Magia II

「あれ桜子、今帰り? ずいぶん遅いな」


 私が道を桜のところまで進むより早く、葉太の方が私を見つけて声をかけてきた。地球のニホン出身の魔法使いは多くないので、私が学園に入った時から同郷だと喜んでいた——私の担当官アドヴァイザーにされたのは、きっとそのせいかもしれない。


「授業の片付けと、課題の採点を済ませていたの。葉太も遅いじゃない」

「僕は出欠整理後にドチェンドゥスの研究室に。お互いお疲れ様だな。やっぱり自分の研究しながら授業するのは骨が折れる」


 地球の大学ウーニウェルシタースでもよくあるように、この魔法学園では最高等過程のドチェンドゥスの学生のうち、自己の専門に秀でた者は該当の授業を担当することが多い。受講生は主にバカロレウスとマギスター過程の学生だが、自分の専門以外の知識を深めるために他のドチェンドゥス過程の学生の履修生も少なくない。

 私は学園長に言われて光魔法ルチェオの講義を担当している。それと同じように、マギスター以来、変化魔法メタモルフォーゼに特化した研究でかなりの魔法力を身につけていた葉太も、今年の授業を任されているのだった。担当官アドヴァイザーを務めるも、授業担当教師の仕事の一環だからだ。


「それにしてもすごいな、桜子は。さすが春川学園長の娘っていうか。学園に来てすぐに臨時講師を任されるなんてさ」

「そんなことはない、と思う。葉太みたいに研究熱心でも無いし……」


 私が学生としてこの学園に来たのは昨年の秋だった。学園長が行った能力考査でドチェンドゥスの第二級セクンディ・グラドゥスに編入し、すぐに秋学期の講義を担当することになった。大半の学生がそうであるように、厳しい昇級考査を何度も受けて第二級男子学生セクンダリウスに上がった葉太から見れば、確かに優秀に見えるに違いない。

 確かに私の光魔法ルチェオは自分でも驚くくらい強い。でも違う。私がここですぐに第二級女学生セクンダリアになって講師をやっているのは、きっとニホン出身の学園長が私のことを気遣ってくれているからに過ぎないのだと思う。

 葉太は私の褒め言葉に素直に喜べないらしく、眉尻を下げて苦笑した。


「研究は熱心だけでもなぁ……もう少しでうまくいきそうな気はしてるんだけど」


 そういえば学園内で話すことはあっても、葉太から専門についてきちんと聞いたことはなかった。多少なり私があまり長く話すことになるのを避けていることもあるけれど……せっかく教わってるのだから、詳しい話を尋ねるくらい……。

 月が綺麗で、風が気持ち良くて、草たちの楽しそうな話し声に、私も欲張りになってしまったのかもしれない。私はつい、話を続けようと質問してしまっていた。


変化魔法メタモルフォーゼ?」

「んー、それをもう少しひねったやつかな」

「それって、どんなもの?」


 どうにも困ったことに私は葉太から習っている変化魔法メタモルフォーゼが破滅的に苦手だった。初歩的なところから始めているはずなのに、どうしたって上手くいかない。


「もっと簡単に、花が雪に変わるとか?」


 そうしたらどんなに良いかな。そう思ったけれど、葉太の答えは私の期待とは違った。


「それはまず、かなり強い媒介がないと難しいかなぁ。資材マーテリアの花に近い力を発動させて、花の方の潜在能力を強くさせないと変化メタモルフォーゼの力も最大限にならない。そもそも桜子の成績ではまだ無理」

「……失礼ね。せっかく質問したのに。じゃあ何を研究してるのよ」

「もっと持続的な魔法だよ。変化魔法メタモルフォーゼは一時的でしかないのが現状だから、もっと長くその姿が続くようなやつ」


 ——姿ように、変化魔法メタモルフォーゼできたら……


 そんな魔法が出来上がったら……。途方もない理想論だ。それなのに、星を見上げて目を細める葉太の横顔を見たら、願う想いがふっと頭をよぎってしまって、私は急いで目を閉じた。そんな気持ち、気のせいだ。


「どした? 桜子? 寒い?」


 一瞬であれ生まれてしまった想いに私は小さく首を振っていた。それに気づいたのか、葉太が気遣わしげに聞いてきた。


「ううん……何でもないっ。私もう、寮に戻るから……葉太も早く帰らないと危ないわよ。近頃はこの辺りに悪鬼が頻出するっていうから!」


 堪らずそう叫んで、私は葉太に背を向けて寮の方向へ駆け出した。


 優しくされたら、またあの想いが蒸し返してしまう。側から離れられなくなってしまう。高まる前に、沈めなくちゃ……


 エメラルドの光の粒子が眩しい。今日は月が明るく冴え渡り、天の闇を埋める星達の輝きも多い。

 いつもなら穏やかな多幸感をくれるきらめきも、今日の私には無意味だった。

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