第644話 過去編5 レースの裏側17 裏の裏の裏 3
ランスロー家がその提案を受けるかどうかはアレンにとっても賭だった。一方的に縁を切ったが、ランスロー家が大公家をどう思っているのかよくわからない。ランスロー家では大公家のことは話題に出ることさえないようだった。
今さらだと思われるのは百も承知で、お妃様レースについて触れ、滞在期間中、面倒を見ると提案する。2人の孫を王都に寄越して欲しいと頼んだ。
正直、断わられると思っていたので承諾の手紙を受け取って驚く。ランスロー家が大公家を許すとは思っていなかった。
アレンは大公家の面子のために娘を切り捨てた。実際には事情は少し異なるが、事実はそう見えるだろう。むしろ、そう見えるようにアレンは仕向けた。
内定とはいえ、フローレンスが王妃になる話は一部の重臣にはすでに伝わっていた。公表される前だからぎりぎり許されたが、勝手なことをしたフローレンスが何の咎めも受けないというわけにはいかない。アレンは厳罰を与えるしかなかった。それには縁を切るのが一番いいと思う。そういう形で、アレンは娘を大公家のしがらみから解放した。
そのことについて、後悔はしていない。フローレンスがランスローで幸せに暮らしていたことは知っていた。おそらく、王妃になるより彼女は幸せだっただろう。
だが、死に目に会えなかったことも、孫の顔を見ることも出来ない事は悔やんでいた。
国王はそのことに気づいていたらしい。おそらく、自分が意図的に娘の家出を見逃したことにもすでに気づいているのだろう。
そして、色濃く表れた賢王の血を求めるあまりフローレンスを王妃として迎えようとしたことを悔いているのかもしれない。
お妃様レースを利用して、国王は過去の償いをしてくれたようだ。
ランスロー家は提案を受け入れてくれる。マリアンヌとシエルがやってきた。今まで見向きもされなかったと思っているであろう孫達にどう接したらいいのかアレンは悩んだが、孫達の方が大人だった。
祖父として、あっさり受け入れてくれる。
顔立ちは全く似ていないのに、マリアンヌを見ていると何故かフローレンスを思い出した。
自分は決して、いい父親ではなかった。子供達のために時間を割いたことはほとんどない。だがまったく娘との思い出がない訳ではなかった。早々に父親に対して全てを諦めた息子と違い、フローレンスはそれでも父との時間を持とうと努力してくれた。その数少ない思い出の中のフローレンスとマリアンヌが重なる。性格が似ていると思った。
それはアレンに嫌なことを予感させる。
マリアンヌは王子よりかなり年上だ。10歳近く年の差がある。本来であれば、未婚であっても王子妃に選ばれることはない。しかも辺境地の男爵令嬢だ。将来、国王になる予定の第三王子の妃には相応しくない。
だがそれらを全てひっくり返すのが今回のお妃様レースだ。そのレースで優勝すれば、誰にも文句は付けられない。
マリアンヌが選ばれる可能性はゼロではなかった。
(だが、マリアンヌが優勝するなんてことはないだろう)
心の中で、アレンは自分に言い聞かせる。お妃様レースが本当に純粋なレースであるわけがない。優勝者はどこかの段階で決まり、その後は彼女を勝たせるための出来レースが仕組まれるはずだ。条件が悪すぎるマリアンヌが選ばれる可能性は低いだろう。
だがそう思うのに、アレンは不安が拭えなかった。
そしてその不安は現実になる。
アルフレットに話があると言われた時から、アレンはある程度覚悟していた。
王宮から戻ったアルフレットの話はマリアンヌのこと以外、ありえない。
切ったはずの縁が再び繋がる予感に、アレンは渋い顔をするとかなかった。
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