ナナシ 神様の規約本 その3
「ん、じゃあ、一、から。」
「二、だ。」
「…三、です。」
「四(ルール上の申告)、ではない(正直)。」
「「ダウト。」」
部屋まで帰ってくると、自己紹介もそこそこに、『ダウト』が始まる。四人いるのだから、もっと色々なゲームがしたい、らしい。ツッコミ所は色々あるが、とりあえず、能力を説明する手間が省けたので、良しとしよう。ちなみに、四月一日は拘束服を脱いでいる。自分で脱げるなら、「なんでそんな服を着てるんだ?」と尋ねて、「自分の趣味だ。」と答えられたら、それ以上質問する気も起こらない。ダウトは、ハチが早々に一抜けする。二位は俺、三位はミュウで、最下位は当然、
「しがつついたち、じゃ呼びづらいし、『サンタ』にしましょう。」
「サンタ?」
「あなたの名前。」
…あっさり名前を付けやがった。
「随分唐突に決めたな。」
「そう?大体、出会った人にはすぐ付けるけど。それに、嘘、吐けないんでしょ。いい人そうだから、セイギに蹴られる事もないと思うし。」
なんか引っかかる言い方だったが、気にしないでおこう。四月一日改め、サンタは名前に関しては無関心な、ように見える。
「お前は名前、それでいいのか?」
「構わない。光栄に思う、と思う。」
「光栄?」
「名前を付けるのは、ミュウが大切にしようとする意思表示だ、と思う。ミュウが自分を大切に思ってくれるなら、光栄、という言葉がぴったりだ、と思う。」
相変わらず、謙虚なやつではある。ミュウは「見習えば?」とも言いたげに、ジト目でこちらを見ている。
「なんていうか、ネーミングセンスが無いよ、お前。」
「そんな事無いでしょう?」
「いかにも思い付きで付けてる感じがするんだよな。もう少し凝った名前を付けてやれよ。」
「だって、あんまり難しいと覚えられないし。」
「覚えられないって、忘れるって事か?大切にしているくせに、たかが知れてるんじゃねーのか。」
「む、この世界で私ほど物を大切にできるヤツはいないわ。」
たかが知れている、というのがかなり癪に障ったらしく、ミュウは大言を吐いた。そこまで言うなら、試してやろう。
「この部屋にある物には、全部名前が付いているんだよな。」
「もちろん。」
「あっちに熊のぬいぐるみがあるが、あれの名前は?」
「オオクマ。」
「そのとなりは?」
「フルエテルイヌ。」
「…そのとなり。」
「…なんだっけ、ハチ。」
「リンリン、です。」
「リンリン。」
「忘れてんじゃねーか。ハチを見習えよ。」
「ハチが教えてくれるから、問題ないの。」
改めて、ハチを不憫に感じる。ミュウのその場の思い付きのような名前を、いちいち全て記憶している訳だ。あと、俺達のネーミングが比較的マシなのかもしれない片鱗も見えた。
しばらくの間、今度は麻雀をしていると、部屋にセイギが入ってきた。俺達四人を見ると、口をポカンと開けて相当驚いているらしい。してやったり、だ。セイギは屈むと、靴紐を解きはじめた。
「まあ、待てよ。蹴る前に俺の言い分も聞けよ。」
「こいつは一体、」
言いかけて、サンタの方をちらっと見ると、次の瞬間、セイギは俺の首を締めあげた。そのまま素早く引きずって、隣の部屋までつくと俺を放り投げた。
「なに、しやがる。」
「言い分とやらは聞いてやる。俺の責任でもあるしな。ちゃんと加減して、首の骨は折らなかっただろう。」
「…お前にどんな考えがあったのか知らねーけど、思い通りにいかないからって逆上してたら、大した策略家じゃないってばればれだぜ。」
「確かに、一理ある。どう転んでも上手くやるつもりだったんだがな。…要点を絞って話そう。お嬢様は四月一日に名前を付けたか?」
「付けた。今度からはサンタって呼んでやれよ。当の本人は喜んでたぞ。」
「…サンタがハチを見て平気なのは、お前が『できなく』したんだよな?」
「ここで仲良く遊んでるって事は、そうなる。」
「そこはまだ予想の範疇だったが、どうしてここまで連れてきた?」
「お前らはあいつがお人好しなのをいい事に、色々吹き込んでるんだろう。俺はそういう人を『利用』するような輩が大っ嫌いだ。だから、あいつを『実験室』なんて場所に、置いていく訳ねーだろうが。」
「なるほど、思ったより見所があるじゃないか、お前は。状況は、あまり良くはないがな。ともかく、サンタがここにいるのは、かなりまずい。連れて行かせてもらう。ハチも借りていくぞ。」
「借りていくって、別に俺の物じゃないんだから、自分で頼めよ。」
「…そうだな。」
部屋に戻ると、状況を理解しているのか、ハチとサンタはすでに立ち上がって待っていた。セイギが目配せすると、部屋から出ていく。去り際に、立ち止まってサンタが俺に話しかけてきた。
「そういえば、名前を聞いていなかった、と思う。あなたの名前を教えて欲しい、と思う。」
「俺はここではナナシ、だそうだ。ミュウが勝手に付けた名前だけどな。」
それを聞くと、ずっと無表情だったサンタが初めて表情をこわばらせた。
そうして、二人取り残されると、いつでもゲームである。二人で麻雀をしている。ミュウが口を開く。
「ねぇ、あんたって兄弟がいるの?」
「また、いきなり…。さあな、いるような、いないような。」
「何それ。」
「…一応、義理の兄弟が一人いるよ。」
「それって、サンタの事?」
「いや、さすがにそれはねーだろ。どういう発想なんだ。」
「さっき、あんたがセイギに連れていかれたら、やっぱりハチが落ち着かない感じになっちゃって、追いかけようとしてたんだけど、そしたらサンタが引き留めて『兄貴には考えがある、と思う。心配はいらない、と思う。』って。それ聞いたらハチが固まっちゃって、ブツブツ言いながらサンタと睨み合ってるし、私、何がどういう事なのかさっぱり分かんないし。あれ?二人はひょっとして仲悪いのかな?」
「さあなー、もともとあの二人がまともに会話しているところも想像つかないけどな。」
「それは、そうかもしれないけど。」
兄貴、というのは、おそらくセイギの事だろう。という事は、あいつら三人とも顔見知りだったという事になる。ハチとの仲は、悪いんだろうなぁ。
「気になるんだったら、お前の親にでも頼んで口利きしてもらえよ。」
「親?」
「父親とか、母親とかの親だよ、両親。サンタはお前の母親の事を姉貴と呼んでたから、お前の事も含めて、慕ってるんだろ、多分。仲をとりなすぐらいしてくれないのか?」
「母親?」
「お母さん、だよ。それとも、ママって呼んでんのか。」
「『オカアサン』は死んじゃったけど。」
冷や汗が流れる。失言をしてしまったから、ではない。ミュウが顔色一つ変えていなかったからだ。たまにある失くした物に執着しない、悪く言えば、冷淡な感情を垣間見せられると、どう反応していいのか分からなくなる。とにかく、話題を変えよう。
「じゃあ、あのセイギって奴に命令して間を取り持ってもらうとか。そういえば、あいつに二人ともついていったけど、信用できるのか?」
「信用って?」
「なんていうか、ハチが苛められてるんじゃねーのかって。」
「セイギもそんなにいつも無茶はしないと思うけど。」
「ついこの間、しようとしたばっかじゃねーか。」
「あんたって、セイギと仲良くないの?」
「どこをどう見たらそうなるのか、理解に苦しむんだが。」
「だって、セイギ、上手に手加減しているし。」
「そもそもいきなり蹴とばしたり、首を絞めたりしないだろ、普通。その判断基準ならお前と俺も仲良しになるだろ。」
「私は手加減なんて上手くできないんだけど、試してみましょうか?」
「…物は大切にしろよ、世界一なんだろ。」
腹に風穴をあけられても困るので、大人しく引き下がる。ミュウは揚げ足をとられたというような不満顔だが、こちらの安堵は表情にださないようにする。
今度は二人でチェッカーをしながら時間を潰している。そうしている内に、ちょっとした異変に気が付いた。部屋が暗くならない。ミュウが負け続けで我慢の限界になっているので、普段ならとっくに部屋の照明が消えている時間のはずだ。なんだろう、今日は夜更かししてもいい日か、とかくだらない事を考えていると、部屋にハチがあわてて帰ってきた。うつむき加減で、顔色が目に見えて悪い。少し荒い呼吸をして、まるで人でも殺してきたような気の動転が傍目にもうかがえる。俺とミュウが「どうした」と聞く前に、口を開いた。
「もうすぐ、セイギ、が、ナナシ、を、迎えに、来ます。」
「なんだ?外に出してくれんのか。」
「そう、なったら、あなたは、私の、敵、です。」
「うん、分からん。まあ、心配するなよ。誰が敵なのかは、俺が決めるんだよ。お前には、そこそこ世話になったし、敵対したりしねーよ。とりあえず、外に出られれば俺は、」
「出しません。」
「え?」
「ミュウちゃんと、ナナシに、手出し、させません。」
「出しませんって、一生ここに閉じ込めるつもりかよ。」
「はい。」
冗談を、言っているようには見えない。ハチは本気だ。いや、ちょっと待てよ。「出さない」と言って、出れなくするような権限がハチにあるのか。この状況がどれくらい深刻な事なのか、推し量れない。少なくとも、隣にいるミュウには大してあわてている様子は無い。ミュウはほんの少しの間、思案顔をすると、俺に話しかけてきた。
「もしかして、あんたずっと外に出られなかったの?」
「」
「なんでいつまでもここにいるんだろって思ってた。」
「誰が好き好んで、こんな場所にいるかよ。」
「じゃあ、出ていけばいいのに。」
「お前、話を聞いてねーのかよ。少なくとも、今はハチが外に出さないって言ってんだよ。」
「ハチ、どうして?」
「ミュウちゃんと、ナナシに、一緒に、いて、欲しい、です。」
ミュウは苦虫を噛み潰したような顔をして、俺を見る。案じなくとも、俺もお前と一生ここに閉じ込められるなんて願い下げだ。
「ん、じゃあ、話を整理しましょう。えっと、このまま放って置くと、セイギがこいつをどこかに連れていくんだよね。」
「はい。」
「そうなったら、私と一緒にはいられなくなるから、ここに閉じこもろうとしている、と。」
「…はい。」
「でも、あんたはここから外に出たいんだよね。」
「そりゃ、そうだ。」
「んーと、分かった。じゃあ、私と一緒に逃げましょう。」
「はい?」
「私とあんたとハチと三人でここから出ましょう。そうすれば、私とあんたは一緒にいられるし、あんたも外に出られれば不満も無いんでしょう。それからの事は、後で考えるわ。」
ここで何故、だとか、どうやって、と聞かない。第一、俺も少し前に似たような事を考えていたではないか。深い考えがあってやっている事ではないのだ。俺とミュウに唯一共感できる事があるとすれば、俺達は思いつきで行動している。ミュウは立ち上がると、ハチのいる、扉の方へと近づいていく。
「…ミュウちゃん。」
「ハチも、一緒にいたいって、言っていいんだよ。」
「…。」
「あと、ごめんね。せっかく私のために作ってくれたのに、壊しちゃうから。」
ミュウは扉に手を当てる。そこで深呼吸すると、体を捻り、思いっきり扉に向かって掌打を叩きこんだ。轟と音をたてて扉が、吹き飛んだ。
「ほら、開いた。」
「開いたって言わないだろ、それ。」
「ハチ、この通り、私は止められても行くけど、あなたはどうしたいの?」
「…ミュウちゃんと、一緒に、いたい、です。」
「ん、じゃあ、ちょっと一緒に出掛けましょうか。」
「…分かりました。」
いま一つ話についていけない所があるが、外に出られるのだったら、ともかくありがたいというべきなんだろうか。ハチが隣の部屋の扉も開ける。廊下に出ると、ちょうどセイギとサンタがこちらに向かって歩いてきているのに出くわした。いきなり障害発生である。セイギが俺達一団を見ると、フッと笑った。
「ものすごい音がしましたが、お嬢様、お出掛けですか?」
「散歩。」
「散歩、ですか。外は陽も落ちています。御一人で出かけられるのは、少々危ないのでは。」
「ハチもいるから、平気。」
「ハチもたった一人でお嬢様の身辺警護は心細いかと存じます。ぜひ、こちらのサンタもお連れ下さい。そうして散歩と言わず、ドライブに出掛けられては。下に車もご用意しております。」
「ん、分かった。そうする。」
…これは、俺が何か言ってやった方がいいのか。
「おい、待てよ。おかしいだろ。なんで、そんなにあっさり事を進めてんだよ。止めないのか。」
「どうして止める必要がある。それと誤解しているようだが、クソガキ、お前を通すとは言っていない。」
「…なんだ、やんのかよ。」
「一つだけ、約束しろ。お嬢様を危険な目にあわせるな。それができるなら、お前も見逃してやる。」
「できねーよ。というか、必要ないだろ。」
「お前は周りの人間に、空気を読まないヤツと言われた事はないか?」
「どんな空気なら、今この状況を飲み込めるんだよ。」
「説明してやろうか。」
「…いや、いい。危険な目にあってたら助ける、くらいに譲歩してくれ。」
「…まあいいだろう。お前は行くあてがあるのか。」
「さあな。」
「こういう時、頼る相手もいない、か。」
セイギはおもむろに懐から、財布を取り出した。一万円札を数枚、手に取ると俺に握らせた。
「大した額じゃないが、持っていけ。」
「金なんかいらねーよ。なんだ、いきなり。」
「遠慮なく、飯、は食べるくせに、金は受け取らないのか。あてもないなら、困るだろう。パンか何かと思って受け取っておけ。」
「…急に親切になるなよ。怪しいぞ。」
とりあえず、受け取ってはおく。
「返さないからな。」
「構わない。あとは、忠告だ。お嬢様はああ見えて、意外と繊細な所もある。分かりづらいかもしれないが、自分が物に執着できない事は気にしている。お前やハチに付き合うのはそのせいだ。だから、あんまりからかってやるな。それから、サンタはお前の事を気に入っている。俺が言うまでもないだろうが、信用はできる。ただ、あまりこちらの内情を教えなかったから、大抵の質問は、知らない、と返すだろう。」
「ハチは?」
「正直言って、把握しきれていない。最近は特に情緒不安定だから、お前が気にかけてやれ。」
「とにかく、出て行っていいんだな。」
「お前は意地でも理由を聞かないな。」
「意地でも教えたいなら、聞いてやるかもしれないぞ。」
「お前に任せる。あるいは、何も知らないからこそ、上手くいくこともある、のかもしれない。俺は、少し知り過ぎたのかもな。」
セイギは溜息を吐く。別に興味もないので、忠告が長くなる前に出ていく事にする。
「お嬢様の事を頼んだぞ。」
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