エピローグ『春休みの終わり』

 仲直りした後、サクラと俺は両親のいるキッチンで夕ご飯を食べた。

 夕ご飯を食べているときに、母さんから呼び方が変わったと指摘された。なので、そのときに、サクラと仲直りしたと両親に話した。

 すると、母さんが特に嬉しがり、電話で美紀さんと哲也おじさんに伝えた。近くで電話していたのもあり、『それは良かった』などという2人の声が聞こえ、ちょっと照れくさい気持ちに。それはサクラも同じようだった。

 夕ご飯を食べ終わり、いつも通りにサクラが一番風呂に入る。

 俺は風呂に入るまでの間、ホットコーヒーを飲みながら自分の部屋でゆっくりすることに。


「……そうだ。和奏姉さんと羽柴に、サクラと仲直りしたことを伝えるか」


 スマホを手に取り、LIMEで和奏姉さんと羽柴にサクラと仲直りしたという旨のメッセージを送る。羽柴は武蔵原市民で連続窃盗犯の報道を一緒に見たので、サクラのバッグが窃盗犯に盗まれ、自分が捕まえたことも併せて。

 ――プルルッ。

 おっ、さっそく和奏姉さんから返信が来た。


『フミちゃんと仲直りできて良かったね! このまま恋人になれるように頑張ってね。応援してるよ! 次に帰省するときはもっと楽しくなりそう。あと、そろそろ2年生の学校生活もスタートするから、そっちも頑張ってね』


 祝福するだけでなく、恋人になることや学校生活を頑張れと激励するところが和奏姉さんらしいな。2年生としての学校生活も頑張りたい。

 あと、和奏姉さんは次はいつ帰省するんだろう? 去年と同じなら夏休みだけど、俺達が仲直りしたから今年はゴールデンウィークに帰ってくる可能性もありそうだ。

 ――プルルッ。

 おっ、今度は羽柴からか。


『まずは桜井と仲直りできて良かったな。このまま恋人になれるといいな。応援してる』

『2人と同じクラスになれたら、2年生の学校生活がより楽しくなりそうだ』

『あと、連続窃盗犯が、四鷹駅の構内で男子高校生によって取り押さえられたってニュースを見たけど、その男子高校生って速水だったのか。桜井も災難だったけど、速水がその場に居合わせていて運が良かったな。お疲れさん』


 和奏姉さんもそうだけど、同じ高校に通う親友から祝福されると嬉しい気持ちになれるな。羽柴は俺の恋を応援してくれているし、彼が同じクラスになってくれると心強い。

 あと、羽柴は連続窃盗犯が逮捕されたニュースを知っていたか。テレビでも報道されていたし、ネットニュースにもいくつも記事が上がっているもんな。


「今は『男子高校生』になっているけど、いつかはそれが俺だと分かって、取材を受けたりするのかな」


 悪いことじゃないからいいけど。できるだけ、平穏な高校生活を送りたいものだ。

 2人に『ありがとう』と返信した。俺はコーヒーを飲みながら、先日購入したラブコメのラノベを読むのであった。




 4月5日、日曜日。

 目を覚ますと、部屋の中が少し明るくなっていた。カーテンの隙間から日光が差し込んでいるからだろう。壁に掛かっている時計を見ると……今は午前8時半か。

 昨日はバイトや連続窃盗犯のことがあったから疲れも溜まっていたし、サクラと仲直りすることができた。だから、ぐっすりと眠れてスッキリとした目覚めとなった。


「あぁ、眩しい」


 カーテンを開けると、陽の光が眩しく感じられる。その光に段々慣れてくると、今日の空はどこまでも青く広がっているのだと分かった。

 窓を開けると、涼しくて柔らかい風が当たって気持ちがいい。


「ダイちゃん、おはよう」


 サクラの声が聞こえたので、サクラの部屋の方に向いてみる。すると、そこには俺を見ている寝間着姿のサクラの姿が。


「おはよう、サクラ」


 サクラと目を合わせて朝の挨拶をすると、彼女は明るい笑みを浮かべて小さく手を振ってくれる。そんな彼女に俺も手を振った。

 サクラが引っ越してきたとき、サクラと仲直りすることを最初の目標にしていた。けれど、実際にそのような状況になると、夢を見ているんじゃないかと思ってしまう。それだけ、俺達は長い間、距離ができてしまっていたんだろうな。

 起きてすぐに、好きな人の笑顔を見られることをとても幸せに思った。ただ、これは当たり前ではない。いつまでも、サクラが笑顔でいられるように頑張らないと。




 今日で春休みも終わり。

 明日からは2年生としての学校生活もスタートするので、今日くらいはサクラと一緒にゆっくりと過ごしたい。バイトの予定もないし。


「ねえ、ダイちゃん。……ダイちゃんの部屋でゆっくりしてもいい?」


 朝食後、コーヒーを作って自分の部屋に戻ろうとしたとき、サクラからそんなことを言われた。そんな彼女は、温かい紅茶の入ったマグカップを持っている。

 一緒に過ごしたいと思った矢先に、向こうから俺の部屋でゆっくりしていいかと言われるなんて。これも仲直りしたからなんだろうな。


「ああ、もちろんいいよ」

「……ありがとう」


 ニッコリと笑うサクラが可愛らしい。あと、キュロットスカートに春セーターという服装がよく似合っている。

 サクラと一緒に自分の部屋に入り、テーブルの側にあるクッションに座る。

 俺は右斜め前に座っているサクラのことをチラチラ見ながら、食後のホットコーヒーを口にする。コーヒーの苦味のおかげで、ドキドキした気持ちが少し収まる。


「……美味しい」


 ホットティーを飲んで微笑むサクラ。可愛らしさは昔と変わらないけれど、高校生になった今はそれだけでなく、綺麗さや色気も感じられて。

 自分の部屋でサクラと2人きりになれたけれど、これからどうやって過ごしていこう。こういう時間を過ごすのは3年ぶりだもんなぁ。小学生までの間は、テレビゲームを遊んだり、録画したアニメを観たりしていたけど。

 サクラは今も漫画は好きだし、ラノベを読んだり、深夜アニメを観たりしているから、まずはそういった話をするか? まあ、俺はこうしてコーヒーを飲みながら、ただ一緒にいるだけでもいいなって思えるけど。


「ふふっ」


 サクラは上品に笑うと、俺のことを見てくる。


「ダイちゃんと2人きりで、こうした時間を過ごすのは久しぶりだから……何をすればいいのか分からなくなっちゃうね」

「サクラもか」

「ダイちゃんもなんだ。でも、ダイちゃんと2人きりなら、何も話さずに好きな飲み物を飲むのもいいなって思えるの」

「……それも思ってた。サクラと久しぶりにこうした時間を過ごせるのは嬉しいから」

「……わ、私も同じことを思っていました」


 なぜか敬語で話すサクラ。そんな彼女の頬はほんのりと赤くなっていて。サクラはゴクゴクとホットティーを飲む。まだ湯気が結構立っているのに、よく飲めるなぁ。


「大丈夫か、サクラ。まだ熱いだろう」

「ぜ、全然平気だよ! あったかい飲み物好きだし!」


 笑顔でそう言うと、サクラは俺に向かってサムズアップ。その際にウインクまでして。凄く可愛いな。飲食系の広告にいいんじゃないだろうか。

 思い返せば、暑い時期でもサクラはたまに温かい飲み物を飲んでいたな。


「……そういえば、ひさしぶりにサクラって呼ばれたから、小学生の頃にサクラって呼ばれ始めたときのことを思い出した。どうして、フミちゃんからサクラに変えたのかって訊いたな。それに対して、ダイちゃんは何て答えたか覚えてる?」

「……桜の花が凄く好きになったから、だったかな」

「覚えていてくれていたんだ」


 嬉しいな、と言うとサクラは再び紅茶を飲む。

 小さい頃は和奏姉さんの真似をして、サクラのことを『フミちゃん』と呼んでいた。

 ただ、小学3年生の春にサクラが好きだって分かってから、下の名前絡みの呼び方をするのが照れくさくなったのだ。

 サクラに好意を抱く前から、桜の花は好きだった。ただ、サクラのおかげでもっと好きになって。苗字絡みの呼び方ならまだ自然に呼べると思い、小学3年生の春から彼女のことを『サクラ』と呼ぶようになったのだ。

 呼び方を変えたから、当時はサクラにどうしてなのかと訊かれて。サクラが好きになって『フミちゃん』と呼ぶのが照れくさいとは言えないので、『桜の花が凄く好きになったから』と答えたのだ。当時のサクラはそれで納得してくれた。


「今の話をしたら、桜の花を見たくなってきた。こもれび公園や桜並木とかに見に行かない? 結構散ってきているし、今年の見納め的な感じで」

「いいね。じゃあ、一緒に行くか」

「うんっ!」


 サクラは昔のような明るくて元気な笑顔で頷いてくれた。仕度をするためにサクラは一旦、俺の部屋から出て行く。

 外に出るため、俺も紺色のジャケットを着る。スマホと財布を持っていれば、とりあえずは大丈夫かな。

 準備を終えて廊下に出ると、その直後にベージュのスプリングコートを着たサクラが部屋から姿を現した。


「晴れているから、今日はこっちのコートを着てみたの」

「そうなんだ。似合っているな」

「ありがとう。ダイちゃんもよく似合ってる。そのジャケットはお気に入りなの?」

「ああ。春や秋にはよく着ているよ」

「……そのジャケット姿だと、昨日のことを思い出すよ。本当に格好良かった」

「……て、照れるな」


 ただ、窃盗犯にバッグを盗まれそうになったことを笑顔で言えるなんて。きっと、俺がすぐに犯人を捕まえたからなんだろうな。そんな俺を……か、かっこいいと思ってくれているのもあるか。

 桜の花を見ながら散歩してくることを両親に伝え、サクラと一緒に家を出発する。


「ダイちゃん、手を繋がない?」

「へっ?」


 家を出発してすぐにそんな提案をされたので、思わず間抜けな声が出てしまった。だからか、サクラはクスクスと笑う。


「驚いちゃった?」

「……よ、予想外だったもので」

「ふふっ、そっか。小さい頃は、外へ遊びに行くときとか、コンビニやスーパーでお買い物しているときは手を繋ぐことがあったじゃない。小学校に入学した後も、私が迷子にならないようにって手を握ってくれたよね。だから、あのときみたいに手を繋いでみるのもいいかなって。今日はお散歩だし。……ダメ、かな?」


 そう問いかけながら、サクラは俺に右手を差し出してくる。上目遣いで俺を見てくるので反則級に可愛らしい。そんな彼女を目の前にして、断るわけにはいかないだろう。断るつもりは元から全くないけど。


「いいよ。手を繋ごう」


 俺はそっとサクラの手を握る。そんな彼女の手は思ったよりも温かくて。断られるかもしれないと思ってドキドキしていたのかな。

 サクラと一緒に公園の方に向かって歩き出す。

 この前、手を繋いだときはサクラが風邪を引いて、病院につれて行くという特別な事情があった。ただ、サクラからの申し出で手を繋げる日がこんなにも早く来るなんて。凄く嬉しいな。


「陽差しの温もりと、風の涼しさが気持ちいい。春って感じがするね」

「そうだな。1週間前に雪が降ったとは思えない」

「嘘みたいだよね。まだ1週間前なんだ。色々とあったから、もっと前のように思えるよ。引っ越しも2週間近く前か……」


 そっか……と、サクラは感慨深そうに呟く。

 サクラが家に引っ越してきてから、本当に色々なことがあったな。いいことばかりではなかったけど、充実した春休みになったと思う。そう思えるのは、サクラと仲直りして、こうして手を繋げているからかな。

 そんなことを考えていると、俺達は四鷹こもれび公園に到着する。今は午前10時くらいだけど、日曜日ということもあってか、子供達のグループや親子連れも見かける。そんなこもれび公園に植えられている桜は、


「さすがに、かなり散っているね」

「そうだな」


 葉桜と言ってもいいくらいに花びらが散っていた。花びらがちらほらある程度。10日近く前にお花見をした時点で満開だったからな。あれから、雪や雷雨があったことを考えると、よくもった方じゃないかと思う。


「お花見のときは満開だったのに。10日くらいしか経っていないけど、季節は確かに進んでいるんだなって思うよ」

「ああ。個人的には桜が散って葉桜になると、もう新年度なんだって思う」

「そうだね。……明日から2年生か。ダイちゃんと同じクラスになれるといいな。この前も言ったけど、ダイちゃんが教室にいたら安心するし。それに、同じクラスだったら学校行事も楽しめそうだし。2年生は修学旅行もあるし」

「そうだな。サクラも俺も文系クラスだし、同じクラスになることを祈ろう」

「うんっ!」


 ニッコリと笑ってそう言うと、サクラは一度頷き、俺の手をぎゅっと握ってくる。

 そして、その直後に少し強めの風が吹く。そのことで地面に散っている桜の花びらが舞い上がった。


「うわあっ、綺麗だね! ダイちゃん!」

「ああ。散った後でも、桜の花って楽しめるんだな」

「そうだね。地面にピンク色が散らばって可愛いし。桜並木の方にも行ってみようよ!」

「そうだな。行ってみるか」


 こもれび公園を横切り、サクラと俺は四鷹駅に向かう並木道に出る。

 道沿いに植えられている桜もほとんど散っており、歩道がいつもと違って桜の花びらによってピンク色に彩られている。そんな風景を見てサクラは興奮していた。

 とても可愛いサクラをいつでも見ていたい。だから、2年生もサクラと同じクラスがいいな。サクラと並木道を歩き始めたとき、俺はサクラの手を今一度強く握るのであった。




本編-春休み編- おわり




本編-新年度編-に続く。

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