第602話 閑話:伯爵令息の憂鬱(中編)





 葬儀の頃、マリアンヌも自分まだ13歳だった。


 貴族の成人は16歳だ。女性は14歳くらいで嫁ぐ人もいるが、たいていは16歳前後に結婚する。婚約期間を1年くらいは取るのが普通なので、遅くても15歳になるまでには婚約しておきたい。


 ハワードはそんな計画を立てていた。


 だが、人生とは計画通りに進まないのが普通だ。


 跡継ぎが弟に代わると、マリアンヌは社交界から姿を消した。今までは跡継ぎだったから、社交をしなければとマリアンヌは思っていた。ランスロー領のために、他の領主達との関係は良好に保たなければいけない。だが、跡継ぎでないならそれは不要だ。むしろ、自分はでしゃばらないほうがいいだろうとマリアンヌは考える。だがそんなマリアンヌの考えを理解出来る貴族はいなかった。


 たいていの貴族は母親を亡くしたショックで、マリアンヌが一時的に引きこもっているのだと考えていた。半年もすれば戻ってくるだろうと思う。それはハワードも同様だ。三ヶ月とか半年とか、喪に服すことは珍しくない。




 だが、マリアンヌは1年が過ぎても社交界に戻ってくる気配さえ見えなかった。


 ハワードは焦る。もう14歳だ。猶予は残り少ない。いい加減婚約者を決めろと、父親からもせっつかれていた。




 当然、見合いの話は山のようにある。まだ婚約者が決まっていない令嬢達のほとんどが伯爵家の嫡男であるハワードに嫁ぐことを希望していた。


 だがそこにランスロー家の名前はない。


 マリアンヌが独身を貫き通す覚悟を決めているなんて、ハワードは考えもしなかった。


 父親からは、自分で選ぶつもりはないならこちらで選ぶと最終勧告を受けている。


 こちらから見合いを申し込むことも出来るが、その場合、父親の承諾がいる。


 だが、父はいい顔をしないだろう。せめて子爵家から妻を選ぶようにと、ハワードは言われていた。わざわざ男爵家に見合いを申し込みたいなんて言ったら、どんな反応が返ってくるのか考えなくてもわかる。


(さて、どうしよう)


 ハワードは頭を悩ませた。












 結果論から言えば、ハワードは父親にマリアンヌと見合いをしたいと言い出すことはなかった。


 悩んでいる間に、パーティでランスロー男爵と顔を合わせる。これ幸いと、マリアンヌの様子を聞いてみた。さりげなく、結婚のことも確認する。すでに決まった相手がいたら困ると思った。ハワードはこの辺の貴族の中では一番、爵位が高い。だが、ランスロー男爵はそんな爵位云々で心が揺れるような人ではない。すでに決まった人がいれば、それを覆すのは難しいだろう。


 だが、返ってきた言葉はハワードが全く予想していないものだった。




「マリアンヌは嫁に行くつもりがないのです」




 困ったように、ランスロー男爵は呟く。




「は?」




 ハワードは思わず、聞き返した。


 男爵はとても気まずい顔をする。ここだけの話だと、マリアンヌの気持ちを教えてくれた。弟が成人するまで家を出るつもりがないことを告げられる。




「……」




 ハワードはどう反応したらいいのかわからなかった。ただただ、困惑する。何も言えずに、男爵を見た。


 男爵も困った顔をしている。




「ハワード様は以前からマリアンヌのことを気にかけてくださいました。ですからお話ししましたが、他言無用でお願いします」




 男爵は頼んだ。




「ああ、それはもちろん」




 ハワードは頷く。




「しかし……」




 何とも微妙な顔をした。




「男爵はそれでよろしいのですか?」




 問いかける。




「良くはないのですが……」




 男爵は苦笑した。




「マリアンヌは、言い出したら聞かない子なので」




 説得は無理だと、首を横に振る。




「ああ……」




 ハワードは納得した。








 最終的に、ハワードの妻は父が選んだ。家にとって、一番メリットのある相手を見繕う。


 それがローズマリーであったのは、ある意味、皮肉なことだと思った。ハワードはローズマリーがあまり好きではない。いつもマリアンヌに助けを求めていたが、それはただ利用しているようにしか見えなかった。ローズマリーの方からマリアンヌに何かしてあげたのはほとんど見たことがない。


 そしてそれはマリアンヌも気づいていたようだ。


 あえて遠ざけることもなかったが、友達とは思っていないように見えた。


 そのローズマリーと結婚するのだと思うと、気が重くなる。だが好きではない相手と結ばれることも、貴族の結婚にはよくあることだ。


 愛せなくても、尊重は出来る。家と家の繁栄のための契約だと思えば、やっていける気がした。








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