第636話 過去編5 レースの裏側9 観察




 メアリは王宮の侍女だ。王子の専属ではないが、シフト的に王子を担当することが多い。


 それは決して偶然ではなかった。メアリはもう一つの仕事の方で、王子の護衛と監視を担当している。


 お妃様レースの開催が決まってから、メアリは何かと忙しくしていた。国王に呼び出される回数も増える。


 その日も、メアリは国王に呼び出された。人目を忍んで国王の部屋に入る。




「お呼びですか?」




 勝手に部屋に入った後で、メアリは尋ねた。




「ああ」




 国王は頷く。




「ラインハルトが自分の妃を決めたそうだ」




 独り言のように、話し始めた。黙って、メアリは国王の言葉を聞く。


 ラインハルトがマリアンヌを気にしていることを国王はルイスから報告を受ける前に知っていた。メアリからすでに報告が入っている。年上の辺境地の男爵令嬢のことを妙に気にしていると、聞いていた。


 知っていながら、ルイスの前では素知らぬ顔をする。


 国王は独自の情報網を持っていて、城で起こることはたいてい把握している。しかしそれは公然の秘密となっていた。誰もそのことには触れない。


 ルイスの方も、国王が知っていながら知らぬ顔をしていることに気づいていた。




「マリアンヌ嬢でしょうか?」




 メアリは確認する。




「ああ」




 国王は頷いた。




「明日、ラインハルトは自分の身分を打ち明け、令嬢を説得するつもりのようだ。令嬢がどんな人間が本心を探ってくれ」




 命じる。




「はい」




 メアリは引き受けた。












 翌日、王子の指示でメアリたちはお茶の用意をしていた。


 たくさんの菓子をワゴンに載せて、準備をする。




「こんなにたくさんお菓子を用意するなんて、気合が入っているわね」




 メイドの一人が呟いた。


 王子はさほば菓子に興味がない。いつもは適当に、二種類くらい見繕ってくれというオーダーが入った。だが、今回は違う。指定されたお菓子だけでも5種類もあり、さらにいくつか用意した菓子と被らないものを準備するように言われた。


 明らかに、気合が入っている。


 茶葉も同様で、最高級の茶葉を5つほど用意していた。マリアンヌの好みを聞いて、煎れるようにという指示が入っている。




「本当ね。もしかして、相手はお妃様候補なのかしら?」




 別のメイドが答えた。




「しっ」




 メアリは口の前に指を立て、余計なおしゃべりをしないように止める。


 王子の結婚について、勝手な憶測を口にすることは禁じられていた。下手な噂話が流れれば、厄介なことになる。


 軽口のようなこんな会話さえ、聞かれれば処罰を受けることになる。メイド達もそれを知っているので、黙った。




 不自然な沈黙が生まれた中、ルイスからの指示が入る。王子の私室に客がいるので、お茶の用意をしろと言われた。メアリたちはワゴンを押して向かう。




 トントントン。




 メアリが代表して、ノックした。




「……」




 返事はない。勝手に返事をしていいのかどうか、迷っているのかもしれない。




(でしゃばりな性格ではない)




 メアリはそう判断した。


 今までの、王子の婚約者を狙う令嬢達の態度は目に余るものがあった。必死で、王子と仲が良いことを周りにアピールしようとする。自分と王子との噂が流れることを彼女達は期待した。




「失礼します」




 メアリは断りを入れて、ドアを開けた。ワゴンを押したメイドたちがずらずらと中に入る。


 マリアンヌはそれを戸惑った顔で見ていた。


 メイド達は気にせず、テーブルの上にお菓子を何種類も並べていく。


 困惑していたマリアンヌの顔がだんだん楽しげなものに変わった。




「お菓子の国みたいね」




 そんなことを呟く。




(お菓子の国?)




 変わったことを口にする人だと、メアリは思った。


 菓子を並べ終えたメイド達は一歩下がる。




「お茶はどれになさいますか?」




 メアリは聞いた。茶葉の指定を求める。




「何があるのですか?」




 穏やかな声が尋ねた。


 年若い令嬢とは違い、落ち着いた声音だ。年齢を考えれば当たり前かもしれない。


 だが優しい響きのある声音をメアリは個人的に悪くないと思った。




(外見はどちらかと言えば、地味。ぱっと目を惹く美人ではないけれど、かといって不細工でもない。それなりに化粧をして着飾ればそこそこ美人になるだろうに、本人にそのつもりはないようだ)




 メアリは請われるまま茶葉の説明をしながら、そんなことを考える。




「そうですか。ではせっかくなので、一番お高いお茶を」




 マリアンヌは茶葉の産地を指定した。それは用意した中で本当に一番高い茶葉だったので、メアリは少なからず驚く。




(茶葉の値段を知っている貴族なんて、珍しい)




 貴族は基本、値段には無頓着だ。支払いをするのは家令で、自分で払うことはない。そのせいか、物を買う時に値段なんて気にしない。


 それをメアリは愚かだと思うが、貴族とはそういうものだとも思っていた。




(確かに、変わっている)




 マリアンヌを普通の令嬢とは違うと感じた。だがそれが良いことなのか悪いことなのか、メアリにはわからない。




(ありのままを報告すればいい)




 そう考えたた。判断するのは国王だ。自分の仕事は国王の目となり耳となることで、結論を出す頭脳ではない。


 だが個人的に、王子妃となるのはこの人がいいなと心密かに思った。






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