第486話 外伝5部 第三章 6 根回し 3
ルイスは王宮の中で、目当ての人物を探した。相手は本日、仕事で王宮に顔を出すことになっている。偶然を演出するか、正直に話があると切り出すか、迷った。だが、どうせ偶然ではないことなんて簡単にばれるだろう。
それなら、無駄な演出に労力を割く方が効率悪いと思った。
「公爵」
ルイスは声をかける。
「これはこれは」
腹に一物も二物もある食えない人物は、ルイスを見て静かな笑みを浮かべた。
「少し、よろしいですか?」
ルイスはその笑顔を華麗にスルーして、用件を切り出す。腹の探りあいのような挨拶に付き合うつもりはない。
「ええ、もちろんです」
公爵は用件も聞かずに快諾した。
皇太子の側近であるルイスに、ケンカを売ろうとする人物はいない。少なくとも、表立っては。
「では、こちらへ」
ルイスは空いている手近な部屋へ公爵を案内する。
立ち話もなんなのでと言われたら、公爵も断り難かった。
公爵は素直に空き部屋に入る。だが、ルイスのことは警戒していた。
ルイスは苦く笑う。
何かするつもりなら、白昼堂々、王宮の中でなんて声をかけない。
2人は向かい合って座った。
「さて、話とはご令嬢のことです」
ルイスは切り出す。単刀直入に言った。貴族らしい回りくどい言い方を取っ払う。
「えっ……」
相手は予想していなかったようで、驚いた。その顔が次の瞬間、もしかしてという期待に輝く。
ルイスが主の意を汲んで、やってきたのではないかと思った。
「残念ながら、アドリアン様との見合いの話ではありません」
ルイスは最初に断りを入れる。
公爵は目に見えてがっかりした。
「それで、娘のこととはなんでしょう?」
どこか素っ気ない口調で問う。
「実は来年、アドリアン様の妃を選ぶレースを開催する予定です」
ルイスはずはり告げた。
「そんな……」
公爵は眉をしかめる。ラインハルトの時のことを思い出した。男爵令嬢が優勝し、みんなが困惑する。その令嬢は今、皇太子妃になっていた。ラインハルトの愛を独占し、子供をたくさん産んでいる。
「今、見合いを申し込んでいる娘達では役不足ということですか?」
厳しい口調で問うた。怒りを隠そうともしない。
(まあ、そう思うだろうな)
ルイスは心の中で呟いた。
「いいえ」
首を横に振る。
「お妃様レースを開催することに決まった場合、今、見合いを申し込んでいる方には全員、見合いの場を作ります」
約束した。
「お妃様レースを開催するのにか?」
公爵は不愉快な顔をする。見合いだけして、断るつもりだと思った。
「妃は3人まで持つことが出来ます。一人をレースで決めるとしても、他に2人娶ることができますから」
ルイスは説明する。
見合いは断るためにやるわけではないことを話した。
「しかし、それでは……」
公爵は釈然としない顔をする。
それなら、あえてレースを開く必要なんてないと思った。
その反応は当然だとルイスは思う。だが、そこに拘られるのは困った。
「それに、見合いをした令嬢にもレースに参加する資格はあります」
美味しい餌を目の前にぶら下げる。
「それは、見合いした令嬢には二回、チャンスがあるということですか?」
公爵は確認した。
「そうなりますね」
ルイスは頷く。正確には、レースに参加出来るのは50人までだ。まず、その中に入らなければいけない。だが、そんなのはみんな同じ条件だ。ここであえて説明するつもりはない。
「……」
公爵は暫し、考えた。自分の損得を計算する。
「もし、お妃様レースが開催されなかったら。アドリアン様の結婚はどうするつもりなのですか?」
ルイスに問うた。
「ラインハルト様の時とは状況が違います。あの時はまだ皇太子が決まっておらず、陛下はなんとしてもラインハルト様の妃を娶らせるつもりでいました。しかし、今は急いでアドリアン様に子供を作っていただかなくても大丈夫です。なのでアドリアン様の相手はもう少しゆっくりと探すことになるでしょう」
ルイスは答える。
公爵の娘にはチャンスがないことを遠まわしに告げた。
「そうですか」
公爵は静かに返事をする。
「それで、私は何をさせたいのですか?」
ルイスに問うた。
ルイスが声をかけてきた理由を察したらしい。
「簡単です。お妃様レースの開催に賛成してください」
ルイスは告げた。
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