第495話 外伝5部 第五章 3 準備





 見合いという名前のただの顔合わせに対して、苦情は一切、上がらなかった。




「少しくらい反発があると思ったのに、全くないのはそれはそれであれよね」




 マリアンヌはぼやく。


 貴族にとって娘の価値なんてその程度のものだと思うと、切なかった。




「これから見合いをする相手に苦情を入れても仕方ないということではないですか?」




 ルイスは冷静に突っ込む。




「……それもそうね」




 マリアンヌは納得した。




 2人は話をしながら、招待状をテーブルの上に並べていく。とりあえず、爵位ごとに分けた。


 見合いする順番を決める。当然、爵位が高い方から見合いをすることになった。


 公爵、侯爵、伯爵くらいまでで、さすがに子爵や男爵からの申込はない。




(まあ、そうでしょうね)




 マリアンヌは心の中で呟いた。


 この状況を見ると、男爵家の自分が皇太子妃におさまっているのが異質なのはよくわかる。


 普通、辺境地の男爵令嬢が王子の妃になるなんて承認されるわけがなかった。


 お妃様レースなんて特殊な状況でなければ、許されなかっただろう。




「今にして思うと、お妃様レースなんて一か八かの企画、よくあの陛下がやる気になったわね」




 独り言のように呟いた。


 国王は抜かりがない人だ。爵位の低い令嬢や平民が勝ち残ることを想定していなかったとは思えない。




「だから、賞金か妃か選べるようになっていたのではないですか?」




 ルイスが答える。


 お妃様レースの内容は丸投げされたが、勝者への特典は最初から決まっていた。選択肢は二つ、用意されてあった。




「妃に出来ない人には賞金を選ばせるということ?」




 マリアンヌは苦笑する。




「そうですね。でも妃に出来ない事情がある人は、予選の段階で落とします」




 ルイスは当たり前のように言った。堂々と、不正を暴露する。


 そこには少しも申し訳ないというニュアンスはなかった。障害を排除するのは当然だと思っている。




「そういえば、裏からいろいろ手を回していたわね」




 マリアンヌは思い出す。




「気づいていました?」




 ルイスは笑った。




「最初のガラガラの時点で、落としたい人を落としているのは見たわよ」




 マリアンヌは渋い顔をする。あまり気分のいいことではなかった。酷い話だと思う。運のように見せ掛けて、そこには運なんて存在しない。


 あるのは、主催者の作意だ。




「残ってもらうと困る人には、さっさと退場してもらうしかないでしょう? それに、意外とバレなくてびっくりしたのはこちらの方です」




 ルイスはある程度、トラブルを覚悟していた。仕組みに気づいた令嬢が苦情を入れてきた場合の対応も考えてあった。だが、文句を言ってくる人は誰もいなかった。


 気づかれていないのかとも思ったが、そうではないらしい。マリアンヌが気づいていたなら、他にも何人かに気づかれていたと考えるのが妥当だろう。




「まあ、本当に運任せで未来の王妃を決めるわけにはいかないわよね」




 マリアンヌは納得していた。




「それがわかっていて、何故、今回の予選の一回目を本当の実力勝負にしたんですか?」




 ルイスは尋ねる。


 予選の一回目で市民の祭と同じコースを走ることはマリアンヌが商工会との会合の場で、独断で決めてしまった。ルイスにさえ、相談がない。


 それをルイスは苦々しく思っていた。


 裏から手を回せないことを不安に思っている。




「最初の一回くらい、本当の実力勝負でもいいじゃない。こちらの思惑通りの子が残るように策略をめぐらせるのはその後からでもいいでしょう?」




 マリアンヌは問うた。




「その最初の一回で、落ちたらどうするんです?」




 ルイスは困った顔をする。




「それはご縁がなかったと、諦めて」




 マリアンヌは簡単に言った。




「それくらいの運や実力がなければ、妃なんて務まらないわよ」




 はっきりと言う。


 実感のこもった言葉に、ルイスは何も言い返せなかった。


 マリアンヌもマリアンヌなりに苦労している。




「後悔、していますか?」




 余計なことだとわかっているのに、聞いてしまった。




「していないわよ」




 マリアンヌはふっと笑う。




「20年経っても自分を溺愛してくれる夫と、手はかかるけど可愛い子供達。自分が結婚することも子供を産むことも考えたことはなかったけれど、思いの他幸せな人生だと思っているわ」




 真っ直ぐにルイスを見て答えた。




「そうですか。良かった」




 ルイスは心からそう思う。


 マリアンヌに、本人が望まない重責を背負わせたことは自覚していた。




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