慈悲深き、神に等しき御方とは……①


 翌日、俺は早起きをして久々にアジトに来た。

 かつての賑わいはなく、静けさだけが漂う。


 ずっと、この場所に来るのが怖かった。

 今もテーブルの上には銀プレートの首飾りが三つ置かれたまま。


 終わりだけを告げる、悲しい場所。


 それでも俺は、ここに来た。



「よしっ。髭も剃ったし身なりも整えたぞ!」


 使い慣れた洗面台で身支度を整える。


 そして、“パンッパンッ“と頬を叩き気合を注入。



 昨晩、俺はエリシアと誓いを立てた。

 泣きそうな震える声で“しっかりしてよ“と言われ、目が覚めるような気持ちになった。


 あまり多くは語ってくれなかったけど、そう遠くない未来に戻ってくると言ってくれた。


 だから俺は、いつエリシアが戻ってきてもいいように、前を向いて生きると決めた。


 もう、過去は振り返らない。

 ここから、始めるんだ。


「もう一度、ここから!」


 薬草の採取でもなんでもいい。できることをしよう。


 行こう、冒険者組合へ!


 ◇ ◇ ◇


 およそ一ヶ月振りの冒険者組合。

 たった一ヶ月のはずなのに、ずいぶんと久々な気がする。


 覚悟は決めてきたはずなのに、足が竦む。

 扉を掴む手が、僅かに震える。


 お酒を飲み過ぎると手が震えるって聞くけど、それとは違う。


 ここに来るときはいつだって仲間が居た。


 でも、今の俺はひとり。


 通い慣れた場所なのに、あの頃とは景色が違ってみえる。


 でもだからって、ここまで来て帰るわけにはいかない。進むんだ……前へ!!


 ◇ ◇


 このときまでは、自分自身の気持ちの問題だと思っていた。ただ、前を向けばいいと、本気で思っていたんだ。


 ◇ ◇


 扉を開け、冒険者組合のエントランスをくぐると、視線をいっぺんに浴びた。


 仕事前に一服つく者、依頼書を見定める者。


 中には20~30人ほどの冒険者が居るが、皆が手を止め、一斉に俺を見てくる。


 なんだってんだよ……。

 確かにここに来るのは久々だけど……。



 「あれ、あいつって」

 「ほら、運良くAランク冒険者になっちまった奴だよ」

 「は? でもパーティー解散したんじゃねえの? あいつ荷物係とか使いっパシリとかそんなんだろ? なにしに来たんだ」


 完全にアウェイな空気が流れていた。

 ざわざわと聞こえる声は俺の噂話で一色端だった。


 昨晩のグリードとの一件が脳裏を過る。

 てっきり個人的な恨みだと思っていた。


 でもそれは、少し違うのかもしれない。

 

 ……それにしても荷物係ってなんだよ。そういうふうに俺は写っていたのか……。


 ……まぁ確かに、女の子に重いものを持たせるのは趣味じゃない。率先してなんでも持つようにしてたけどさ。


 事務的なこともパーティーリーダーとして、全部俺がやっていたよ。


 それで使いっパシリって……。


 なんだよそれ……。なんだよ……。


 ……でも、別にいいか。何を思われ何を言われたところで害はないわけだし。


 俺は今日ここに、仕事をもらいに来ただけだ。


 さっさと用事を済ませて帰ろう。


 注目を浴びる中、俺は依頼書が貼られている掲示板へと足を運んだ。


 俺一人でもこなせそうな依頼を見定めるために。



 「嘘だろあいつ?」

 「まさかここに仕事を探しに来たのか?」

 「とんでもない勘違い野郎だな」


 

 やはり俺に、こなせそうな仕事はない。 

 

 一日限定の薬草採取の発行書をだしてもらうか。


 近辺の土地は森も林も国の管理下になっている。薬草採取にも許可が必要で採った薬草には税が科される。これがなんとも重税なのだが……。


 やらないよりは幾分マシだ。


 そう思い、受付へ行こうとすると頭になにかが当たった。


「……なんだ?」


 床に落ちたそれを見ると、丸められたゴミ屑だった。


 「ほらみろ! 避けられない!」

 「うわぁ……まじかよ」

 「ありえねえだろ」


 「ほらほら! 賭けは俺の勝ちだ! とっとと100G払いな!」

 「くっそ! Aランクじゃなくても何かを感じて避けれるだろ~。どんだけ間抜けなんだよあいつ」

 

 賭けに負けてイラついたのか、疎ましい目で俺をみてくる。




「ははは、はははは……」


 腹立たしいとかそういう感情はなく、

 苦笑いだけが、ふいにこぼれた。



 

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