第50話 白魔の軍勢

「エミル! 逃げろおおおっ!!!」

「私はオルドール家を守る役。こんな所でエミル様を失う訳にはいかないのです!!」


 玉座の間にドームの叫びが響き渡るが、無情にもロンベルトの刃がエミルに迫る。しかし、ダンガが身を挺して間に割って入った。エミルを突き飛ばし、無数の刃はダンガを襲う。


「んがああ!!」

「オルドールに忠誠を誓うとは愚かな」


 辛うじて致命傷は避けたが、左肩から下を切断された腕が床に横たわっていた。激痛に顔を歪め出血する左肩を強く抑えたダンガは、もはや戦闘は困難であろう。


「ダンガ君!!」

「ダンガさん!?」


 ドームの傍にいたミルは、今にも倒れそうなダンガの元へと駆け寄った。自身を庇い深手を負ったダンガの姿を見て、エミルは動揺と同時にロンベルトが本気で殺しに掛かって来たのだと改めて実感する。エミルは自身のロングスカートを再び破り、地下牢の衛兵同様腕をもがれたダンガの応急処置を施した。


「さってと。そろそろミルも我慢の限界だよ。ロンベルト、覚悟してね」

「来るか霧の悪魔ミスティデビル。お前とは一度戦ってみたいと思っていたよ」

「みんな下がってて。ちょっと本気出すよ☆」


 ミルの後方に居た残る三人は、ミルの背中から発せられた言葉に強い殺気を感じる。エミルは急ぎダンガを王座の間の入口付近まで抱え、ドームも重たい身体に鞭を打つ。


「ほお、本気? お前の本気など知れている。霧の能力は既に周知であろう」

「さあどうかなぁ、準備はいい? ロンベルト」

「何処まで温いのだ、相手の準備を待つ程戦場は甘くな――」


 ロンベルトが輝く切っ先を見つめ会話を続けている中、目の前からミルが姿を消した。ロンベルトの後方より現れ、無言で短剣を切り付ける。

 間一髪で身を屈め、一撃を躱すロンベルトの口角は上がっていた。最早二人にはスローモーションの様に見えているのだろうか。ドーム以外は戦況の一変を捉える事が出来ずにいた。


「ハハハッ! そうでないと! 流石霧の悪魔ミスティデビル。油断というものを心得ているな」

「お喋り好きだね☆」

「フンッ。余裕というものだ」


 ミルも心なしか口角が上がる。再び消えたミルはロンベルトの前方へと戻り、一瞬姿を現した。が、間髪入れず姿を消す。


「お前は後ろからしか攻撃できんようだな」


 再び後方に意識を持っていくロンベルトだったが、その姿はロンベルトの正面にあった。


「残念こっちでした☆」

「なにっ!?」


 後方に気を取られていたロンベルトは、慌てて正面を振り向き直し防御の構えを取る。しかし、ミルの姿は無かった。

 更に後ろに回ったミルは、ロンベルトの顔目掛けて切り付ける。躱されたロンベルトの頬には、浅い傷を付ける事しかできなかった。しかし、明らかにロンベルトを翻弄している。


「くっ! ちょこまかと!」


 ミルの本気、それは翻弄。初速の速さを武器とし、相手の心情の隙を突く戦い方である。二手三手、更にはその先をも相手の動作を予測。

 相手を翻弄する要素は速さだけではなく、勿論言動にも含まれている。明るい言動やにこやかな表情、仕草は戦闘中に見せるには相応しくない。しかし、敢えてそうする事により対面する人には様々な感情が無意識に出てくる。何故今笑っているのか、なぜそこまでに余裕を見せているのか。人の思考が始まった時、身体の動きは一瞬止まる。その隙を突き初速を持って制するのだ。

 それを冷静に行えているミルは、相当な力量の持ち主だろう。それを行えている内は。


「もっかい行くよー☆ 次は何処からかな?」

「ほざけ」


 またしても姿を消したミル。既に人の域は越えているに近い。瞬時に消える程の速度は身体に負担が掛かっている事は容易に想像が付く。ましてや小柄な体型である。どこからその様な強靭な肉体を想像できようか。


 消えたと思ったのも束の間、その場に姿を現しニコッ一笑み。再び消えるミル。


「何がしたいのだお前は……」


 剣をしっかり握り、剣撃に備えるロンベルトは全方向に気を配る。またしてもその場に現れたミル、また消え、現れる。徐々にその間隔が短くなっていく。ロンベルトは不可解な行動に苛立ちを見せる。しかし、そう思ったのも束の間。ミルの姿がダブって見えたのだ。


「な、なんだ!?」

「まあ、これを見れた人は白魔の軍勢デビルアーミーって言ってたかな? 殺っちゃったけど☆」


 瞬間的な静止と初動。静と動による錯覚を用いた技である。超高速で動き回るミルにしか成し得ないであろう。寸分も狂い無く静と動を超高速で繰り返し、残像を見せるのだ。


 既に常人では不可能なレベルの速さではあるが、更に間隔を狭めるべく速度を上げていく。徐々に増えていくミルの残像は次第にロンベルトを取り囲んだ。


 初撃がロンベルトの後方より行われた。が、全方向に気を張り巡らせていたロンベルトは難無く躱す。


「フンッ! 所詮攻撃の瞬間の殺気に気付く。小細工など私には効かんよ」

「学習しないね☆」

「っ!?」


 ロンベルトは目を見開いた。全方向から殺気が向かってきたのだ。そう、ミルは常人を越えた超高速移動。全方向からの攻撃をほぼ同時に行う位容易い程。攻撃をする際に見せる身体全てが実物なのだ。最早常人などと、人間と比較する事にも疑問を抱く程の運動量である。


「見せてあげるよっ☆ 霧の悪魔ミスティデビルと呼ばれる、白魔の軍勢デビルアーミーと呼ばれる由縁をっ☆」


 全方向からミルの手に持たれた短剣が鈍く光った。

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