第7話『クレーンゲーム』
今日はまずオリオ四鷹店の中を廻り、お昼時になったら小泉さんご希望の定食屋さんで昼食。午後は駅の南口の近くにあるカラオケ店に行くという流れだ。
四鷹駅の改札近くの入口からオリオに入る。
サクラと一緒に、オリオの中を歩ける日がまた来るなんて。喧嘩をするまでは放課後や休日にサクラとよく来ていた。和奏姉さんが小学生の間は姉さんと3人で。だから、懐かしい気持ちになる。
「懐かしい気持ちになるね、ダイちゃん」
「サクラもか。休日や放課後にたまに見かけることはあったけど、こうして一緒にオリオの中を歩くのは3年ぶりだもんな」
「そうだね。私もたまにダイちゃんを見かけることがあったよ。アニメイクとかツリーレコードとかで」
「その2つはよく行くからな。サクラをアニメイクで見かけたことが何度もあった」
きっと、お互いに気付いていたことが何度もあったんだろう。ただ、声をかける勇気がなくて、この3年間は見かけてもサクラと話すことはなかった。
「3年ぶり?」
一紗はきょとんとした様子になり、首を傾げる。そうか、一紗は3年前のことを知らないから、今の俺達の会話に疑問を抱いたのだろう。
3年前の一件を知っている羽柴と小泉さんは、少し気まずそうな表情を見せていた。
俺はサクラと視線を合わせる。すると、サクラは微笑んでゆっくりと頷く。
「うん、3年ぶり。ざっくり言うと、中2の初め頃に色々とあって。そのことで、ダイちゃんと私の間に凄く距離ができちゃったの」
「だから、オリオに一緒に来ることはなかったんだよ。時間が経って、登下校を一緒にしたりするようになったけど。春休みにサクラが引っ越してきて、例の窃盗犯のことをきっかけに仲直りできたんだ」
「そうだったの。あの事件のあった日はともかく、昨日と今日はとても仲良くしているから意外ね。何にせよ、仲直りできて良かったわね」
美しい笑みを浮かべてそう言うと、一紗はサクラと俺のわだかまりについてそれ以上訊くことはなかった。何だか意外だ。俺のことが好きだし、サクラとのことなので興味を持つかと思ったんだけど。昨日は、俺と話した金髪の子について凄く訊いてきたから。
平日のお昼前だからか、人はそこまで多くない。私服だから四鷹高校の生徒かどうかは定かではないけど、俺達くらいの年齢の人がちらほらいるな。
アパレル系のショップが見えると、サクラや一紗、小泉さんが興味を示したので立ち寄る。羽柴などのオタク仲間だけだと真っ先にアニメイクに行くことが多いけど、普段とは別の流れでオリオの中を回るのもいいな。
たまにショップを見ながら歩いていくと、俺達はゲームコーナーに立ち寄る。アーケードゲームやクレーンゲーム、メダルゲームなどゲームセンターにも匹敵するほどの充実差を誇る。
昔はサクラと和奏姉さんとよく来ていたし、高校生になってからも羽柴などの友人とたまに遊びに来ている。
「おっ、新作の真夏先生フィギュアじゃねえか! あぁ、取りてぇ……」
クレーンゲームのコーナーに入ってすぐ、羽柴は興奮した様子でそう言う。食いつくように見るクレーンゲームの中には、『俺達、受験に勝ってみせます!』というラブコメ漫画に登場する真夏先生のフィギュアが置かれている。先生の服装は漫画やアニメにはない高校の制服姿だ。ちなみに、真夏先生は羽柴の推しキャラ。
「真夏先生って俺勝のキャラクターだっけ。去年の夏休みに文香が録画したアニメのBlu-rayを借りて観たよ」
「私は原作漫画も読んだし、アニメも観たわ。文芸部でも話題になっていて、真夏先生の人気はとても高い記憶があるわ」
「真夏先生は羽柴が凄く推しているキャラクターなんだ」
「そういえば、春休み中にOVAを観たとき、羽柴君……真夏先生のウェディングドレス姿が可愛いって興奮していたね」
「ああ。あれをきっかけにさらに好きになったぞ! よし、俺、制服真夏先生をお迎えするぜ!」
「分かった、頑張れ。散財しないように気を付けろよ。昼飯代とカラオケ代くらいは貸すけどさ。俺達、他のクレーンゲームとかを見てるから」
「おう!」
羽柴は俺達に向かってサムズアップすると、さっそくクレーンゲームに500円玉を投入する。彼はクレーンゲームでは波のあるタイプ。早く取れることを祈ろう。
4人になった俺達は引き続きクレーンゲームコーナーの中を歩く。お菓子やおもちゃなど色々な景品があるな。
「あっ、猫の新しいぬいぐるみが入ってる! 可愛いなぁ」
サクラは立ち止まり、目を輝かせてクレーンゲームの方を見る。その姿はさっきの羽柴と重なる部分がある。サクラはぬいぐるみも猫も大好きだからな。彼女のベッドにも三毛猫の大きなぬいぐるみがあるし。
クレーンゲームの中には、黒白のハチ割れ猫のぬいぐるみが入っている。彼女の部屋にあるぬいぐるみほど大きくはないが、抱きしめるのにはちょうど良さそうだ。
「凄い食いつきね、文香さん。さすがは手芸部」
「ぬいぐるみも猫も大好きだからね! 猫のぬいぐるみなんて最高だよ!」
「文香のベッドには大きな三毛猫のぬいぐるみがあるもんね。それを抱きしめて寝るんだよね」
「うん、凄く気持ちいいの」
「本当に好きなのね。私も猫派だから、文香さんが欲しがる気持ちは分かるわ。自分の部屋にも小さな猫のぬいぐるみがあるの」
「そうなんだ!」
一紗が自分と同じく猫派だと分かってか、サクラのテンションはさらに上がる。もし、サクラに猫のしっぽがついていたら、上にピンと立っていそうだ。
「これほしい! 私、挑戦する!」
「大丈夫か? 中1までは俺や和奏姉さんに頼んできたけど」
昔、サクラはクレーンゲームを失敗しまくり、小遣いを一気に使い果たした経験がある。そのため、俺や和奏姉さんが取るのがお決まりだった。
サクラは少し不機嫌そうな様子になり、
「こ、この3年間でクレーンゲームの腕は上がったんだよ! 見ててよね、ダイちゃん!」
そう意気込んで、財布から500円玉を出し、クレーンゲームに投入する。まずは100円玉を入れてアームの様子を確認した方がいいのでは。それとも、毎回500円は確実に使ってしまうのかな。ちなみに、このゲームは500円玉を入れると6プレイできる。
「よーし、私もあのハチ割れ猫ちゃんを取るよ!」
「頑張って、文香さん!」
「頑張れ、サクラ」
「落ち着いてやるんだよ、文香」
一紗がすぐ側で見守る中、サクラはクレーンゲームを開始する。
アームを動かした位置からして、サクラは穴に少し出ているぬいぐるみを狙っているようだ。しかし、位置が悪かったからか、アームがぬいぐるみに当たってしまい、ぬいぐるみはビクともしない。
「あー! 落ちないっ!」
「まだ5プレイもあるわ。少しずつ、ぬいぐるみを動かしていきましょう」
「うん!」
サクラと一紗、いいコンビだな。昨日の午後、俺がバイトをしている間ずっと談笑していたのが良かったのかも。
それからもサクラはゲームをしていくけど、猫のぬいぐるみを取れる気配は全くない。
「……小泉さん。サクラは目的のものをゲットするまで、いくらくらいかかってる?」
俺の隣に立っている小泉さんにそう耳打ちする。
「今までクレーンゲームを見たのは、両手で数えるくらいの回数だけど、500円で取れればかなりいい方だね。普通に買ったら、もっとお金がかかるだろうから……って1000円以上使うことが多いよ。ただ、ぬいぐるみ好きの執念もあって、必ず取ってる」
「そうか……」
自力で取るだけ昔よりはいいと思う。ただ、そうなったのは技術が上がったというよりは、失敗しても諦めない気持ちの強さと、以前よりも使えるお金が増えたのが大きな理由だと思われる。
「あー、今回もダメだった。これで500円分終わり……」
「残念ね。私が力になりたいけど、クレーンゲームは苦手で」
「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう、一紗ちゃん」
ぬいぐるみを取れないことに落胆するサクラだけど、一紗の優しい言葉ですぐに笑みを取り戻す。
「サクラ。もしよければ、俺がそのぬいぐるみを取ろうか?」
「えっ、い……いいの?」
サクラは目を輝かせて俺のことを見てくる。そういえば、例の小遣いを使い果たしたときも、俺が取ってやると言ったら、今みたいに笑顔で俺のことを見ていたな。
「ああ。今までのサクラのプレイを見て、アームの状態はだいたい把握できた。1プレイか2プレイすれば、猫のぬいぐるみを取れると思う」
「まるで、その手のプロみたいなことを言うのね、大輝君」
「ダイちゃんはクレーンゲームが得意なの。中1まではよく取ってもらってた。あれからも、ダイちゃんはクレーンゲームをプレイしてるの?」
「昔ほどじゃないけど、俺の好きなキャラのミニフィギュアとか、お菓子の詰め合わせをたまに取ってる。だから、腕はそこまで鈍っていないと思う」
「そうなんだ。じゃあ、お願いします!」
「おう、任せろ」
俺はサクラと入れ替わるような形で、クレーンゲームの前に立つ。サクラから受け取った100円玉をクレーンゲームに投入した。
猫のぬいぐるみはアームに収まるくらいの大きさで、横向きに置かれている。なので、ぬいぐるみの頭とお尻にアームを挟ませよう。
俺はボタンを押し、アームをぬいぐるみの上まで動かす。
「よし、これでいけるかな」
ボタン操作後、アームがゆっくりと降りていく。
アームが開くと、狙い通りに猫の頭とお尻にアームが挟まり、猫のぬいぐるみを持ち上げる。
安定した状態で、アームはぬいぐるみを持ったまま元の場所に戻り、ぬいぐるみは穴へと落ちていった!
「凄いよダイちゃん!」
「惚れ惚れするプレイだったわ!」
「文香によく取ってあげていただけはあるね。さすが」
サクラ、一紗、小泉さんはそれぞれ俺のプレイに称賛の言葉を送ってくれる。そのことが嬉しい気持ちはもちろんあるけど、昔と変わらず景品をゲットできたことに安堵する気持ちの方が強い。
「はい、サクラ」
取り出し口からハチ割れ猫のぬいぐるみを取り、サクラに渡した。サクラは嬉しそうな笑顔になり、
「ありがとう、ダイちゃん!」
「いえいえ。昔みたいにすぐに取れて良かった。大切にするんだよ」
「うん!」
サクラは大きく頷くと、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。500円分失敗したからこそ、ここまで嬉しそうにしているのだろう。良かったね、と一紗と小泉さんは優しい笑顔を浮かべ、サクラの頭を撫でている。あと、あの猫のぬいぐるみが羨ましい。ちょっとの間でもいいから俺と変わってくれないか。
今のようにサクラの笑顔が見たくて、昔はサクラの欲しがっている景品を頑張って取ったんだよな。大きくなっても、嬉しいときの笑顔が変わらないから、懐かしい感覚になった。
「みんなここにいたか! 制服真夏先生をお迎えできたぜ!」
フィギュアの箱を持った羽柴が俺達のところにやってくる。そんな彼はとても嬉しそうにしている。
「今回は2000円でお迎えできたぜ」
「おぉ、そうか。良かったな。普通に買うよりは安い値段でゲットできたな」
2000円分挑戦したからか、フィギュアの箱にはアームが触れた跡がいくつも付いている。羽柴の前にも、このフィギュアを取るのを挑戦した人がいるかもしれないけど。
「おめでとう、羽柴君」
「ありがとう。おっ、桜井は猫のぬいぐるみをゲットしたのか」
「うん。正確には私が500円分失敗したところで、ダイちゃんが取ってくれたの。羽柴君は知っているかもしれないけど、ダイちゃんはクレーンゲームが得意で。1プレイで取ってくれたよ」
「速水は凄いよなぁ。俺も金がピンチなときに速水に取ってもらったよ」
羽柴は基本的に自力で取る。しかし、漫画やラノベ、グッズなどを買いすぎてお金があまりないときは俺に頼むことがある。俺が取ると、お礼に缶コーヒーや紅茶を奢ってくれるのだ。
「みんなに頼りにされているのね。今後、クレーンゲームでほしいものがあったら、大輝君に取ってもらおうかしら」
「それいいね、一紗。あたしも、たまに欲しいものと出会うからさ」
「そのときは、少ないプレイで取れるように頑張るよ」
俺のせいでお金をたくさん使わせるわけにはいかないし。
その後、ホッケーゲームやダンスゲームなどをして、5人でゲームコーナーを楽しむのであった。
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