第10話 ザハル・ブラキニア

――――ホワイティア領内 とある村


「ぐ、なんでこんな所まで黒軍こくぐんが!」

「ハハハ! 白軍はくぐんの城を目指している道中にこんなちんけな村があるとはな! 駒は多い方がいい、アル! とりあえず強そうな奴だけ残して後は適当にヤっちまえ!」

「分かった」


 左隣にいたアルは一歩下がり、そのまま後方へと姿を消した。


「こんな辺境にも守るべきモノはある! 易々と黒軍なんぞに蹂躙じゅうりんされてたまるか! 白軍辺境防衛隊隊長、ダンガ! 行くぞ!」


 ダンガと名乗った白髪の兵士は、防衛隊の隊長と言うだけあってそれなりの身なりをしていた。

 一八〇センチ程で全身を銀の鎧に身を固め、一メートル程の長剣を握り締めている。

 しかし特に目立った装飾などは無く、この世界では一般的なロングソードである。

 全身をカバー出来る程の長方形の大盾には左向きのユニコーンが描かれていた。


 既にダンガ以外の防衛隊はタータに容易くやられ、残り数人もアルと戦闘中ではあるが全く歯が立たず虫の息。

 ダンガは右手に長剣を握り、左手には大盾。身体全体を隠し、横から右目のみを覗かせる。


「ハハハ! 威勢だけは認めてやる。ザハル・ブラキニア。お前のあるじの名前だ。身体に刻め!」

「ザハル……ブラキニアだと!」

傀儡シャドウの影マニピュレート!!」


 ザハルの名前に怯んだと同時に、影がダンガに向けて瞬時に伸びる。油断した訳では無かった。腰を落とし身構えていたダンガは、如何なる攻撃にも反応できると慢心していた訳でも無い。しかし瞬きをする猶予も無くダンガの影にくっつき、一気に影が全身を包む。


「くっ! なんだこれは……っ!」


 抵抗しようともがくも身体が全く動かない。


「良い駒になるんだな。ハハハ!」


 為す術が無いままダンガは影に飲み込まれる。

 ほんの僅かの静寂の後、影が霧散した。


 消えた影から現れたのは、戦闘前の白髪のではなく黒髪になったダンガ。目も生気を失ったかの様に黒くなっている。自意識が無くなったダンガは、ガチャリと剣と盾を下ろし呆然と立ち尽くす。


「ザハル、大方片付いたが手応えのある奴は一人も居なかった。というかタータが殆どヤっちまってな。あの女、好き勝手無差別にやるから選別する間もなかった」


 アルは溜息をつきながら、遠くでキャピキャピと走り回るタータを見ていた。


「ザーハールー! 終わったぁ? 久々にたーのしーよぉー、キャハハ♪」


 どこに持っていたのか。身の丈程の木の杖をブンブンと振り回すタータ。木の先端には鈍く光る紫色の球体。先端は鷲掴みしている様にその球体が嵌め込まれていた。

 足元や周囲には紫色の煙が漂っている。


「タータ、そのまま近付いてくるなよ。お前は危なっかしくて敵わん」

「分かってるよぉ♪」


 ザハルに言われタータは杖を地面に突き立てると、紫色の煙が杖に吸い込まれる様にスーっと消えていった。


「さぁ、奴らの城まで行くぞ。無差別女のせいで駒が増やせなかったがな」

「テヘ♪」

 

 ダンガが無言でザハルの側に寄る。責められている事など微塵も気にする様子が無いタータを見て、アルがまた溜息を吐いた。


「アルぅ、溜息ばかりついてると幸せ逃げちゃうぞ♪」


 もはや呆れて何も言わないアルだった。


――――――――――



「さぁて、ここまで来たのはいいがなんだこの……」

「この様子じゃもう黒王様が城内に潜入したかも知れないな」


 自我の無いダンガを含めた四人は、ホワイティア城城門前に立っていた。白く大きな城の周囲は全て高さ五メートルはあろう石の塀で囲われており、城から五〇メートルもの間隔をあけて築かれていた。


「まあいい手間が省けた。しかしなんだ、この粗末な結界は」


 塀に沿って張られていたのは、外敵から守る為であろう無色透明の結界。しかしザハル達を拒む事なく、なんなく通過を許す。


「これも黒王こくおう様が潜入し、なんらかがあったとみていいかも知れないな。ザハル、とりあえず警戒は続けたほうがいいだろう」

「言われなくとも分かっている。アル、お前馬鹿にしてるんじゃないだろうな」

「ザハルのばかぁ~♪ キャハハ」


 アルの顔が一瞬で変わり、タータに向けて右手を向ける。すると手のひらから赤黒い炎が現れ、渦を巻きながらタータに襲いかかる。


「おっと危ない危ない! 死んじゃうよぉ。怖い怖い♪」


 さらりと横に避けたタータを更に睨みつけた。ザハルを侮辱する気など毛頭無いアルにとっては、タータの発言がしゃくに触ったのだろう。


「お前、次は無いぞ」

「へいへい♪」

「行くぞお前ら、遊んでる暇は無い」


 城の入り口まで来て三人は大きな扉を見上げる。ダンガは相変わらず自我が無い様子。

 金銀宝石の類の装飾は無いものの、表から見ても明らかに分厚い鉄の扉。幅五メートル、高さ一〇メートルもある巨大な扉だった。

 普通ならば警備兵が立っている筈が、何故か誰もおらず静まり返っていた。


「しーずかー。誰だお前達ぃ! とか言って追い返そうとしてくれたら面白かったのになぁ」


 とても敵の本拠地を目の前にしているとは思えない程、緊張感の無いタータ。最早二人はツッコミもせずそのまま場内に進入するのであった。


――――――――――


「結局誰にも遭遇しないまま上階まで来たな。しかしなんだ、この扉の向こうから感じる異様な気配」

「誰が居ても問題は無かろう。父はこの先に居るかも知れん。行くぞ」

 

 アルは腰を少し落とし警戒を強めた。


「綺麗だねーこのお城! タータこんな所に住みたいぃ♪ ちょっと他も見てくるぅ! キレイな絵とか無いかなぁ♪」


 そう言ってタータは別の通路を歩いて行った。

 相変わらず呑気なタータを気にも留めないザハルは、大広間の扉に向かって巨大な斧を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る