オレの主はお前じゃない ~色の世界に生きた灰王~
荒野谷 幸
一章 -欺瞞の白-編
第0話 プロローグ
「きゃー!」
負傷し倒れていた
手に持っていた杖で、襲い掛かってきた
拍子で被っていたフードは脱げ、まだ幼さの残る顔は怯えていた。絡まる事を知らなかったセミロングの髪は、汗で頬に引っ付き、泥や血で毛先がバサバサになっている。
「い、いやー! 助けてー!」
皮の胴当てを装備した黒軍兵は身軽で、初撃を防がれ追撃を加えようとした。振りかぶられたロングソードがキラリと光り、
白髪の女は黒軍兵が持っていた木製の盾を拾い、必死に身を隠そうとする。直径五〇センチの丸盾は、いくら小柄であろうとも女性一人を隠せる大きさでは無かった。しかし、身を守る一心でそこまでの余裕は無い。ガタガタと震え、もはや戦力にはならないであろう。
丸盾に代わって捨てられた木製の杖は、身長よりも一回り長く幾度となく衝撃に晒され所々欠けている。
先端には馬の頭部、そこから生やされた翼が左右に伸びた金属の装飾が施されていたが、左翼だけがポキリと折れていた。ペガサス、背に羽を生やした白馬は白軍のシンボルである。
質素な白い無地のフード付きローブは既に泥や血で薄汚れ、使い古されたボロ雑巾の様相。
彼女は
能力には個人差があり、攻撃的な能力や治癒を目的とする能力など様々である。彼女は治癒を主とした
後方支援が主である
簡単である、既に戦場は混戦状態。劣勢の白軍は後方部隊も前線に出ており、
この戦場では白軍と黒軍が、とある聖石を求めて絶えず争いを繰り返していた。その聖石は絶大な色力を得る、莫大な富を得る、全世界を掌握する術が得られる等の噂が絶えない。
しかし近年手にしたものはおらず、噂の域を出る事は無く謎に包まれていた。
緑豊かで色とりどりの花が咲き乱れていた美しい草原。だが幾度も踏み荒らされ、泥や血の跡で見るも無残に変わり果てていた。
戦いが始まってからは既に一時間以上は経過していた。日は山の向こうへと沈みかけ、次第に雲も掛かり薄暗くなってきている。
火矢が飛び交い草木は燃え、暗くなってきた戦場に残り火が揺らめく。走り回る兵士達により煙を上げた地面から、焦げた臭いが辺り一面へ広がっていた。
「くっ! ――まだ――るな――おい! 諦めたらおわ――」
必死に攻防を続ける白髪の男兵は、近くで膝を付く戦友に身を隠せる程の大盾を展開した。大盾の正面にはペガサスの紋様。全身は丸みを帯びた鋼鉄の甲冑を装着していた。
火矢が盾を執拗に狙う。構えを崩さず必死に仲間を庇い、檄を飛ばす。互いの言葉では意志の疎通は困難な状況。だが日々鍛錬を共にしてきた絆によりアイコンタクトで互いを鼓舞し合う。
いずれ聖石を手にし、安寧の世を築いてくれると信じて忠誠を誓った自国の為。
己の力を誇示する為。
将来を約束した恋人の為。
帰りを待つ家族の為。
決して引く事の出来ない戦いを前に、容赦の無い攻撃が互いを削り合う。
兵士達の甲冑は、味方とも敵とも分らない血で染まっていた。
徐々に疲弊し倒れていく仲間を前に、出立前の磨き上げられた甲冑、その身に満ちた希望と勇気はくすんでいた。
そんな中薄暗さを利用し、戦場を素早く駆け回る幾つもの黒い影。白軍が劣勢を強いられている要因の一つ。それはサベラスと呼ばれる体長二メートル、犬型四足歩行生物だった。
拮抗する戦いに
黒王自身の影から現れるサベラスは、黒王の命にのみ忠実に行動する。異界より生み出されている、地獄の番人、命に背いた者はサベラスに喰われるなどと、黒軍兵達からも恐れられていた。
眼光は赤く、獲物に飢えた表情は獣そのもの。
耳は大きく尖っており、犬歯は大きく口からはみ出し、凶悪さを引き立たせる。体毛は黒く短毛、筋肉質な身体は黒光りしている。四肢の爪は鋭く、一本一本が頑丈なナイフその物だ。尻尾は一メートルと長く、先端は黒い影がモヤモヤと纏わり付いている。
その内の一匹が、鋭い眼光で一人の白軍男兵に狙いを定める。強靭な脚力で一気に距離を詰め、勢いよく飛び掛かかり横腹に噛みついた。
「グァオオオオ!」
「な、なんだっ!? ぐあああ!」
鋭い牙と異常なまでの
「だい――か! 大丈夫か! しっかりしろっ!」
駆け寄ったもう一人の白軍男兵が、傷つき倒れた戦友を抱えるが既に息は無かった。
一人、また一人と倒れていく。
ゴオォォォ!
突如、閃光と地面を揺らす程の轟音が戦場に響き渡る。辺り一帯の全ての兵士が、揺れる地面に抗う事が出来ず体勢を崩す。
閃光と轟音の元は空にあった。無意識に向けられた視線達の先には、迷う事無く一直線に地面へ向けて落下してくる
それは雲を掻き分け、眩い光に包まれた流星であった。その流星に誰もが呆気に取られ、戦闘どころではなかった。
流星は煙の尾を引き、更にスピードを上げて地面を目指す。ほんの数秒の後地面に到達し、その場全ての音という音を掻き消した。
両勢力の争いに、一筋の流星が終わりを告げる。
世界各地から確認できたこの流星を見て、ある者は吉兆とし眼前で手を組み、願い、祈る。ある者は凶兆とし頭を抱え、恐怖し、絶望した。
流星を機に、荒んだ世界の歯車が加速していく。
―――――
爆風が落ち着き、徐々に静かになっていく。
「おい今の! 向こうは黒王と
「煙が酷くて確認できない」
白軍の兵士達は地面に伏せ、流星の落下地点に目をやった。
「白王様は?」
白軍の女
自身の長い杖と先程の丸盾を携えていた。伏せていた白軍男兵に両手をかざし、治癒を施す。
「よし、大丈夫だね! ちょっとあっちに行ってみる!」
走って行く女の
流星の落下地点には直径一〇〇メートルもの大きなクレーターができ、地中がむき出しになっていた。
その周囲は衝突の影響で、今後暫くは植物が繁栄する事は無いであろう凄惨な状況。
白軍男兵が後に続き走り寄ってきた。
「あぶねーだろ! まだ黒王もいるんだぞ!」
女治癒色操士はクレーターの前に立ち、中心部を注意深く確認する。
「白王様は? 黒王もいないぞ」
「ねえ見て! あれは白王様の剣?」
女治癒色操士が、クレーターの中心に僅かに光った白王の長剣を見つける。ゆっくりと足を滑らせない様、斜面に手を付きながらクレーター中心部へと摺り降りていく二人。
両刃の刀身は一メートルと汎用のロングソードと変わりはない。
しかし鍔の中央には白軍の象徴であるペガサスの紋様が刻まれ、鍔に代わり左右に羽が生えた形となっている。
鋼鉄素材だが刀身を含む全体が白く輝き、一般的なロングソードには無い圧倒的な存在感と威厳があった。
白王のみが持つ事を許された唯一無二の剣である事は白軍内では周知である。
もう一つ、白王の長剣の倍の長さはある両刃斧。それは黒王の両刃斧で、全体は黒く統一されていた。
鉄の柄一メートルの先には真円の刃、柄同様に一メートル程。しかし柄側と先端側は半月状に欠けた形をしている。
中央部には黒軍の象徴である黒牛、牛の頭部から角が生えた紋様が赤く描かれていた。紋様は怒りを表しているかの様に赤く鋭い目つきである。
二つの武器は流星の衝突の影響なのか、はたまた激戦の末に耐久力を失ったのか。戦前に手入れされていた武器とは思えない程、泥まみれになり刃が欠けていた。
そのぼろぼろになった二つの武器の間に青白く光る膝丈ほどのキューブ。全面に銀色の蔓の様な装飾が施されていた。
「なんだこれ? それに黒軍の奴等も気付いたら居ねーしよ」
周囲を見渡しながら、白軍男兵がつま先でキューブを軽く蹴る。
「痛ってぇな……」
「ん? 今なんか言っ―――」
瞬間、キューブが発光し辺り一面を包み込んだ。
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