1-16 烈火の如く

 一人の翠色の妖精が、治療院の廊下を歩いている。


 人離れした可憐さを誇る少女だったが、もし誰かが今の彼女を見たならば、とてもではないが声を掛けようとは思わないだろう。


 燃えていた。当然比喩ではあるが、今この妖精は内側で燃え盛っている激情の熱によって、その身を業火に包まれた薪の如く焼き尽くしているのだ。


「――最高にキレてますね。フィーネさん」


 そんな荒ぶる妖精に、いつも通りに声を掛ける絶世の美貌の持ち主が一人。


「……ユリウス」


 廊下の角で待ち伏せするように佇んでいたユリウスは、警戒心など一切見せずに妖精の傍まで歩み寄った。


「治療院が丸ごと揺れたときは『これ僕死んだ』って思いましたけど、何事もなくてよかったです。フィーネさんに暴れられでもしたら、こんな都市すぐに消滅しますからね」


 ヘラヘラと笑うユリウスだったが、本気でその危惧をしていたのだろう。首筋に残っている冷や汗の後がまだ新しい。


「クラウドに、お願いされた。あの吸血鬼を守ってって」

「……本当ですか?」


 ユリウスの驚くような反応に、嘘はない。ユリウスにとっても、少女が語った事実は到底信じられないものだったからだ。


「ねえ、ユリウス。今まで、クラウドに頼られたことって、ある?」

「……仕事中の指示という形でなら、幾らでも。けどプライベートでは……ない、ですね」


 ユリウスが作ったこの微妙な空白は、つい最近クラウドにユキの情報の秘匿を手伝ってもらうよう話を持ち掛けられたことを思い出してのことだった。


 あのときは吸血鬼という未知への好奇心に頭がいっぱいになっていたせいで気付かなかったが、やはりあのときのクラウドは、ユリウスを友として『頼って』いたのだろう。


 他ならぬユキのために。


 今言うべきではないと判断し、ユリウスは敢えてそのことを告げなかったが。


「私は、今までクラウドに頼られたことなんてなかった。こっちから手伝おうとしても断られてばっかりだった。けど、よりによって初めてのお願いごとが、あんな奴のために……!」

「……なら、断るんですか?」


 ユリウスの言葉に、フィーネは僅かに首を横に振った。


「頼まれたのなら、しっかり守るよ。敵の狙いがあの吸血鬼だっていうのなら、襲ってくる奴らを尽く殺す。そして――」


 ユリウスの肌に、怖気が走る。


 ソレは自らに向けられたものではない。だというのに、漏れ出したソレに触れただけで、心臓が縮みを上げ、呼吸すらも止まってしまった。


「クラウドをあんな目に合わせた奴に、思い知らせてやる。一体自分が、誰の家族に手を出してしまったのかってね……!」

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