第54話『映画』
午前9時47分。
俺達4人が乗る快速電車は定刻通りに琴宿駅に到着した。四鷹駅から17分だし、ずっと話していたからあっという間だった。
駅周辺には多くの商業施設や高層ビルがあり、駅自体もとても多くの路線が乗り入れるためか、琴宿駅で降車する人は多い。はぐれてしまわないよう、俺達はお互いの姿を逐一確認しながら、映画館に一番近い南口から駅の外に出た。
さすがは23区。四鷹駅周辺とは違って、高層ビルや大きな商業施設が多く、人の多さもかなりのものだ。
「琴宿に来ると、毎回『都会に来た!』って気持ちになるよ」
「あたしもです! 年に数えるほどしか来ないからでしょうかね」
「さすがは都心って感じよね。近くは都庁があるし、琴宿駅は世界で一番利用客の多い駅だから。四鷹駅の周りとは雰囲気が違うものね。都会よね」
普段来ない場所に来たからか、3人のテンションは高め。彼女達の会話に俺は頷く。何だか、俺達が田舎者な感じがしてきた。
「さあ、映画館に行こうか」
俺達は映画館に向かって歩き始める。
これから行く映画館が入っている商業ビルは、少し遠くではあるものの琴宿駅の南口を出た時点ではっきり見える。そのビルまでは一本道。なので、俺達は迷うことなく行くことができた。一度、周りの景色を楽しんでいるサクラと杏奈とはぐれかけたけど。
ビルに入り、エレベーターで映画館の受付があるフロアへ向かう。
受付に行くとそこにはかなり多くの人が。今日は土曜日で、興行収入が100億円近く見込める『名探偵クリス』の公開初日だからだろうか。
「お客さんがいっぱいいますね。クリス効果でしょうか」
「今日が公開初日だもんね。クリスは大人気だし」
「人がたくさん並んでいるわね。もう少し早めに来た方が良かったかしら」
「その列は券売機の列だよ、一紗。俺達はネットで予約しているから、あっちにある発券機でチケットを発行するんだ」
券売機の列はかなり長いものとなっているけど、俺が指さす先にある発券機の列はあまり長くない。見たところ、数分並べば発券機に辿り着けると思う。
「そうなのね。私はいつも券売機でチケットを買うから知らなかったわ」
「そうか。じゃあ、俺はチケットを発券してくるから、3人はここら辺で待っていてくれ」
「分かったわ、大輝君」
「いってらっしゃい、ダイちゃん」
「チケットよろしくお願いします」
俺1人で発券機の列に並ぶ。
これまでにも何度か、ネットで予約し、発券機でチケットを発券することは経験している。でも、サクラ達の分も予約したのは初めてだから不安があって。数回ほど会員ページで、10時30分の上映回でチケットを4枚予約できているのを確認しているから、大丈夫だと思うけど。
さっきの予想通り、数分ほどで俺は券売機に辿り着く。
券売機を操作していくと……画面にはちゃんと高校生で4枚予約されているのを確認。そのことに一安心。
発券ボタンを押して、映画のチケットが4枚発券された。『名探偵クリス』の10時30分の上映回で、席番号も4つ連続で記載されている。思わず「良かった」と声が漏れてしまった。
俺はグッズ売り場の近くで待っているサクラ達のところへ戻る。
「みんな、お待たせ。ちゃんと発券できたよ」
「ありがとう、ダイちゃん」
「ありがとうございます」
「ありがとう。予約しておいて正解だったわね。もう夕方の上映回までほとんど売れているわ。もし、予約していなかったら、今日、4人並んで座って観るのは難しかったでしょうね」
「そうだな」
クリスの人気は凄いと実感する。昨日のお昼に予約しておいて本当に良かった。
「ところで、相談がある。発券したチケットの席番号が4番から7番まであるんだ。4番が通路側の席だよ。俺はどこでもかまわないから、3人は好きな席を選んでほしい」
「私、大輝君の隣がいい!」
とても張り切った様子で手を挙げる一紗。それは予想通りだ。カラオケに行ったときも、最初に俺の隣に座ってみたいと言っていたし。
「私も……ダイちゃんの隣がいいな。一緒にクリスを観に来たのは4年ぶりだし」
一紗よりも落ち着いた様子で言うサクラ。隣がいいと言ってくれることはとても嬉しい。ひさしぶりに映画に来たので、サクラと隣同士の席に座って観てみたい気持ちもある。
「あたしも……大輝先輩の隣で一度観てみたいですね。バイトでは先輩が隣やすぐ後ろにいてくれると安心しますし。四鷹から萩窪まで、電車で隣同士に座ったときもいいなぁって思いましたし」
杏奈も名乗り出たのか、一紗もサクラも見開いた目で杏奈を見ている。
まさか、杏奈まで俺の隣に座りたいと言ってくれるとは。バイトで、俺が側にいると安心してくれるのは先輩として嬉しい気持ちになる。
「文香さんは予想できたけど、杏奈さんまで希望するなんてね。ここは公平にじゃんけんしましょうか。勝った2名が大輝君の隣に座れるということで」
「それでいいよ、一紗ちゃん」
「あたしも賛成です」
「決定ね。じゃあ、さっそくいくわよ」
『じゃーんけーんぽん!』
サクラ、一紗、杏奈は気合いを入れた様子でじゃんけんをする。だからか、近くにいるお客さんがこちらを観ているよ。
『あーいこーでしょ!』
高校生になってから、ここまで元気よくじゃんけんをする様子を見るのは初めてだ。3人とも俺の隣の席に座りたいんだな。
何度かあいこになった後、一度で勝者2名が決まった。
「やったわ!」
「隣よろしくね、ダイちゃん」
「あぁ、負けてしまいましたか。勝負の結果ですから、仕方ありませんね」
勝者2名はサクラと一紗、敗者は杏奈という結果になった。
通路側がいいと杏奈が申し出たため、杏奈が4番、サクラが5番、俺が6番、一紗が7番の席に座ることになった。3人に該当番号のチケットを渡した。
ちなみに、チケット代は俺のスマホの通話料で決済する形を取っている。なので、3人からは昨日のうちに現金でチケット代をもらった。
「開場時間まであと15分くらいか」
「そうだね。……ダイちゃん、パンフレットを買って上映が開始するまでに、犯人が誰か予想しない?」
「いいよ。ひさしぶりにやってみようか」
今までサクラと一緒にクリスを観に行ったときは、上映前にパンフレットを買い、始まるまでの間に誰が犯人か予想するのが恒例だった。当てられたら、自販機でジュースを奢ったこともあったっけ。
「先輩方もやるんですね! あたしもクリスファンの友達と行くときは予想してます」
「私はやったことがないけれど、面白そうね」
「それじゃ、まずはパンフレットを買うか」
それから開場時間までの間は、購入したパンフレットを見て、誰が犯人なのかを予想したり、売店でポップコーンや飲み物を買ったり、お手洗いを済ませたりした。そんなことをしていたからか、開場時間になるまではあっという間だった。
チケットを渡してゲートを通り、俺達はクリスが上映されるスクリーンへと向かう。そのスクリーンはこの映画館で最も大きなものだ。
俺達はチケットに記載されている番号に従って席に座る。カラオケに言ったときと同じように、左隣がサクラで、右隣が一紗だ。
「後ろの方なので、通路側の席でもスクリーンが見やすいですね。隣が文香先輩だけなので、気持ち的にゆったりできます」
「そう言ってくれて私も嬉しいよ。杏奈ちゃんと隣だから新鮮な気持ちもあるけど、ダイちゃんの隣でもあるから懐かしい気持ちもあるの」
「俺もサクラと一紗に挟まれているから、懐かしさと新鮮さがあるよ」
「私は大輝君の隣に座れて、幸せな気持ちでいっぱいよ。この時点でどんな内容でも、今年のクリスは名作決定だわ」
全く根拠になってない。それでも、一紗にとっては、今年のクリスが名作であることは揺るぎないのだろう。
ただ、今の時点でそう断言できてしまうところが一紗らしい。そして、Lサイズの塩味ポップコーンをパクパクと食べ始めているところも。
ちなみに、サクラがキャラメル味のポップコーンを買っている。ただし、こちらはMサイズ。
「あっ、大輝君達も塩味ポップコーンを食べたくなったら、遠慮なく食べてね」
「分かったよ」
「ありがとね。私のキャラメルポップコーンも食べたくなったら食べて」
「分かった、サクラ」
「ありがとうございます、先輩」
「ありがとう、文香さん。上映中は暗くて渡しづらいかもしれないから、今、一口もらっていいかしら?」
「もちろん! じゃあ、塩味ポップコーンを一口くれる?」
「あたしの分もお願いできますか?」
「ええ、いいわよ」
俺の目の前で、サクラと一紗によるポップコーンのトレードが行われる。そして、女子3人はトレードしたポップコーンを美味しそうに食べている。左右からサクサクとした音が。美味しそうな音だし、このくらいの大きさなら上映中も気にならないかな。
俺は……両方取りやすい位置にあるから、今はいいかな。上映中にそれぞれ一口ずついただくことにしよう。
「ねえねえ、大輝君」
一紗はそう話しかけると、ゆっくりと顔を近づけて、
「怖くなったら、いつでも私の腕を抱きしめたり、胸に顔を埋めたりしていいからね」
と囁いてきた。サクラからもらったキャラメルコーンを食べたからか、彼女の吐息から優しい甘い匂いが感じる。あと、胸に顔を埋めていいと言われたので、一紗の胸元を見てしまう。谷間がチラッと見える。
「ホ、ホラー映画じゃないし、クリスに怖い要素はないだろう。でも、その気持ちは受け取っておくよ」
むしろ、一紗の方が腕を抱きしめたり、胸に顔を埋めたりしてきそう。暗いのをいいことに一紗に何かされないかどうかが上映中、一番怖いかもしれない。
気持ちだけでも受け取ると言っておいたのが良かったのか、一紗は特に不満そうな表情を見せることはなかった。
それからすぐに上映開始時間になったため、館内の照明が消される。
そして、近日公開予定の作品の予告編が流れ始める。
観る作品によっては、この予告編はつまらなくて非常に長く感じる。ただ、今回は『名探偵クリス』というアニメーション作品の前だからか、予告編もアニメーションかティーンズ向けの実写作品中心。なので、つまらなさは感じずに本編へと突入した。
『僕は高校生探偵――』
始まってから数分。メインテーマをBGMにした、劇場版恒例の紹介パートに突入したとき、左手に温もりを感じるようになった。そちらを見てみると、サクラが右手を俺の左手に乗せているではありませんか。
サクラの顔を見ると、彼女と目が合う。サクラははにかみ、顔をそっと近づけてくる。
「いいかな、乗せてても。手はちゃんとハンカチで拭いたから」
と、俺の耳元で話してきた。キャラメルポップコーンを食べているからか、一紗のときよりも甘い匂いが強くて。凄くドキドキしてくる。
「……いいよ。その代わり、キャラメル味のポップコーンを一口もらうぞ」
「うんっ」
俺は右手でサクラのキャラメル味のポップコーンを3粒取り、口の中に入れる。とても甘くて美味しい。そのことをサクラに伝えると、彼女は笑顔で頷いてくれた。
俺達の会話に気づいたのか、サクラの後ろから杏奈がニヤニヤしながらこちらを見ていた。映画の後にいじられるかもしれないな。
手を重ねているからか、サクラと一緒に映画を観に来たんだって実感できる。さっき、今年の名探偵クリスは名作決定だと一紗が言った理由が分かった気がした。
隣の席で観ているサクラのことが気になるけど、映画の方に集中しよう。そう思って、スクリーンを再び観る。しかし、その直後、
「妬けちゃうわ」
一紗のそんな声が聞こえた瞬間、右肩に若干の重みが。それと同時に、その方向から甘い匂いが香ってくる。
チラッと見てみると、俺の右肩に一紗が頭を乗せているではありませんか。一紗は俺と目が合うと、妖艶な笑みを浮かべた。
「しばらくの間、このままでもいいかしら?」
俺にしか聞こえない声で、一紗はそう言ってくる。
「ああ、いいぞ」
一紗を見ながらそう答えると、一紗は嬉しそうな笑顔になり、右手で塩味のポップコーンを俺の口元に持ってきた。俺が口を大きめに開けると、
「ありがとう」
と呟いて、俺の口の中にポップコーンを入れた。さっきキャラメル味のポップコーンを食べたので、さっぱりとした塩味がとても美味しく感じられる。
左からサクラ、右から一紗。2人の女の子の温もりを感じながら、俺は映画を見続けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます