第471話 閑話: 兄





 メリーアンは皇太子の5番目の子供として生まれた。


 兄弟の中では唯一の女の子で、状況的には溺愛されて育ってもおかしくない。だが、そんなことにはならなかった。


 物心つく頃には母の関心は常に兄達に向けられていた。いつも心配している。


 長兄のアドリアンや次兄のオーレリアンは妹から見ても凄い人だ。


 見た目もキラキラしているが、頭もいい。


 アドリアンには何でも覚えている天才だ。


 そしてオーレリアンは思慮深い。何でも知っていて、いろんなことを考えている。


 2人とも早くから祖父の側近として政務に携わり、未来の国王としての経験を積んでいた。


 最近、2人の主導で新しい制度が全国的に始まる。


 学校制度といって、仕事がない冬の間に子供達を集めて読み書きを教える。


 言葉にするとだだそれだけのことだ。


 容易なことのように一見、聞こえる。


 だが、それは全ての国民を対象にしていた。平民も地方に住む農民もみんなが等しく学べるらしい。


 国民全てがというところが肝なのだが、そのすべてという部分が簡単なことではなかった。


 理解されるまで時間がかかり、納得しない領主もいる。


 自分の領民の識字率が上がることを快く思わない一部の人間がいた。


 彼らはいろいろと知られるとまずいことをしているらしい。


 結果的に、学校制度は何回か段階を踏んで行うことになった。最初の年は王都とその周辺の大都市から始める。


 成果は意外と早く出た。


 読み書きを覚え、計算が出来る人が増えると、経済が活性化する。今までなあなあなで誤魔化されてきた人たちが騙されなくなった。そのことに気づいた大人達は学校制度を歓迎する。必要性を認めた。


 前年の成果を受けて、次の年はもっと大規模に行われることになる。そして年々、規模は拡大していった。


 今年ようやく、全国で行うことが出来るところまでこぎつける。


 もちろん、その間に反発やいざこざはあった。


 だが制度に反対する人間はたいてい後ろ暗いところがある。それを調べて追求し、適切に処理した。


 厄介な芽を大きくなる前に摘むことにいくつも成功する。


 そういう意味では、学校制度には副産物的なメリットがあった。


 王族としても恩恵を受けている。


 制度の確立を受け、アドリアンとオーレリアンに対する評価はとても高まった。


 父の後を継ぎ、次の皇太子。ひいては国王となるのは2人の内のどちらかでもう間違いないだろう。


 他にも兄弟がいるが、可能性はかなり低い。


 父や母には最初から、跡を継がせるのはこの2人だと決めている節があった。




 そんな王子として有能で完璧に見える二人だが、性格はけっこう破綻している。特にアドリアンは基本的にオーレリアンにしか関心がなかった。その無関心は兄弟にも同じだ。かろうじて、三男のエイドリアンには兄弟への情があるように見える。しかし、2人が寄宿学校に入って留学している間に生まれたメリーアンやその直ぐ上の兄にはほとんど興味がない。


 素敵なお兄様がいらして羨ましいと、社交辞令ではなく言われることがたまにあるが、その兄には妹らしい扱いを受けた記憶がほとんどないので、メリーアンはいつも返答に困った。


 そもそも、メリーアンは物心ついたころからあまり兄達とは一緒にいない。


 メリーアンを妹として可愛がってくれたのは実の兄達ではなく、年の離れた従姉妹達の方だ。


 男兄弟の中で育ち、メリーアンが男勝りな性格になることを心配した乳母はマリアンヌに許可を取り、メリーアンを第一王子の離宮に連れて行く。


 そこにはフェンディの娘達がいた。


 彼女達はメリーアンを歓迎し、可愛がる。


 そこで多くの時間を過ごした結果、メリーアンは女の子らしい女の子に、王族らしい王族になった。


 他の兄弟達とはいろいろ違う。


 娘が1人だけ兄弟達とは異なる成長をしていることに気づいたマリアンヌは最初、困惑した。だが直ぐにそれを受け入れる。女の子はその方が幸せなのかもしれないと言った。そんな母をメリーアンは慕っている。自分のことをちゃんと考えてくれているのだと、初めて思えた。


 それ以降、家ではほとんど母と過ごすようになる。


 母の後ばかり追いかけていた。そしてある日、母が兄達を叱っている姿を見てしまう。




「アドリアン。オーレリアンといちゃいちゃしたいなら、部屋でしなさい。他の子達が見てしまったら、困るでしょう?」




 叱っている内容がかなり変で、メリーアンは困惑した。


 いまいち、母が何を言っているのかわからない。


 メリーアンのところからはソファの陰になって、兄の姿は見えなかった。おそらく、ソファに横になっているのだろう。




「別に困らないよ」




 アドリアンは言い返した。ゆっくりと身を起こす。かなりラフな恰好をしているのが見えた。




「困るのは貴方ではなく、見てしまった他の子よ」




 母は困ったように眉をしかめる。腰に手をあて、珍しく仁王立ちしていた。




「オーレリアンも駄目な時は駄目ってちゃんと言いなさい」




 もう1人の兄のことも叱る。


 オーレリアンも身を起こした。何故か衣服が乱れている。外れたシャツのボタンを留めていた。




(えっ?)




 メリーアンは困惑する。


 2人が何をしていたのか、想像してしまった。


 まさかと思うが、どう考えてもそう見える。




「仲良くするなとは言わないから、せめてこっそり隠れてしてちょうだい。そのために部屋も一緒のままなのよ」




 マリアンヌはため息を吐いた。




(そこは認めていいところですの? お母様)




 メリーアンは困惑する。


 兄達より、母の対応に驚いた。




「はーい」




 アドリアンは軽い返事をする。甘えたように、オーレリアンに抱きついた。肩口に顔を埋めて、グリグリしている。




「そういうことは部屋でしなさいと言っているの」




 母はアドリアンを引っ張って、引き離した。




「はいはい」




 アドリアンは笑っている。今のはわざとやったらしい。




(兄様たちって……)




 メリーアンは困惑する。そういえば2人は未だに一つの部屋を2人で使っていた。ベッドも一緒だそうだ。いくら双子でも仲が良いとは思っていたが、それ以上の関係なのかもしれない。




(か……、考えるのは止めよう)




 9歳の女の子にはいろいろ刺激が強すぎた。王族らしい性格をしているメリーアンは、全てを見なかったことにしようと決める。


 ややこしいことには関わらないことにした。

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