第517話 外伝6部 第三章 6 願い





 微妙な雰囲気で始まったゲームは、意外なほどに白熱する。


 ルールが単純な分わかりやすく、見ている方も盛り上がった。


 座っているとよく見えないので、マリアンヌは立ってうろうろとカードが並べられたテーブルを覗きに行く。それはマリアンヌだけでなかった。アドリアンがそれに続き、気付いたら皇太子一家みんながうろついている。




「参加者の気が散るので、大人しくしていてください」




 ルイスは何度も注意をした。しかし、意味はない。


 一旦は席に戻っても、しばらくするとまた様子を見にいった。


 最初はそんな王族らしくない行動を取る皇太子一家にどぎまぎしていた参加者も、次第にゲームの方に意識が取られた。外野はあまり気にならなくなる。


 トランプだなんて……とバカにしていた気持ちは、どこかへとんでいった。


 3つのチームからそれぞれ1人が勝ち進み、最終的に3人が競う。上位の3名が決定した時点でまず、4位から10位を決めるための七ならべが行われた。


 お妃様になる権利はこの時点で失われているので、最後までゲームに参加する必要はない。何位になっても違いはほとんどなかった。4位以下は参加賞として順位が入ったメダルが渡されるだけで副賞もない。だが誰も棄権しなかった。七ならべに参加する。普通にゲームを楽しんでいた。




(これはこれでいい感じね)




 マリアンヌは小さく笑う。楽しそうに遊んでいる姿が微笑ましかった。


 ゲームはさくさくと進み、順位も決まる。


 令嬢達は一喜一憂していた。自分の将来にはほぼ関係がない順位でも、上の方がいいのだろう。


 みんなそれなりに負けず嫌いのようだ。




 4位以下の順位が決まったところで、皇太子一家は一旦、元の椅子に戻った。


 仕切りなおして、1位から3位までを決めることになる。


 4位以下の令嬢たちも観覧者としてその場に残った。誰が優勝するのか知りたいのもあるだろうが、普通にゲームを観戦したいらしい。




「楽しそうで良かった」




 マリアンヌはふふっと笑った。


 すでに順位が決定した令嬢達は、プレッシャーから解放されたのかわいわいしている。年頃の女の子らしい、華やいだ空気を身に纏っていた。




「お妃様レースであることは忘れているみたいですけどね」




 オーレリアンはぼそっと呟く。




「それでいいんじゃない? 半分、お祭みたいなものですもの」




 マリアンヌは微笑む。


 選ばれる令嬢がいれば選ばれない令嬢も出てくる。圧倒的に多いのは選ばれなかった、いわゆるその他大勢のモブだ。その他大勢のわたし的には、そんなその他大勢の皆様にもいい思い出を持ち帰ってもらいたい。選ばれなかったことに凹むのではなく、楽しかったと思い返してもらえたら嬉しい。


 決勝戦をトランプのゲームにしたのには、少しでも楽しんでもらいたいという気持ちもあった。


 別に、選びきれなくて運を天に任せて逃げたわけではない。


 ……それが全くないとは言わないけれど。




「それより、オーレリアンはどうするの? なんなら、この場にいる優勝者以外から選んでもいいのよ」




 マリアンヌこそっとオーレリアンの耳に口を寄せて囁いた。


 優勝者はアドリアンと結婚することが決まっているが、2位以下の令嬢のことは決まっていない。


 レースに参加するということは婚約者もいないはずなので、申し込めば結婚できる確率は高かった。


 ここにいる10人は選ばれても問題ない子たちばかりだ。この場で選ぶというのは悪くない判断だと思う。




「私は結婚しませんよ」




 オーレリアンはぼそっと言い返した。マリアンヌにしか聞こえないように小声で。




「え? あれ、本気なの?」




 マリアンヌは驚いた。


 今まで、オーレリアンには見合いも勧めなかった。


 理由は単純だ。アドリアンより先に男の子が生まれたら、ややこしいことになる。だから、オーレリアンが結婚するのはアドリアンが結婚し、男子を儲けた後がいい。


 だから結婚の話をオーレリアンとちゃんとしたことは一度もない。世間話程度にはしたことがあるが、話半分に聞いていた。結婚はしないと言われたこともあるが、あまり本気にしていなかった。


 オーレリアンは結婚し子供を作るのが王族男子の務めであることを誰よりも理解している。




「私が結婚したら、アドリアンが煩いでしょう?」




 オーレリアンは苦く笑った。




「確かに。奥さんになった人を呪い殺しそう」




 もちろん、本当にそんなことをするわけではない。だがそれくらいの気持ちで敵視するのはわかっていた。




「結婚はもう飽きるほどしたので、今回の生では別にしなくても平気です」




 オーレリアンはこそっとマリアンヌに打ち明ける。


 マリアンヌ以上に転生を繰り返しているオーレリアンには結婚した記憶が何度もあった。それはたいてい、幸せな記憶ではない。結婚生活は楽しいよりも面倒だった。だからこそ、今の両親の姿はオーレリアンにはとても不思議に見える。妻といるのが何より幸せだというラインハルトはとても王族とは思えなかった。そういう結婚に憧れがないと言えば嘘になるだろうが、自分にそういう結婚が出来るとはとても思えない。


 何より、自分を溺愛するアドリアンがオーレリアンは可愛くて仕方なかった。


 アドリアンの気持ちを乱してまで、自分が結婚する必要をオーレリアンは感じない。


 王子はたくさんいる。


 自分1人くらい結婚しなくても、王家は困らないだろう。




「オーレリアンがそうしたいなら、そうすればいいわ」




 マリアンヌはあっさり引いた。簡単に納得されて、驚く。目を丸くして母を見た。


 マリアンヌはふっと笑う。




「わたしだって、出来るなら本人の望むように生きて欲しいのよ」




 マリアンヌは呟いた。


 母としては子供達の幸せを願いたい。だが皇太子妃としてはそれが許されなかった。王家の存続が最優先される。




「5人も王子はいるのだから、1人くらい結婚しなくても問題ないわよ」




 マリアンヌは簡単な事のように言った。




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