第586話 過去編 第一章 11 友達
ふわふわ巻き毛のその子はローズマリーと言った。
女の子のお手本のような子で、リボンとフリルがたくさんついたロリータ系のドレスをいつも着ている。わかりやすく言うと女の子から嫌われるタイプの女の子だ。本人にそういうつもりはないのかもしれないが、他の子からは浮いている。わたしはつるむのが面倒で他の子と仲良くしていないが、自分から距離を取っているわたしとは違い、彼女は他の子と本当は仲良くしたいようだ。
だからなのか、助けたわたしに懐く。あの日以降、わたしを見かけると寄ってくるようになった。
(迷惑)
心の中でそう思う。しかし、それを口にするほどわたしも空気が読めなくはなかった。
なんだかんだと突き放そうとするが、ローズマリーは全く意に介さない。
(もしかして、けっこうずうずうしい子なのでは?)
そう気づいた時には、周りからは友達だと思われていた。突き放す努力をする方が疲れることに気づき、放置する。勝手にしてくれと思った。
ローズマリーは常にわたしの傍らにいるようになる。
わたしが本を読み、その隣でローズマリーが刺繍や編み物をするのが当たり前の光景になった。
ローズマリーは趣味までザ・女の子だ。しかしそれが似合う容姿をしている。母を見慣れているわたし的にはそうでもないが、普通の人から見たらローズマリーは美少女だ。そんな彼女に惚れている男の子は少なくない。
ローズマリーと一緒にいると、ハワードたちがやたら絡んでくるようになった。
(面倒くさい)
心からそう思う。
どうやら、取り巻きの二人がローズマリーのことを好きらしい。なんだかんだとちょっかいを出す。ハワードはそれを黙って見ていた。止めもしないし、参加もしない。いつもわたしの隣で傍観者を決め込んでいた。
そんなこんなでわたしは11歳になった。もうすぐ、12歳の誕生日を迎える。
ローズマリーは相変わらず、わたしの側にいた。
そんなローズマリーに、ハワードの取り巻きたちが絡むのも変わりない。相変わらず、ちょっと意地悪だ。
「好きなら、優しくすればいいのに」
わたしが呆れながら呟くと、ハワードは何の話だと聞いてくる。
「あれよ」
ハワードの取り巻きの二人をわたしは顎で指した。
彼らはローズマリーにちょっかいを出している。その顔が少し赤いのは、気のせいではない。
刺繍について、あれこれ言っていた。
「毎回、毎回。人気がない場所で時間を潰しているわたしたちを探し出して絡んでくるなんて、ご苦労なことね。でも好きなら、優しくすればいいのに。意地悪されて、好きになる女の子なんていないわよ」
そこまで言って、わたしははたと気づく。
「もしかして、あの2人に苛めさせて、頃合を見て自分が助けて点数を稼ごうというパターンなの?」
呆れた顔でハワードを見た。それが本当なら、どん引きしてしまう。
「なんでそうなる」
ハワードは苦笑した。逆に呆れられる。
「じゃあなんで、社交も頑張らずにこんな場所にいるの? ここにいても、得することなんて何もないわよ。子供の頃から人脈を作らないと大変よ。社交を頑張ってきたらどうかしら?」
わたしはお勧めした。
「それはマリアンヌも同じだろう?」
言い返される。
「わたしはいいの。いろいろあるのよ」
わたしは首を横に振った。
跡継ぎとして指名されているわたしは嫁に行くことはない。婿を貰う立場だ。慎重に行動するようにと言われている。婿入りを希望している貴族の三男は案外、多かった。
だが最近、その立場が微妙になってきた。実は少し前から、母が体調を崩している。まだ確定したわけではないが、妊娠の兆候があるらしい。もしかしたら、諦めていた男の子が生まれる可能性が出て着た。わたしがどんなに優秀でも、男の子が生まれたら跡継ぎは弟になる。今、わたしはけっこう微妙な立場にいた。
「何かあったのか?」
ハワードに聞かれる。心配されているのはわかった。
「あったとしても、言うわけないでしょ」
わたしは首を横に振る。
貴族というものは他人に弱味を見せることを極端に嫌う。母の妊娠も、確定したとしてもしばらくは秘密にされるだろう。
「そうだな」
ハワードは頷く。
「でも、何かあったら言えよ」
そんなことを言ってくれた。わたしは少し驚く。ハワードとは初めて会ったあの時から、なんとなくケンカ友達的な感じになっていた。
互いに、言いたいことを言っている。
「ありがとう」
わたしは素直に礼を言った。
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