデコルテよりも下の部分は見えていない。それはそれで艶やかさを感じる。そう思いながら、ボディータオルを元のところに戻した。
俺はサクラの指示通り、彼女と向かい合うようにして湯船に浸かる。体育座りのような状態にすると、つま先が彼女に触れてしまう。触れている感じだと、当たっているのは彼女のつま先だろうか。
「ごめんな、サクラ。当たっちゃって」
「ううん、いいよ。ダイちゃんは体が大きめだし、このくらい触れるのは想定内だから。もう目を開けても大丈夫?」
「大丈夫だよ」
俺がそう言うと、サクラはゆっくり目を開ける。俺と視線が合うと、サクラは可愛らしい笑顔を見せてくれる。
「湯船に浸かっているダイちゃんの顔を見て、気持ちよさ倍増だね。この前みたいに隣同士に座るのもいいけど、向かい合って入るのもいいね」
「それは嬉しいお言葉だ。……本当に気持ちいいな」
「良かった。……檜の香りがするからか、貸切温泉に入っている感じがするよ」
「それは俺も思った」
「あとは……とても小さい頃に、速水家と桜井家で一緒に温泉旅行に行ったときのことを思い出すよ。幼稚園か小学1年生くらいまでは、一緒に旅行に行くとダイちゃんは女湯に入っていたよね」
「そうだったな」
幼かったこともあってか、当時は躊躇いなく「一緒に温泉に入ろう!」って誘ってくれたな。俺も向こうから誘ってくれるなら大丈夫だと思って、二つ返事で一緒に女湯に入ることを了承していた。
「そういうときも、サクラや和奏姉さんに髪を洗ってもらったり、背中を流してもらったりしたことがあったな」
「あったあった。速水家のみんなと一緒に行く旅行、楽しかったなぁ。またいつか、家族ぐるみの旅行をしたいな。もちろん、ダイちゃんと2人きりでも行ってみたい」
「……そうだな」
ゴールデンウィークは5連休中に和奏姉さんが帰省するから無理だけど、夏休みに行ってみたいな。来年は受験があるから、高校2年生の間に一度は行きたいところだ。今後はバイト代のうちのいくらかは、旅行資金として貯金しておくか。
「一緒にお風呂に入るのが気持ちいいし、ゴールデンウィーク中のお出かけで日帰り温泉っていうのもいいかもね。貸切温泉とか」
「俺も一つの候補として温泉は考えてる」
「そうなんだ。……5月の5連休には和奏ちゃんが帰ってくるから、お出かけするのは来週の29日がいいかな」
「それがいいな。一緒に住んでいるし、話す機会はたくさんあるけど、場所によっては予約が必要になる。週末くらいまでには行き先を決めようか。ここ一緒に行きたい! って思える行き先が思いついたらいつでも言ってきて。俺もそうする」
「分かった!」
元気にそう言うと、サクラは笑顔で頷いた。
29日は今からちょうど1週間後。まだ行き先は決まっていないけど、29日が楽しみになってきた。早く29日が来てほしい。
それにしても、檜の香りと濁り湯でサクラの体が見えないこともあって、前回と比べて結構ゆったり入浴できている。一糸纏わぬ姿のサクラが目の前にいるので、もちろんドキドキはしているけど。
ただ、改めて入浴しているサクラを正面から見ると……凄く艶やかだ。昔話をして、昔のサクラをたくさん思い出したからか、とても大人な雰囲気がある。
「どうしたの? 私のことをじっと見つめて」
「……気持ち良さそうに入浴する姿が凄くいいなって思って。ドキドキしてる」
「ふふっ。正直だね、ダイちゃんは。私もダイちゃんが目の前にいてドキドキしてるよ。もちろん幸せな気持ちもあって。……この前みたいにキスしたいな。そうすれば、もっともっとお風呂が気持ち良く思えるだろうから」
「いいよ。俺もキスしたいと思っていたし」
「……ありがとう」
そんなお礼の言葉を口にすると、サクラはとても優しい笑顔を向けてくれる。そして、胸などが見えないようにしながら、顔を俺に近づけてくる。
今の自分の姿勢だとキスしづらそうなので、前傾姿勢になって、俺からもサクラと顔を近づけていく。そして、サクラの唇に吸い込まれるようにしてキスした。
「んっ……」
一緒に入浴していることのドキドキもあって、唇を重ねてすぐにサクラと舌を絡ませていく。そのことで、サクラは甘い声を漏らす。浴室だからそんな声も響いて。
俺の方から唇を話すと、サクラはうっとりとした様子で俺を見つめてくる。
「もっとキスしていい?」
サクラのその言葉に首肯すると、サクラはそっとキスしてきた。いつものキスよりもドキドキするけど、次第に心地良さや癒しが感じられてきて。ずっと唇を重ねたままでもいいと思えるくらいに気持ちが良くて。幸せだ。
入浴剤効果もあって、前回よりもだいぶ長くサクラと入浴したのであった。
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