第500話 外伝6部 第一章 1 前日





 お祭を翌日に控えて、街はどこかそわそわしていた。浮かれた空気が全体的に漂っている。


 明日に備えて、すでに前日から王都入りしている平民も少なくなかった。貴族達にとっての本番は明後日だが、明日の市民の祭と全く同じコースが予選で使われるため、下見のために明日の祭を見に来る貴族もいる。平民の祭を貴族が観覧するなんて異例だ。だが商魂逞しい商工会は、貴族用の観覧席をたくさん作り、ちゃっかりチケットを販売している。もちろんそれはマリアンヌの許可を取っていた。


 その代わり、予選の経費は全て商工会の持ち出しになる。


 自分達もちゃっかりしているが、マリアンヌも相当ちゃっかりしていると商工会のメンバーは思っていた。皇太子妃とは思えないほど、金銭感覚がちゃんとしている。




 ラインハルトの時とは違い、今回は予選が一回、本戦が3回行われることになっていた。


 予選は明日の祭のコースをそのまま利用したタイムレースだ。単純明快に上位25名までが本戦に進むことが出来る。


 そもそも、現時点で参加者を50名に絞るために、予選の予選のようなものがこっそりと内緒で行われていた。


 参加希望者が何回かにわけて集められ、筆記試験をする。


 王妃になる予定なのに、馬鹿では困る。


 マリアンヌは予選の予選として、強引に試験を導入した。


 だが、この国の人はそんな試験に慣れていない。かなり戸惑った反応が返って来た。そのことにマリアンヌの方も戸惑う。




(だかが筆記試験に何を大袈裟な)




 そう思ったが、結果はかなり散々なものだった。


 計算と読み書きという学習の基礎の試験だが、ちゃんと教育を受けているはずの貴族でさえ成績が悪い。


 マリアンヌは頭を抱えたくなった。家庭教師に何を習っているのか、小一時間くらい問い詰めたい。


 マリアンヌは容赦なく、成績順に参加者を選んだ。


 落選者の中には有力貴族の令嬢もいたが、気にしない。むしろ、この程度の成績で恥ずかしくないのかと、叱責したいくらいだ。


 好きに落とせるよう、予選の予選は内密に行っている。


 落選者が最初から参加を希望しなかったという態を取れるように気を遣っていた。




(ここまで気を遣ったんだから、文句言われる筋合いはない)




 マリアンヌはけっこう本気でそう思っている。だが、それがこちらの言い分であることも理解していた。何をやっても落とした人間には恨まれるのはわかっている。


 逆に、恨まれるのは自分ひとりでいいと割り切ってもいた。


 今さら、自分の悪評の一つや二つ増えても変わりはない。


 未だに、男爵令嬢が将来の王妃になることに不満を持っている貴族はいた。身分制度が確立している社会では、その考え方の方が一般的なことはマリアンヌも理解している。


 全ての人に好かれるなんて不可能だ。だったら、自分が嫌いな人が一定数いることは受け入れるしかない。みんなに好かれようなんて無駄な努力はしないとマリアンヌは決めていた。




 とりあえず、試験で選別して参加者を絞る。


 だが実は、国外にも参加希望者がいた。他国の王族とか上級貴族に参加を打診され、マリアンヌは困る。


 参加するつもりでいることにも驚いたが、お妃様レースの話が他国に伝わっていることにもびっくりした。


 ほぼ鎖国状態とはいえ、完全に国交を閉ざしているわけではない。お祭り騒ぎになっているレースの話は伝わっていたようだ。


 そんな国外の賓客は、参加を断る理由はないが、予選の予選に参加させるわけにもいかない。その数名は予選の予選は免除することにした。50名の参加者の枠にシードみたいな形で入れる。




(世の中は不公平だな)




 マリアンヌは内心、そう思った。


 出来るだけ公平にしようと思っても、どこかに不公平は出る。他国の王族や上級貴族が優遇されたことを知ったら、国内の貴族は不満に思うかもしれない。だが、無駄に国家間の関係に軋轢を生む必要は感じない。


 しかし、国内の貴族ならともかく、他国の王族とか上級貴族は娶った後がややこしいことになりそうだ。




(予選は通過でいいけど、本戦の二回目くらいで落選してくれないかな)




 そんな都合のいいことをマリアンヌは考える。


 国内の人間が有利になりそうな試験を一つ考えようと画策した。


 一見、公平正大に見えるお妃様レースだって、裏でいろいろ出来る。特定の誰かに有利にすることも不利にすることも可能だ。


 それは前回も同様だろう。


 ルイスもラインハルトも何も言わないが、前回の時は自分が優遇されたことをマリアンヌは察していた。


 よく考えれば、裏で落とす人間を選定していた主催者が受かる人間を選定していないはすがない。


 どの時点からその中に自分が入っていたのかはわからないが、お茶に招かれた時点では確実に筋道が作られていたと思う。


 自力で勝ったようなつもりになっていたが、そうでもなかったようだ。


 だが今さら、そんなことに動揺したりはしない。


 運も実力の内だと割り切った。


 ラインハルトに選ばれたことも含めて、自分の運だと思う。


 今度のレースでも、そんな運を持った子が現れるといいなとマリアンヌは密かに願っていた。


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