第17話『金髪の君は。』

 午後の授業も、午前と同様に担当する先生の自己紹介や学生時代の思い出話、教科のざっくりとした説明であっという間だった。

 これからの授業も、今日みたいに時間が早く過ぎていけばいいのにな。ただ、その願いが叶う可能性は低そうな気がした。



 放課後。

 今日から掃除が始まる。今週は一紗のいる班が担当する。最初から担当するのは大変そうだけど、一紗は特に気にしていないようだ。今日含めて2日しかやらないからかな。

 また、今日から仮入部期間。期間中、女子テニス部に入っている小泉さんはもちろんのこと、サクラと一紗も毎日部活に顔を出すとのこと。ちなみに、サクラの入部している手芸部は火曜日と木曜日、一紗の入部している文芸部は月曜日と木曜日に活動している。

 仮入部期間が終わるまでは、俺は羽柴と2人で下校することになりそうだ。

 昇降口を出ると、羽柴は自転車を取りに駐輪場に行くため一旦別れる。

 昇降口から校門までの間は、部活の勧誘のためかチラシを持った生徒が大勢いる。ただ、ジャケットのラペルホールに嵌められている青い校章バッジを見てか、俺にチラシを渡してくる生徒はあまりいなかった。ちなみに、四鷹高校は入学年度で色が変わる。俺達2年生は青、1年生は赤、3年生は緑だ。

 校門近くで羽柴と合流し、四鷹駅の方に向かって歩いていく。


「去年ほどじゃないけどチラシもらったな」

「ああ。昨日の部活説明会で、文化系中心に2年生と3年生も入部してって言っていたからな。今日もらったのは料理部、ボードゲーム部、将棋部か」

「どれも興味がないわけじゃないけど、部活に入りたいほどじゃねえな」

「俺も同じだ」


 料理はたまに家でやるし、ボードゲームや将棋もサクラ達とできるし。

 きっと、サクラと一紗、小泉さんもそれぞれ入っている部活のチラシを渡すのだろう。みんな魅力的な女の子達だから、チラシがすぐになくなりそう。むしろ、自分からもらいに行く生徒もいそうだ。

 あと、チラシを渡すときは、サクラは猫耳カチューシャを付けるのだろうか。部活説明会でも付けていたしあり得そう。


「今、桜井達のことを考えていただろう。あと、桜井はチラシを渡すときに猫耳カチューシャを付けるかどうかって」

「……何で分かるんだよ」

「顔を見たらすぐに分かった」


 ははっ、と羽柴は爽やかに笑う。俺って顔に出やすいタイプなのかな。

 四鷹駅まで徒歩数分の近さなのもあって、羽柴と話していたら、あっという間に駅が見えてきた。その手前にあるバイト先のマスバーガーも。


「俺、アニメイクに行ってから、マスバーガーに飲み物を買いに行くわ」

「分かった、待ってるよ」

「じゃあ、また後でな」


 マスバーガーの前で羽柴と別れる。これからバイトだけど、親友が来てくれると分かるといつもよりもやる気が出てくるな。

 従業員用の出入り口からスタッフルームに行くと、そこにはコーヒーを飲んで休憩をしている百花さんの姿があった。百花さんは四鷹駅の北側にある日本美術大学に通う2年生。俺にマスバーガーでのバイトのノウハウを教えてくれた方だ。自分で一通りの仕事ができるようになったけど、今も彼女が一緒だと心強く思っている。

 俺と目が合うと、百花さんはいつもの明るい笑みを浮かべて俺に手を振ってくる。俺はそんな百花さんに向かって頭を下げる。


「お疲れ様です、百花さん」

「お疲れ様、大輝君。この時間に来るってことは、もう授業が始まったの?」

「はい。今日から2年生の授業が始まりました」

「そうなんだ。授業初日お疲れ様!」

「ありがとうございます」


 笑顔で百花さんに「お疲れ様!」って言われると、授業での疲れが取れていく。バイト始めた当初から、百花さんの笑顔は癒しになっていた。同い年の和奏姉さんもいるから、ちょっと年上の女性の笑顔はいいなと思えるのだ。


「大学の方はもう講義が始まったんですか?」

「ううん、講義は来週から始まるよ。今週はオリエンテーションとかガイダンス期間。あたしは2年生だから、ガイダンスと健康診断だけ。何の予定のない日もあるし、楽ちんだよ」

「そうなんですね」


 大学は高校までとはちょっと違うようだ。


「サークルの部屋に行っていたことが多いな。新入生達をどうやって勧誘するか考えたり、新歓の予定を立てたりしていたよ。もちろん、ガールズラブのアニメを見ながらね」

「ははっ、そうですか」


 百花さんの入っているサークルは『百合作品研究会』。通称『百合研』。女の子同士の恋愛を扱った作品について語り合ったり、大学の文化祭や漫画や小説イベントに冊子を作って販売したりしているそうだ。去年の秋に大学の文化祭に羽柴と一緒に行き、百合研の冊子を買ったっけ。


「やあ、大輝君。学校お疲れ様」

「お疲れ様です、店長」

「今日も仕事よろしくね」

「はい。すぐに着替えてきますね」

「じゃあ、着替え終わったら、あたしと一緒にフロアに行こうか!」

「分かりました」


 男性用のロッカールームに行き、学校の制服から、マスバーガーの制服に着替える。よし、今日もバイトを頑張るか。今日は短めで午後6時までだし。

 スタッフルームに戻ると、百花さんは出入り口付近に百花さんが立っていた。約束通り、彼女と一緒にフロアへと向かい、今日の仕事を始める。

 新年度が始まり、平日の夕方という時間帯もあってか、学生服姿のお客さんが多い。その中にはもちろん、四鷹高校の制服を着た生徒もいる。高校だとうちが一番近いし、学校から最寄りの四鷹駅までの通り道だもんな。


「よお、速水」


 気付けば、俺の目の前に羽柴の姿があった。俺と目が合うと、彼は爽やかな笑みを浮かべて俺に手を挙げる。今までも、俺だけがバイトがある日は、たまにこうしてお店に来てくれることがあった。そして、彼が来ると、大抵は店内にいる若い女性のお客さんが黄色い声を上げるのだ。


「おっ、いらっしゃいませ、羽柴」

「お疲れさん。合田さんもこんにちは」

「うんっ、こんにちは、羽柴君」


 百花さんは可愛らしい笑顔を浮かべ、羽柴に手を振る。

 羽柴と百花さんは俺を通じて知り合った。羽柴も百合作品が好きなので気が合い、文化祭で百合研の冊子を買ったとき、2人が百合について熱く語っていたっけ。今年は羽柴だけじゃなく、サクラや一紗と一緒に大学の文化祭に行きたいな。


「ご注文は何になさいますか? 飲み物を買うって言っていたけど」

「アイスレモンティーのMサイズを一つ。ガムシロップは2つほしい。持ち帰りで。家でそれを飲みながら、さっき買ったファンタジーラノベを読むわ。新シリーズだし、読み終わったら学校に持ってくるわ」

「ありがとう。290円になります」


 俺は羽柴に代金を受け取り、注文されたアイスレモンティーを用意する。

 ファンタジー系のラノベはアニメ化された作品くらいしか読んだことがない。好みに合うかどうか分からないけど、羽柴が読み終わるのを楽しみに待っておこう。


「お待たせしました。アイスレモンティーのMサイズです。あとはガムシロップ2つ」

「サンキュ。じゃあ、バイト頑張れよ。また明日な」

「ああ、また明日」


 レモンティーとガムシロップの入った手提げを持って、羽柴はお店を後にした。そのときはいつも、今日のように店内にいる女性のお客さんの何人かは残念がるのだ。こういう光景を2年生の間に何度見るんだろうな。


「こんにちは! お兄さん!」


 おっ、この元気で可愛らしい声は……金髪の子だな。


「いらっしゃいま……せ」


 確かに、カウンターを挟んで金髪の子が立っていた。彼女は小動物のような明るくて愛らしさを抱かせる笑顔を俺に見せてくれている。ただ、彼女が着ている服は――。


「……四鷹高校の生徒さんなんですね」


 そう、四鷹高校の制服を着ているのだ。ラペルホールに付けられている校章バッジの色を見ると……赤。つまり、1年生か。彼女は女子生徒3人と一緒に来ており、そのうちの1人の茶髪の子は以前から金髪の子と一緒に何度か来てくれている子だ。

 金髪の子は俺の目を見てしっかりと頷く。


「はい! 一昨日、四鷹高校に入学しました! 今日はクラスメイトと一緒に。気付かれているかもしれませんが、1人は中学から一緒の子です」

「どうも!」


 茶髪の子は一言明るく挨拶をすると、笑みを浮かべて俺に軽く頭を下げる。反射的に俺も頭を下げる。


「前からお話ししているので、お兄さんに高校の制服を見せたいと思いまして。一昨日と昨日、帰りに店内をチラッと見たんですけど、お兄さんの姿がなくて。高校でお兄さんを探すのも良かったんですけど、お兄さんとの場所はここだと思っているので……」

「これまで店内でしか話していませんよね。あと、俺が四鷹高校の生徒だって知っていたんですね」

「ええ。平日の夕方に、オリオなどで四鷹高校の制服を着ているお兄さんを見かけたことがありましたので」

「なるほど、そういうことでしたか」


 放課後にバイトがないときは、オリオに立ち寄ることは多いからな。だから、金髪の子は俺が四鷹高校の生徒だと知っていたと。


「なので、これからは学校でも会えるといいですね。……先輩」


 まさか、こういう形で後輩の生徒から『先輩』と呼ばれるなんて。結構嬉しいもんだな。だからか、頬が緩んでしまう。


「……そうですね。ええと……お名前は何でしたっけ。何度か『あんな』という言葉に反応していたのは覚えているんですけど」


 この子に苗字で言っていた子はいただろうか。全然思い出せない。

 あと、今までお客さんとして敬語で接していたから、金髪の子が学校の後輩だと分かっても敬語になってしまうな。

 すると、金髪の子は「ふふっ」と声に出して楽しそうに笑う。


「そういう形でも下の名前を覚えてもらえて嬉しいですね。小鳥遊杏奈たかなしあんなといいます。1年5組です。武蔵南中学校出身です」

「武蔵南中……駅の北側の地域ですね」


 だから、平日休日問わず、小鳥遊さんは何度も来店してくれたんだろうな。あと、武蔵南中は羽柴の出身校だったな。


「自分の方は名札がついているので、苗字は分かっていると思いますが。速水大輝といいます。2年3組です。四鷹第一中学出身です」

「速水先輩も地元の方なんですね」


 おおっ、速水先輩か。この呼ばれ方もいい響き。大輝先輩って呼ばれたらどんな感じなのか気になったけど、その要望をする勇気はない。それに、今はバイト中だし。


「学校の先輩後輩ですし、お互いにここが地元なので、これからお世話になることがあるかもしれませんね」

「そうですね。そのときはよろしくお願いします」

「はい! よろしくですっ!」


 元気に返事ができて大変よろしい。去年のゴールデンウィーク明けに初めて接客したときは笑みこそ浮かべていたものの、どこか寂しげだったことを覚えている。だから、今の小鳥遊さんの笑顔を見ると安心する。

 あと、小鳥遊さんは高校生になって、俺と先輩後輩の関係になったからか、今までよりも少し砕けた感じになったな。砕けた感じでも可愛い。

 それから、小鳥遊さんはセットメニューを注文し、テーブル席で友達と談笑する。たまにこちらを見てくることも。うちの高校の後輩になったと分かると、今まで以上に可愛らしく思えてくる。そのことに元気ももらいながらバイトを頑張るのであった。

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