第18話『季節外れの雪』
3月29日、日曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっている。
壁に掛かっている時計を見ると……今は午前7時過ぎか。今日はバイトがないけど、もう起きようかな。そう思ってベッドから降りた瞬間、
「寒っ」
真冬の時期のような冷たい空気が体を包み込む。そういえば、昨日の天気予報で夜中から雪が降ると言っていたか。まったく、冬の間に寒くなってほしいものだ。いったい何があって、冬将軍様はこの時期に起きてしまわれたのか。最近は暖かい日が多かったから、かなり寒く感じるなぁ。
どのくらい降っているのかを確かめるため、窓を少し開けて外を見てみると、
「おおっ、これは凄い」
外には銀世界が広がっていた。昨日の天気予報では数センチ積もる予想になっていたけど、既にそのくらいは積もっていると思われる。今も大粒の雪が降っているし、10センチくらいは積もりそうな勢いだ。
小さい頃なら、この季節外れの大雪にはしゃぎ、すぐに外へ出ていたと思う。だけど、今は――。
「二度寝しよう」
今日は春休みでバイトもないんだ。まだ午前7時過ぎなんだし、二度寝をするには最高の条件じゃないか。それに、こんなに寒い日に温かいふとんの中に入らないなんてもったいない。
「うわあっ、雪が積もってるっ! すごーい!」
そんな文香の楽しげな声が聞こえたので、文香の部屋の方を見てみると、文香が窓から顔を出して雪景色を楽しんでいるようだ。文香は小さい頃のように無邪気な表情をしており、目を輝かせている。現在の文香からでは考えられない様子なので、今も夢を見ているのかと思ってしまう。
雪景色を堪能するためか、文香は周りの景色を見ていく。
「……えっ」
当然、俺と目が合ってしまうわけで。その瞬間、文香の顔から笑みは消え、その変わりにとても強い赤みが帯びるように。
「おはよう、文香」
「……お、おはよう、大輝。よ、予報以上に雪が積もってるね……」
「そうだな。今も降っているし、数センチどころか10センチくらいは積もりそうだ」
「そ、そうだね。こんなに雪が積もるのは珍しいし、小さい頃は雪が大好きだったから、さっきは思わず大きな声が出ちゃったの。それだけなんだから」
「……そうか」
雪が積もっていると言ったときの声のトーンと無邪気そうな表情からして、文香は現在進行形で雪が大好きに思えるけど。
このまま窓を開けていると寒いし、俺がいたら文香の顔の赤みも引かなそうなので、そろそろ会話を終わらせるか。
「まだ7時過ぎだし、今日はバイトもないから俺は二度寝するよ」
「そ、そうなんだ。こんなに寒い日だと、ベッドの中は温かくて気持ちいいもんね。私ももう少しベッドに入っていようかな」
「うんうん、それがいい。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
文香は小さく手を振ってくるので、俺は彼女に向けて小さく手を振り、窓を閉めた。まさか、ああいう形で文香と話せるとは。季節外れの雪も悪くないかも。
ベッドの中に入ると、まだまだ温もりが残っていて気持ちがいい。もし、文香と一緒に寝たらもっと温かくなって、いい匂いもして気持ち良さそ――。
「……って、何を考えているんだ」
文香の住まいがあのマンションだったならまだしも、今は一つ屋根の下で隣の部屋にいる。やろうと思えばすぐにできるからこそ、大きな罪悪感を抱く。
文香のことを考えたから体がかなり熱くなって、ベッドの中も温かくなったけど、二度寝をするまでには時間がかかってしまったのであった。
午前9時過ぎに二度寝から起床。
外を見てみると、依然として大粒の雪が降っていた。
朝食を食べているときに見た天気予報では、雪は昼過ぎまで降り、四鷹市が該当する東京都下は15センチ積もる予想になっている。この時期に、ここまでの大雪になるのは珍しいらしい。
朝食中に、母さんから父さんと一緒に雪かきをしてほしいとお願いされた。ただ、文香が、
「私も雪かきをやりますので、徹さんはゆっくりしていてください。私、雪好きですし」
と申し出たため、文香と2人で雪かきをすることになった。小さい頃ほどではないかもしれないけど、文香の雪好きは健在か。
そういえば、文香と俺が小学生の頃、遊びに来た文香と3人で家の雪かきをしたことがあったな。ただ、途中から雪かきはそっちのけで、庭で雪合戦したり、雪だるまを作ったりしたことも。そのせいで体が冷えたから、3人で風呂に入ったときもあった。
朝食を食べ終わり、少し食休みをした後、俺は文香と一緒に雪かきをすることに。
「おおっ、寒いな」
厚手の服の上に冬の黒いコートを着て、手袋を付けているにも関わらず、外に出た瞬間に体が震える。雪が降るほどだもんなぁ。最近は暖かい日が多いからか、とても寒く感じられる。
うちの敷地内にも雪が積もっている。新聞を取りに行ったからか、玄関からポストの間にある足跡以外はまっさらだ。
「本当に寒いね。雪も結構積もっているし。もうすぐで4月になるとは思えない」
ブラウンのダッフルコートを着て、ベージュの手袋を身につけている文香も、寒そうな様子だ。
「そういえば、さっき、千葉は雪が降ってるって和奏姉さんからメッセージをもらったけど、名古屋の方はどうなんだろう?」
「私も同じことを思って、お母さんに訊いた。二度目に起きて、部屋から見える雪景色の写真を送ったときに。向こうは雨で昼頃からは晴れるって。最高気温も15℃くらい行くらしい」
「こっちとは随分違うな」
東京は昼過ぎに雪が止むけど、その後はずっと曇り。最高気温も4℃だからな。
「大輝。どこら辺を雪かきすればいい? もう何年もここの雪かきをしていないから忘れちゃって。といっても、遊んじゃうことが多かったけど」
「そうだったな。毎回、雪が積もったときにやるのは、そこにある雪かきスコップを使って、玄関から門まで道を作ることと、物干し場に積もっている雪を取り除くことだね。俺が門までの道を作るから、文香は物干し場の方をやってくれるか? 物干し場の雪は近くに置いてくれればいいから」
「分かった」
それから、俺は玄関から門までの間、文香は物干し場の雪かきを始める。
まさか、文香と一緒に家の雪かきをする日が来るとは。3年前のあのことがあってからも、雪が積もっても文香が家に来ることはなかった。それもあってか、こうしていることに嬉しい気持ちになる。
文香の方をチラッと見てみると、文香はスコップを使って、黙々と物干し場で雪かきをしている。ほんと、夢みたいな光景だ。ずっと見続けていたいけど、バレたら気まずい空気になりそうだからちゃんと雪かきしよう。
ほとんど踏まれていないからか、スコップが雪の中にすんなりと入っていく。高校生になって体力がついたのもあるだろうけど、とても雪かきがしやすい。
「ねえ、大輝。こうしていると、懐かしい気分になるね」
「そうだな。俺達が小学生だったときは、このくらいの雪が降ると、庭で雪遊びをしたり、こもれび公園で待ち合わせして雪合戦したりしてたよな」
「うん、してた。和奏ちゃん、雪合戦強かったよね。投げる雪玉がとても速くて」
「そうだったなぁ。中学生になると、バドミントン部で鍛えたからなのか、速さと当たったときの痛さがえげつなかった。よけるのは得意だけど、あの時代の姉さんの雪玉は結構当たったし。そういえば、文香も雪合戦は得意だったよな」
「和奏ちゃんほどじゃないけど」
何度か、男女別という分け方で、俺1人で和奏姉さんと文香と対戦したことがあった。だけど、一度も勝てたことがなかったな。当時は闘志を燃やしていたけど、今思えば一度も勝てないのは当たり前だと分かる。
「雪玉を投げることを、大輝は別の言い方をしてなかった? 何とかストレート」
「雪玉ストレートだな。小学校の低学年のときに俺が命名した」
そういう名前を付けると、何だか格好いい気がしたから。それに、ただ投げるよりも速くて強い雪玉になりそうだと思えたから。子供らしい夢のある考えだ。実際は多少かっこよく思えたくらいで、速くて強い雪玉にはならなかった。そうした体験を経て現実を知っていくのだ。
「雪玉ストレートだったか。ただ、大輝は雪合戦よりも、雪だるまやミニかまくらを作るのが得意だったよね」
「庭によく作ってたな」
雪合戦も好きだけど、平和に何かを作る方がより好きだった。
そういえば、俺がとても小さいとき、和奏姉さんが雪合戦で投げた雪玉が俺の作った雪だるまに当たって、壊されたことがあったな。それが凄くショックだった。雪の上で駄々をこねて、そのせいで翌日に風邪を引いたんだっけ。
こうして振り返ると、雪絡みでの文香との思い出は結構あるんだなぁと思うのであった。
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