第488話 外伝5部 第四章 2 予算会議





 目の前で何故か白熱している話し合いをマリアンヌは冷めた目で見ていた。


 いい年をした大人が、ああでもないこうでもないと、自分の主張を繰り返している。


 ちなみに、議題はお妃様レースの予算についてだ。


 だがたぶん、議題なんてどうでもいいのだろう。目の前の重臣達はただマウントを取りたがっているだけだ。相手より自分が優位に立つことを示そうとしている。




(何、この無駄な時間)




 マリアンヌは深いため息を心の中で吐いた。




 重臣達を集めた会議にマリアンヌは参加している。お妃様レースの準備のために開かれた会議で、ラインハルトはいるけれど国王はいなかった。


 そのせいか、重臣達は言いたい放題に自分の主張をただ繰り返す。


 話し合いをする気なんて、無いように見えた。




 マリアンヌはちゃんと見積もりを立て、予算の概算を出していた。ルイスと相談して決める。


 経験者のルイスはとても役に立った。何が必要になるのかを教えてくれる。


 予算の額は決して少なくないが、概算を出すところまでは順調に進んだ。


 だがその後に難関が待っていた。


 予算を承認する重役達がとにかく煩い。


 煩いといっても、予算の見積もりを細かくチェックするとかだったらいい。税金を無駄にしないのは大事なことなので、マリアンヌにも文句はない。


 だが、目の前の重臣達は自分の序列をはっきりさせたいだけだ。


 見積もりの詳細なんて、見てもいない。ちらりと総額を確認しただけで、見積もり書は閉じられていた。




(イラッとする)




 マリアンヌは口元をひくひくさせる。


 怒鳴って、今すぐにでもこの無駄な時間を終わりにしたかった。


 ちらりとラインハルトを見る。


 ラインハルトは諦めた顔で重臣達の主張が終わるのを待っていた。


 もしかしたら毎回、こんな感じなのかもしれない。




(わたしには無理っ)




 マリアンヌはこのくだらない時間をさっさと終わらせる事にした。


 ラインハルトと違い、マリアンヌは今後、彼らと接する機会はほぼない。嫌われても別に問題ないと思った。




 バンッ。




 大きな音を立てて、テーブルを叩く。


 驚いて、みんなが固まった。




「そろそろ、その意味がない無駄話は終わりにしませんか?」




 マリアンヌはにこやかに笑いかける。笑顔がとても冷たかった。




「意味がないって……」




 重臣の一人が眉をしかめる。




「意味があるというなら、何の意味があるのか説明してください」




 マリアンヌは詰め寄った。


 さっきから彼らは、予算はこの位が妥当だと勝手な金額を提示している。それについて、多いだの少ないだの言い合っていた。だがそもそも、その最初の金額がマリアンヌの見積もりの総額と合っていなかった。




「わたしが提出した見積もりをちゃんと見ていますか? 何のために予算が必要なのか、把握していますか?」




 わたしの言葉に、部屋の中はしんとする。


 誰もちゃんと見ていないのがわかった。せいせい、総額を確認したくらいだろう。




(まあ、そうだと思った)




 マリアンヌは心の中で呟いた。見ていたら、こんな感じにはならないだろう。彼らが話し合っている額は見積もりの総額より少ない。まずは出した総額を基準に話し合えと思った。




「見ていないなら、一つ一つ、説明しましょうか? 一つ一つに予算の承認をいただいてもわたしは構いません」




 総額でぽん承認するか、一つ一つ精査して承認をくれるのか、どちらか選べと選択を迫る。せっかくだから、事細かに説明してやろうと思った。そんなに暇なら、時間潰しに協力してあげよう。




「いや、一つ一つは」




 時間がかかることを察して、誰かが遠慮した。


 ついでに、マリアンヌが怒っていることも察したらしい。彼らも別に皇太子妃に喧嘩を売りたいわけではない。




「では、この見積もりをまとめて承認していただけますか?」




 マリアンヌはじろりと重臣達を見回した。


 文句があるなら言って見ると睨む。




「しかし、その金額は一つのイベントとしては多いかと……」




 別の誰かが、ぼそっと独り言のように言った。


 それはもっともな意見なので、マリアンヌは説明する。




「確かに、少ない額ではありません。しかし、必要な額です。もちろん、節約に努め、余った時は国庫にお返しします」




 約束した。




「しかし……」




 相手は困る。簡単に納得出来る額ではなかった。




「人を大勢集めるイベントの性質上、どうしても予算は高くなりがちです。でもその分、イベントとしての収益やお祭りによる経済効果で十分に相殺出来るとご説明したつもりです。それでも、足りませんか?」




 マリアンヌはにこやかに問う。まさか聞いていないなんていわないよね?と目で脅した。どうせ、説明なんて聞き流されているのだろうと思いながら。




「いえ、大丈夫です」




 迫力に負けたのか、相手は頷いた。




「そうですか。では皆様、承認を」




 にこやかにマリアンヌは微笑む。




「……」




 重臣達は気まずい顔をしたが、駄目とは言わなかった。


 そんな彼らにマリアンヌは署名する書類を押し付ける。また悪女とか陰口を叩かれることは覚悟した。

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