第23話 集う人々
「淼。ただの風邪という話では?」
「そう聞いていたんだけど、違うっぽい」
密やかに会話をしながら玉鈴は地面に伏せ、助けてくれと懇願する人々を観察した。
年若い男は不安を酒で誤魔化そうとしたのか赤らんだ顔でちらちらと自分達を盗み見するが目があうと急いで視線を地面に落とした。その隣には痩せた幼児の手をとる十歳前後の男児、彼らのそばには祖母と思わしき女が静かに泣きながら両手のひらを擦り合わせている。肥えた初老の男とその妻は土下座の体制で固まり、前垂れ姿の女は
ぱっと見る限り、家族や友人のような間柄ではない。共通していることといえば例の病で苦しんでいる家族がいる、ということだろう。
「あの日、龍女自ら坊っちゃんを迎えに来たのを見た者がいました。鹿家の御子息である坊っちゃんから龍女に薬を恵むように言って下さい」
「あ——……坊っちゃんは今、邸宅にて休養中です」
つい、亜王様と言いかけてしまい慌てて言葉をつくろう。坊っちゃんという言葉を使うのはむず痒いものがあるが我慢だ。
「まさか坊っちゃんもあの病に?!」
「いえ、最近、仕事詰めでしたので。お体は至って健康そのものですよ」
母親に似たのか健康的な彼は蒼鳴宮に入り浸るようになってからも風邪のひとつしてはいない。まあ、食べすぎで腹痛や吐き気を催したり、木登りをしてはかすり傷や打撲をつくったりしているので無傷とも程遠いが。
「なにがあったのか詳しくお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
親父は訝しむ視線を寄越す。
「坊っちゃんにお伝えして貰えますか?」
「はい。必ず。だから、まずは患者を診せて下さい」
集う人々は顔を見合わせると身を寄せてなにかを囁やき合う。相談しているようだ。
相談が終われば初老の夫婦が前に進み、頭を下げた。
「私共の家が一番近いので、ぜひお越しください」
「ええ。よろしくお願いします」
「こちらです」
夫婦の案内の元、連れてこられたのは古めかしい建物だった。壁のヒビの入り方や色のくすみは蒼鳴宮といい勝負だ。
一階は店となっているため、玉鈴と淼の二人は二階の
「私の母です」
年老いた女が横たわっていた。枯れ木のような腕と足は力なく、褥に沈んでいる。寝ているようだが咳は止まらないらしい。頻繁に咳を繰り返し、その合間に浅く呼吸を繰り返していた。
「ずっと寝たままなんです。とても元気な人だったのにこの病に罹ってから急に死んだように動けなくなりました……」
「いつからですか?」
「咳が出始めたのは一月ほど前からです。それから二週間後ぐらいから動けなくなっています」
男はぐっと涙を堪えながら玉鈴の質問に丁寧に答える。
「食事は食べていますか?」
「粥にすればどうにか食べさせることができますが、咳のせいで満足に食べさせるのは難しいです」
「咳はずっと続いているのですね」
「最初の頃は普通の風邪ぐらいの咳でしたが、寝たっきりになってからはずっと四六時中し続けています。咳のしすぎで喉が切れて時折、血を吐いたりします」
「少し、確認したいことがあるのでお母様に触れてもよろしいでしょうか?」
男は「えっ」と驚愕の声をもらすと黙り込んでしまった。医師でもない見ず知らずの男が母親に触れるのを嫌がってのことだろう。
気難しい表情で男が唸っていると側で静かに寄り添っていた妻が「いいです」と強い声で言った。
「
「ありがとうございます。では失礼します」
玉鈴は老婆の右腕に触れた。石のように硬いが軽く、血が通っていないように冷たい。まるで死んでいるようだ。これが年齢のせいか、病に臥せているためかは分からないが、
——可哀想に。
あまりにも痛ましい姿に、心の奥で眉根を寄せた。
浅黒くシミと皺だらけの腕や手首、指又や指先、手のひら、手の甲。細部を注意深く確認する。
目的のものが見つからなかったため、今度は左腕を同じように。そこも見つからなかったので次は右足に触れた。
「あった」
目的のものは見つかった。右足の親指だ。
「これは……?」
夫婦は不思議そうにそれを眺め、「あっ!」と妻が声をあげた。
「鼠だわ!」
妻の声に男は首を捻る。
「鼠?」
「ええ。あなた、覚えてないの?」
「……そういえば寝ていたら足の指を鼠に齧られたとか言っていたような」
「ちょうど、咳がでる前よ!」
夫婦の会話を聞きながら玉鈴は傷口を睨みつけた。華宝林の指先にも、豹嘉の指先にも鼠に齧られたような噛み傷があった。かけられた呪は違っても、方法は同じ。つまり、犯人は同一人物だと考えられる。
「この風邪のような病は鼠によるものです」
「なら、これって鼠が持ち込んだ病気ってこと?」
淼の問いかけにすぐさま頷く。病気ではなく、正しくは呪いだが。
「ええ。きっと、病に臥せている人々の体を確認したらこれと同様の噛み傷があるでしょうね」
淼は玉鈴の耳元に唇を寄せる。
「犯人ってやっぱり龍女? 確か動物を操る力があって言ってたよね?」
小さく囁かれた言葉に玉鈴はまた頷いた。
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