50 『剣の秘密』
どれくらい意識を失っていただろうか。
啓太は、冷たい石の床の上で目を覚ました。
「……っ」
起き上がろうとするも、体は接着剤で床に張り付けられたかのように動かなかった。。
(くそっ、一体何がおきたんだ?)
まだぼんやりとする頭を無理やりに働かせて記憶を辿ってみる。
確か啓太達は城の門番を無事に突破し、城内に足を踏み入れて――
(そうだ! 皆はどうなって――)
そこでようやく、啓太の耳に金属と金属がぶつかる甲高い音が届いた。
あれは、剣と剣がぶつかる音だ。
同時に聞こえる音は、二つ。
ガブリエラとカルラが、それぞれの敵と切り結んでいる音だろう。
(ティアは――)
もう一人、啓太達の中で最大戦力であり切り札でもある存在は何をしているのだろう。
ティアなら、いつも通り魔法で敵を蹴散らしているはずだ。ガブリエラとカルラに敵と戦う暇など与えずに――
「気になるか?」
「っ!?」
耳元で、男の声が聞こえた。
辛うじて動く眼球を声のした方に向けると、視界の端に一人の全身鎧の男が写る。
「何がおきたか分かってないって顔だな」
ゆっくりと啓太の眼前に移動しながら、男が楽しそうに言う。
「お前たちは本当によくやったよ。森に送った近衛隊を退けるとはな」
「おまっ……!」
お前も近衛隊か、と尋ねようとした啓太の口は、しかし上手く動かなかった。
「しゃべれないだろ? お前には麻痺薬を打ち込んでいるから、丸一日は指一本動かせないぜ」
なるほど、先ほどからの体の重さはこの男の仕業だったのか。
「それから、お前が訊きたかった質問に答えよう。私は近衛隊隊長のスピリドン・マルコヴィチ・ボガトフだ」
そう言って大げさにお辞儀をする男。兜の下で表情はうかがえないが、ねちねちとした視線を感じた。
「それからもう一つサービスしてやろう。お前が気になっている
そう言いながら、男が啓太の視界から外れた。
そこで初めて、啓太は気が付いた。
啓太の視界の先、力なく床に転がっている存在に。
(くそっ! ティア!)
ティアは、微動だにしない。
「安心してくれたまえ。まだ殺してはいないよ」
啓太の視界から外れた位置で、男が楽しそうに話す。
「どんなにすごい魔法使いだろうが、魔法を使う前に倒せばいい。だだっ広い平原なら敵わなくても、隠れる場所がいくらでもある屋内なら、こんな風に背後を取って気絶させるのは容易さ」
「ひぃあいあひぃいひぅうほひぃひぁ!」
口が動かないのがもどかしい。
「今から止めを刺そうと思っていてね。せっかくだからそこで見物しているといい」
「ひぁえお!」
男はくくっと笑うと、啓太の
「どうせなら、こいつの試し切りに使おうか。仲間の剣に貫かれて死ぬなんて感動的じゃないか」
「……」
いや、その剣は全く切れないですよ。
口が動くのなら、そう言ってやりたい。
啓太の沈黙をあきらめととらえたのか、男は上機嫌に笑った。
「ははは! 諦めたのならそれもよし。そこでなすすべもなく彼女が死んでいくのを見ていろ」
そう言うと、男は啓太の剣を高々と振り上げた。
剣の放つ眩しい光に照らされ、兜の奥に潜む男の狂気に満ちた目が見えた。
「終わりだ――」
ぽよん。
案の上、剣はティアの体にはじかれた。
洋服すら傷ついた様子はない。
「……」
暫しの沈黙。
「この剣はお前に返そう!」
そう言って、男は剣を啓太の目の前に捨てた。
いや、だから言ったのに。
「やはり、ここは俺の剣で切り捨てよう」
啓太の鈍らによって一瞬だけ意表を突くことができたが、それでもピンチなのには変わりなかった。
今度は自らの腰に差した剣を抜くと、男は再びティアに近づいて行った。
今度こそ、その刃でティアを貫く気だ。
――やめろ
今すぐに男に飛びつきたい。ティアへの攻撃を止めたい。
しかし、麻痺薬を打ち込まれた体は、相変わらずうんともすんとも言わない。
「終わりだ」
男がゆっくりと剣を振りかぶった。
――やめてくれ
剣を振りかぶったままの男と、視線が合った。
その瞳は、残虐な色に光る。
――俺が、止めないと
だが、どうやって?
体は動かない。
男との間には絶望的なまでの実力差がある。仮に飛び込んだところで瞬殺されるだろう。
それに、今啓太の一番近くにある剣は鈍らで――
「……!?」
剣が、強い光を放ったような気がした。
(気のせいか?)
だが、確かにその剣は、これまでにない程の眩い光を放っている。
「な、なんだそれは!?」
男も、異変に気が付いたようだった。
まるで昼間の太陽のような剣の光は、空間全体を煌々と照らしている。
暖かい、光だった。
一番近くでその光を浴びた啓太は、そう感じた。
頭の先からつま先まで、じんわりと温まる感触がする。
そして――
「体が、動く」
先ほどまでずっしりと重かった体は、今は羽のように軽くなり、動かせるようになっていた。
「その剣は、お前は……、まさか!」
男の瞳に驚愕の色が浮かぶ。
啓太は剣を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。
全身の隅々まで力がみなぎる感覚。
「よくも、ティアを傷つけようとしてくれたな」
啓太は、剣を構えた。
剣術など習ったことが無い、素人の構えだ。
剣の持ち方も、足さばきも、正直よくわからない。
「くそっ……!」
男も、剣を構えた。
隙の無い構えだ。
間合いに入ったら、一秒と持たずに切り伏せられるだろう。
だが、それでも。
啓太は不思議と目の前の近衛隊の男に負ける気がしなかった。
「行くぞ」
啓太が、男に向かって駆け出した。
男が、剣を振りかぶる。
啓太の両腕が自然と動き、男の剣を受け止めた。
ギィィィン!
甲高い音。
それに続いて金属が意思の床を転がる音が聞こえてきた。
「っな……!」
柄から上がきれいに折られた剣を握ったまま、男が固まる。
「……悪いな。俺は素人なんで、手加減は出来ないんだ」
啓太が剣を振り上げる。まるで誰かに両腕を支えられているかのような感覚。
そのまま、容赦なく剣を振り下ろした。
「お前、やはり
眩い光の中、最後にそんな声を聴いた気がした。
***
「ふぅ、これで一安心ね」
両腕を前に突き出した姿勢のまま、ティアがそう言って小さく息を吐いた。
男を倒した後啓太がティアを起こすと、ティアは瞬時に状況を把握した。
ガブリエラとカルラを押していた残る二人の近衛隊は、今はティアの魔法で吹き飛ばされ意識を失った状態で床に転がっている。
「ありがとう。助かったわ」
激戦のためか肩で息をしながら、ガブリエラが礼を言った。
「あたしの方は、もう少しで倒せそうだったけどな!」
「何言ってるの、カルラ。あなたかなり押されていたじゃない」
「……うるさい」
カルラの方も、細かい切り傷はあれど無事そうだ。
最強と名高い近衛隊相手にこれだけ持ちこたえていたのだ。つくづく頼りになる二人だ。
「で、そっちの方は――」
そう言って、ガブリエラは口をつぐんだ。
啓太が男と戦った場所は、啓太が剣を振った軌跡に沿って天井から地面まで一文字に切り込みが入っていた。
斬撃によって壁が切り取られ、外の光が入り込んでいる。
「あたしもチラッとしか見てなかったが、すごい光だったな」
カルラがそう言って肩をすくめた。
今は再び啓太の腰に収められているこの剣は、切り伏せた男を一撃で蒸発させた。
結局、ただの鈍らじゃなかったということだ。
「あの光からすると、やはりその剣は私の知っている剣かもしれないわ」
「昔どこかでみた、っていう奴か」
「ええ」
ガブリエラは小さく頷いた。
「多分、この城で見たんだと思う」
「この城!?」
この剣が恐らく伝説の剣やら魔剣の類なのは間違いないだろう。
だがガブリエラの言う通りだとして、一体全体どうやってそれがヘリアンサス王国の首都にあるさびれた武具店に転がっているのか。
「ということは、それはナジャ法国の王室所有の物なのね」
「間違いないわ」
ティアの質問を、ガブリエラは首肯した。
「だがこの剣は、ずっと何も切れない程鈍らだったんだぞ? ティアもあの店主が紙一枚切れないところを見ただろ?」
それに、啓太が剣を振るう直前には近衛隊の男が剣をティアに突き刺そうとして跳ね返されている。
「そうなのよね」
ティアが頭を捻った。
「何か、特別な条件で力が跳ね上がる剣なのかもね」
「特別な条件か……」
「それか、特定の人物が使った時だけとかね。私の記憶の限りだと、ケータがその剣を使ったのは初めてじゃないかしら」
啓太の脳裏に、最後に効いた男のつぶやきが浮かんだ。
(あいつは最後に『賢者』って言っていたな。もしかして、俺みたいに地球から来た者にしか扱えない剣なのか?)
それなら、店主やあの近衛隊隊長が使った時に何も起きなかった理由が納得できる。
とりあえず、これで啓太も立派な戦力だ。
「さあ、ぐずぐずしてないでイーラのところに行きましょう。この騒ぎを聞きつけて逃げ出さないとも限らないわ」
王城の玄関の先に延びる階段を見つめて、ティアがそう言った。
あれを登れば、いよいよイーラと二度目のご対面だ。
「そうだな。行こう!」
ティアの言葉に頷く。横で、ガブリエラとカルラも頷くのが見えた。
ティアを先頭に、一行は階段を登りだす。
――決着は、近い
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