慈悲深き、神に等しき御方とは……④

「……うん。そうだよね。わかった」


 てっきり止められると思った。

 

 でもなんだか、様子がおかしい。

 目の前のリゼさんは急にもじもじしだし、頬を赤ばめると妙な色気を放った。


 そして、スカートの裾を……つまんだ?!


「だ、だめだよリゼさん!」


 俺はとっさにリゼさんの腕を掴んだ。


「……え? やっちゃうんじゃないの?」

「や、やっちゃいますけど……」

「じゃあ、早くやろ? いいよ。私は覚悟できてるから。レオン君になら……いいよ」


 な、な、なんなんだ!

 この如何わしい雰囲気は!


 俺たち以外には誰も居ない。少し薄暗い裏口通路。如何わしさに拍車をかける絶好のシチュエーション。


 ドクンドクンッ。


 ……だ、だめだろ!!



「スキルの力には頼らず、止めてきます」


「……うん? ちょっとレオン君、何言ってるのかわからないよ?」


 それはごもっともな意見だ。

 死んできます! といっているようなもの。


 それでも俺は……。


「いーの。お姉さんを頼りなさい。レオン君のことは私が守る!」


 そう言うとリゼさんは目を閉じ勢い良く、


 “ピラーンッ“


 と同時に俺は両手で自分の目を塞いだ。


「こ、これでいいんだよね?」

「わ、わかりません!」

「どういうこと……? って、あーッ!」


 リゼさんは閉じた目を開いたのか、声を荒げた。


「もぉ。レオン君は……。じゃあこれならどーだ!」


 なにやら風が舞っているような気がする。


「うーん。ちゃんと目で見ないとスキルは発動しないのかぁ……こんなにも恥ずかしいことしてるのに……」


 ドクンドクンッ。

 リゼさん勘弁して……身が持たないよ……。


「すみません。俺、行きます……!」


 リゼさんに背を向け、俺も閉じた目を開く。


「だめだよ。行かせられない」


 すると背中に温かさを感じた。

 それはリゼさんの体温だった。激しく脈打ち、鼓動の速さをも伝える。


 乙女の花園。その扉とも言えるゲートを見せようとしたんだ。余裕を演じ、振る舞ってはいるけど、リゼさんは無理をしているんだ。


「大丈夫です。俺には秘策があるんです」

「……秘策?」


「はい。だから心配には及びません」


 これは賭けに近い。

 昨晩同様ブラフで押し通す。


 ただ、状況は大きく違う。あのときは身ぐるみを剥ぎ、武器すらも破壊した。


 加えて真っ裸だ。

 気だって弱くなる。


 装備代を弁償しろとかリベンジ、復讐の類だってあるかもしれない。


 だから演じるんだ。強者を。

 演じれば上手くことが運ぶかもしれない。


「だから行きます!」


 俺は走り出した。振り返らない。

 振り返ったらきっと、リゼさんは俺の身を案じて乙女の花園を、ピラーンとしてしまうから。




 裏口を抜け受付まで戻ると、状況はさらに悪化していた。


 先程まで俺を小馬鹿にしていた冒険者たちが恐怖に震えている。


 「まじやべえよ。この場から早急に立ち去りてえ」

 「それができたらみんなそうしてるだろ……」

 「いま入り口付近に行ったら確実に標的にされる……」


 テーブルの下で縮こまり俺に向けていた威勢は何処へとって感じだった。


 弱肉強食。

 この場において、そのピラミッドの最底辺に位置する俺が楯突く。


 死にに行くようなものだ。


 それでも俺はリゼさんを置いて一人で逃げるなんてできない。




 止めるべき相手、俺の向かうべき先はヒートアップしていた。


 遠目からでもわかる量のオーラがグリードの手を纏っている。そしてそれを壁に向かい放った。それは魔力弾だった。壁に人が通れるほどの穴が空いた。



「さっさと土下座して詫びろ。じゃねーと、次はてめーの身体がこうなる」


「あぐぐぐ」


 胸ぐらを掴まれ冒険者の男は宙に浮いている。とても言葉を発せられる状況ではない。


「ああ? 聞こえねーぞドカスがァ!!」



 土下座。昨晩俺もしたな。

 そんなのしてもこいつは許す気なんてないだろう。


 そういうやつだ。


 俺は一直線に入口付近、グリードの居る場所まで走った。


 「お、おいあいつ……」

 「嘘だろ?」

 「おいおいまじかよ……」


 マヌケだなんだと言ってた奴らが俺に視線を向けてくる。


 あぁ、俺はお前らの言うとおりマヌケだ。


 でもこれはお前らを助けるためにするんじゃない。


 リゼさんの大切な場所を、いずれ帰ってくるエリシアが利用するこの場所で、死人なんて出してたまるかよ。


 そしてグリードの背後を取った。


 グリードの取り巻き、子分たちがキョトンとした表情で俺を見てきた。


 もう後戻りはできない……。


 震える唇を必死に抑え、俺は言葉を発した。


「おい、グリード。そのへんにしとけ」


「ああ? なんだとゴラァ!」


 俺の言葉に反応するように勢い良くこちらを振り返った。


 狂気な視線が一瞬で俺を覆う。


 昨晩の記憶が蘇る。死の淵を渡った、あの出来事が俺を恐怖で包み込む。


 それでも怯まない。

 ブラフを演じる。


 振り返るグリードに間髪入れず俺も怒鳴り声をあげた。


「なんだじゃねえだろうが! グリード!! 舐めてっとまた身ぐるみ剥ぎ落とすぞ!!」


 その瞬間、グリードは停止した。

 胸グラを捕まれ宙に浮いていた冒険者はその手が離れ床に落ちた。



「あ、あ、あーー」


 なにやらグリードは言葉にならない声を発した。


 怒りの頂点に、達した。

 そう思い俺の算段が脆くも崩れたことを悟った。



 リゼさん、ごめん……。



「──レオン君!!!!」


 背後から、リゼさんの叫び声が俺の耳に鳴り響いた。


 結局、頼るしかないのか。


 結局、俺はリゼさんの秘密の花園を……。


 自分のことが心底情けなくなるも、目の前の脅威、グリードを止める術はもう他にはない。


 しかもこんな大勢の前で、ピラーンとさせてしまう最悪の状況。


 俺はまた……独りよがりを……。


 エリシアとの約束が脳裏を過る。


 “しっかりしてよ“

 

 ごめんエリシア。約束、守れそうにないや……。


 ……俺は最低野郎だ。

 リゼさん……すみません。


 しかし、それすらも時既に遅し……。



 リゼさんの声がするほうへと振り向くよりも先にグリードの両手が俺の目前を掠めた。



 ──あ、終わった。

 


 “ギューーッ”


 このまま絞め殺される。


 

 多くを望みすぎたせいで、その全てがこの手からこぼれ落ちる。


 そうして最後は命までも──。


 グリードの胸の中で自分の甘さを呪った。



 しかし、待てども待てども優しくギュッギュッされるだけ。





 ──な・に・こ・れ……?





「兄貴ぃ! レオンの兄貴だぁぁ!!」


 絞め殺されると思ったそれは、優しくも温かいギュッギュッとした、フレンドリーなハグだった。



 その瞬間、俺の思考はクラッシュ寸前を彷徨った。




 レオンの……兄貴?




「…………は?」

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